第12話 ルカンと対峙する
(私、眠っていたのね……)
ラミア商会で4人でケーキを食べていたところまでは覚えている。
だけど、皆急に眠くなって……。
目隠しが外され、急に明るくなった視界に、眩しくて目を瞑る。
光に慣れてからゆっくり目を開けると、目の前に見覚えのない男性が座っていた。
見覚えのない部屋。
ラミア商会ではないと悟る。
手足に自由はない。
腰掛けている椅子に、ロープで固定されているようだ。
眠っている間に連れ去られたのだろう。
時間がかなり経ってあるようで、すでに夕闇が迫っている。
「ようこそ、お姫様」
男性はニヤリと笑うと、私を足元からゆっくり視線を上げていく。
値踏みするような視線は、はっきりいって不快だ。
「――貴方は誰?」
私が睨みつけるようにそう言うと、男性はしかめ面をした。
だけど、急にああ、と頷いて納得したように微笑んだ。
「葬儀では、認識誤認魔術を使っていたから――はっきり認識してる人じゃないとわからないか」
そう言いながら、私の頬を指で撫でる。
ぞぞっと悪寒が背筋に走った。
(私、触れられるのも、ユーリ様以外ではダメなのだわ)
改めて自分の気持ちに気づくなんて、滑稽すぎる。
(あれだけ避けていたのに――私はもう……)
「ルカン=グッテイスだ。セラフィーナ嬢――ねえ、俺の物にならない?」
「はい?」
唐突に告げられた内容に、頭がついていかない。
「俺の物になってくれるなら――もうユーリス殿下には手を出さないよ?」
尋ねるように言っているけど、これは彼の中では決まっていることのように聞こえた。
(この人がグッテイス公爵家の新しい当主……)
どうして私を連れ去ったのか。
なんでこんな提案をしてくるのか。
そしてユーリ様に危害を加えないという言葉の傲慢さ。
(この人が、ユーリ様の暗殺を命じた人――)
ユーリ様の安全が確保されるのではあれば、この命なんて惜しくはない。
だけど、こんな人の言いなりにはなりたくない。
初対面で印象は最悪なのだから。
(やはりお兄様の仰った通り、サウスナ家の後ろ盾が邪魔なのね――私個人には、興味は持たれてない)
あまり感情の読めない目。
だけど言葉から、彼の意図はなんとなく読める。
私を自分の物にと言いながら、私に興味あるように見えなかった。
ただ、ユーリ様の側に私がいるのが邪魔なだけだ。
「君は、誰かと男性をシェアすることに耐えれる人ではないだろう?ユーリス殿下が王族である以上、その可能性はゼロとは言い切れない。その点、しがない公爵の私は自由がきく。君以外娶らないことも可能だよ?」
(私の事、調べたのね。性格も熟知しているといった風だもの)
魅力的な提案――とでも言ってるつもりだろうか。
だけど、少しも惹かれない。
しがない公爵家と言うけど、元は筆頭公爵家だ。
権力も金も唸るほどあるだろう。
彼の言葉で、私の頭はどんどん冷めていく。
「レミアム殿とあんなに想いあっていたんだ――ああ、妹のことは申し訳ないと思っているよ。きっと才女である君に嫉妬して、やった事だと思う。昔から、自分が1番じゃないと気が済まない我儘な子だったから」
血の繋がった妹の事を話しているとは思えないほど、感情のない声だった。
「ただ、俺の隣にいて好きな事をしていればいい。商売に興味があるなら商会を興しても良い」
私が興味ありそうなことを、つらつらと並べていくけど。
(まったく興味が引かれないのは、相手がルカン様だからかしら)
肉親の情も、人に対する情も、この人にはないのかもしれない。
(血の繋がった縁者にさえ、感情が読み取れない。こんな人が赤の他人を大事にできるなんて思えないわ)
こんな人の物になるつもりなんて1ミリもない。
「嬉しい提案――とでも言うと?」
挑発したように笑うと、ルカンはすっと真顔になった。
ユーリ様以外に嫁ぐなら、誰でも同じだ。
だけど、自分の事しか愛せない人に嫁ぐつもりなどない。
「悪いけど、その話、お断りするわ。ユーリ様以外は誰でも同じだけど――せめて私を愛してくれる人じゃないと」
「くっくっ、存外気が強いんだね。気に入ったよ」
そう言うと、笑いながら立ち上がり私の前まで来た。
(気に入ったなんて、そんな感情のない上辺の言葉、信用できないわ)
自分以外は、駒が道具にしか思ってない。
「今すぐ力ずくで、俺の物にも出来るんだよ?」
「――そんな事、目的じゃないでしょう?貴方は、ただ自分の方が有利だと思わせないだけ」
私の言葉に激昂したように、ルカンは顔を赤くした。
初対面の人に初めて見せた本当の感情が怒りなんて、どうかしてる。
どれだけ心が絶望していたとしても、この人を選ぶ事なんてない。
「――まったく、大人しく言う事を聞けばいいものを」
そう言うと、腕を振り上げた。
打たれる!と思ったけど、天井が何かで壊される音がすると、温かい何かで身を包まれた。
この匂いは――。
「ルカン!」
怒号が響く中、ちっという舌打ちがすると、窓ガラスが壊れた音がした。
「待て!」
アルフォード皇太子の声が聞こえると、ヌーさんと2人で窓から逃げたルカンを追いかけるように、飛び降りて行った。
「セラ!怪我は!?」
身体が離され、いつもより余裕がないユーリ様の顔が間近にあった。
急いでロープが外されると、もう一度抱きしめられた。
「ユーリ様……」
「ごめん。俺が悪いんだ。セラをこんな目に合わせるつもりはなかった」
そう言うと、ルカンが触れた頬に何度もキスを落とす。
まるで、ルカンが触れた痕跡を残さないように――。
「次会ったら、絶対に息の根を止める――愛してるんだ。君以外を娶るつもりなんて、これっぽちもない」
「でも――」
ルカンが言っていた事は、正論だ。
私に子供ができなかったり、1人しか産まれなければ、側妃を娶ることは十分にあり得る。
「――やりようはいくらでもあるんだ、セラ。いざとなれば、アーサー達の子供だって、王家の血を引くものなのだから」
その言葉に、私ははっとした。
ユーリ様は、そこまで考えていてくれている。
その事がとても嬉しくて、ささくれていた心が潤っていくのを感じる。
今なら素直に言葉にできそうな気がした。
「――私は、ローサ様に嫉妬して……側妃を娶ることを、ユーリ様から聞きたくなくて。だからずっと避けて……」
そこまで言うと、唇が塞がれた。
ユーリ様の唇によって。
軽く触れるだけの、優しく、甘い口付け。
唇を名残惜しそうに離し、額と額をくっつけた。
「俺も、レミアムに嫉妬した。あんな笑顔、俺に向けた事なかったから……」
「――ユーリ様」
私達はお互いに、嫉妬し合っていたようだ。
お互い同じ事を思っていた事実に、2人で額をくっつけたままヌーさんが戻ってくるまで、くすくすと笑い合ったのだった。
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