第13話 仲直りの後に

ユーリ様が乗る馬に一緒に乗り、辺境伯の屋敷まで戻ることになった。


「2人で馬に乗るなんて、湖面のお城に行って以来ですね」

「――セラが気に入ってくれるなら、いつでも行こう」

「はい、ユーリ様」

満面の笑顔で応えると、ユーリ様も優しく笑った。


そんな会話をしながら、辺境伯の屋敷へ戻っていくと、

「セラ!」

「お嬢様!」

馬を降りてすぐに、リリーとクレアが半泣きの状態で泣きつかれた。


「ユーリ様達が助けてくれたから、無事よ」

私がそう答えると、2人は本気泣きに変わってしまった。


「セラ様……」

自分を責めるような顔をして、ミーさんは近づいてくると、手首の痣を見て、心痛な面持ちに変わった。


強く結ばれていたようで、手首と足首にはロープの痣がついてしまった。


「大丈夫よ、ミーさん。そんなに痛くないから」

私はそう言いながら、ミーさんを抱きしめた。


「さん、いらない」

「うん、じゃあミーで」


「俺の事もアルって呼んでいいよ」

「調子に乗るな、馬鹿か」

アルフォード皇太子はいつのまにか屋敷に戻ってきていたらしく、早速ユーリ様に小突かれていた。


「だが、アルフォード。礼を言う。お前がいなければ、俺はもっと狼狽えて、冷静に考えられなかったと思う」

ユーリ様は、そう言うと頭を下げた。


「いいってことよ。俺達友達だろ?」

アルフォード皇太子は、いつもの調子でユーリ様の頭を撫で回している。


「友達になるなんて――一言も言ってないけどな」

「ええ!?酷いなあ」


そんな2人のやり取りを見て、私達はくすくすと笑い合った。


「セラフィーナ様……」

ユーリ様に手を繋がれ、屋敷に入ろうとするところで、ローサ様が玄関ホールから出てきて、頭を下げられた。


隣には慈しむように、ジュリアス様が立っている。


(えっ、まさか2人は――)


「私のせいで、ご迷惑を――」

「いえ、そんな事は……」

慌てて私が返事をすると、ローサ様は少し赤い顔をしてジュリアス様を見つめた。


「――ユーリス殿下。あの話、進めて下さい」

ジュリアス様がそう言って頭を下げると、ユーリ様は溜息をついた。


「やっとか――まったく世話の焼ける……」

「あ、あの……」


私の思い過ごしの可能性もある。

念の為に、確認したかった。


「ああ、ジャスとローサ嬢は再婚約したってことだ」

「えっ?!」


(再婚約って……)


「元々、私達は婚約してました。だけどうちの両親が、ユーリス殿下の側近になったジュリアス様との婚約に反対して――解消したのです。でも、再会して、私の境遇に同情して……」

「それは違いますよ、ローサ。私はずっと貴女が好きだったですから。あの人でなしの家から離したいが為に辺境に連れてきましたが……昔からこの気持ちは変わってません」


ジュリアス様の告白に、ここにいる者みんなが胸を打たれた。

熱い思いが伝染したように、侍女達や兵士さん達も顔を真っ赤にした。


勿論、ローサ様も真っ赤な顔をして、ジュリアス様を見つめている。


「――お前達。続きは部屋でやれ」

ユーリ様の冷静な言葉に、ジュリアス様とローサ様はお互いに顔を見合わせ、真っ赤になってしまった。


「ユーリ様、そんな意地悪言わなくても……」

私がそう言うと、ユーリ様は少し目を見開いた後、顔を赤くして、私から目線を外した。


ジュリアス様達に向き合うと、

「――すまなかった。ひとまず、クレア、ミー。セラを。疲れているだろうし、傷の手当てを頼む――ジャス、部屋に来い。ローサ嬢も。話を詰めるぞ」


ユーリ様はそう言うと、1人階段を上がって行ってしまった。


(怒らせたのかしら……?)


「ああ、セラフィーナ様。ユーリスは照れてるだけですよ。心配なさらずとも良いのです。あのように窘められる事は、母上以外にはおられなかっただけですから」


まるで私の気持ちを読んだかのように、ジュリアス様は言うと、ローサ様の手を引き、ユーリ様の後に続いた。


「さあ、お嬢様も参りましょう」


私もクレアとミーに連れられて、私室に戻った。


あとで聞かされた話によると、ジュリアス様とローサ様は結婚を機に、親族と縁を切る事になること、ローサ様は家では虐待されており、侍女のような生活を強いられていたこと、そして2人で伯爵を陞爵されることになっていることなどを聞かされた。


(裏でずっと、ユーリ様は動いていらっしゃるのね……)


そのことが嬉しくなった。


(やはり、ずっと支えていきたい方だわ)


改めて思い直し、私は決意を新たにした。


******


夜、皆が寝静まった頃。

俺は、アルフォードに内密の話があると呼び出されて、奴が勝手に居座っている離れへと来ていた。


椅子に腰掛けるアルフォードの前には、黒装束の男達が数人、頭を下げていた。


「実はさぁ、ルカンを追いかけていたらさ、この人達がいてさ」

アルフォードはお酒の入ったグラス片手に、悠然としている。


「それで?」

俺が促すと、アルフォードは得意気な表情を浮かべた。


「ルカンよりも、俺達につきたいってさ」

「なに?」


暗殺者や影達は、主君になる者と魔法で誓約書を交わす。

代償は命、そのもの。

裏切れば、命が無くなる。


「誓約書はどうするつもりだ」

「それが、交わしてないんだとよ」

「――正式には、元公爵とは交わしておりましたが、ルカン様に爵位を譲られた時、我々の契約も破棄されました」


代表者らしき黒装束の男は、頭巾を外し、素顔を晒した。


「我々は、己が主と認めた者でなければ誓約しません。ルカン様をずっと見ていました。あなた方も」

「――それで、ルカンは認められてないと」

「はい――むしろ、ユーリス殿下と契約したいのです」

「――お前達が裏切らないという保証は?」

「この場で、誓約魔法を発動させます。貴方に付く影に見られながら」


そう言うと、魔法がかかっている誓約書を懐から取り出した。

ヌーに手渡し、確認させる。


「うん、本物だし、かなり強い誓約になるよ」

ヌーはそう言うと、俺に中身を見せた。


「何故、俺を選ぶ」

「――ルカン様は、我々を消耗品としか思っていない。でも貴方は違う。それに……」


そう言って、ヌーに目線をやった。


「影の一族の最上位であるギアス家を従えるのは、貴方しかおりません」


俺は溜息をつく。


(申し出はこちらに旨みしかない。だが――)


上手い話には裏がつきものだ。


「――お前達は何を望む」

「貴方様が、王になられた時、変わらずお仕えできることを望みます。この先も変わらず」

「――何を掴んでる」


この者達は何を言わんとしているのか。

何を知っているのか。

何故、確信めいた事を言うのか。


「――今は何も申す事はできません。真実はその内明らかになりましょう」


これ以上、何を聞いても答える気はなさそうだ。

俺は溜息をついた後、ヌーを見る。


「どうだ」

『今だに古い事を言ってることに、驚いてる。一族の最高位なんて昔のことだよ』

ヌーは呆れたような表情して、ムカツ語で話し始めた。


『裏切らない保証は?』

『それについては大丈夫。僕たちも監視するし』


「――わかった。ただ、王家の影の事については今は何も言えない。それでもよいのか」

「我々は構いません」

「ヌー」

「うん、分かった」


そう言うと、誓約書に魔力を込める。


「ユーリス、この作戦、いいと思うのだけど」

アルフォードは、俺達の結論を待ってから口にした。


「――ああ、そうだな」


俺のセラにした所業。

赦すつもりなど一切ない。


「――裸の王様にしてやろう」

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