第5話 ジュリアスは世話好き

ユーリスやセラフィーナ様が、宮殿へ入った後。


「皆様、ご苦労様でした」

私は、ユーリスの代わりに護衛を務めてくれた騎士団の人達に挨拶して回る。


そして乗っていた馬車から荷物を下ろそうと近づいて行った。


「セラとの付き合いは長いけど――本当にユーリス殿下と想い合ってるのね……」


馬車での旅の道中を思い出していたのだろう、リリー嬢はそう呟く。


「リリー嬢は、カイル殿と婚約されているのでは?」

「私達は政略結婚よ」

そう言うリリー嬢の表情は、すぐれない。


(確かセラフィーナ様が商会の手伝いをお願いされたと言っていたな……)


気晴らしになるからと、リリー嬢を誘ったと聞いている。


「お2人は仲が良いと聞いていたのですが?」

「カイルは私に素の顔を見せないもの」


(ん?中々の拗らせ具合ですね……)


私もカイル殿と、仕事上の会話しかしていないから中身までは分からない。

だけど――。


(中々のプライドが高い方のようでしたからね)


そして騎士精神に則った人物だと思える。

父親である総長よりも、頑なな印象を受けるのは、まだ歳が若いからだろうか。


(女性の前で、弱音を見せられないなどと、思っていそうな人物ではありますね……)


そう思案していれば、カイル殿がこちらに近づいてきていた。


視線をそちらに向ければ、カイル殿の目に一瞬強い炎が見えた。


(おや、これは……嫉妬でしょうか)


リリー嬢と仲良く話しているように見えたのだろうか。

実際は、貴方のことですよ――なんて言えるわけはない。


「カイル殿もお疲れ様でした」

「カイル……」


カイル殿はリリー嬢の側に寄り、彼女の荷物を従者から受け取っている。


「ジュリアス様。無事にこちらにつけて安堵しております」

そう言うとカイル殿は頭を下げた。


「ええ、本当に。帰るまでしばし時間があるでしょう。リリー嬢と街を散策してはいかがですか?」


お節介だと思ったが、俺はリリー嬢とのデートを提案した。


「――よろしいのですか?」

「騎士団の皆様も、交代で休まれるでしょう。その際に是非。アルフォード皇太子はこちらで対処しますので」


辺境に来てみれば、隣国の皇太子が遊びに来ていて、またここまでついてくるとは思っていなかったと思う。


(余計な気苦労をかけさせてしまいましたからね)


今回の総大将でもあるユーリスがいない中で、私が実質的指揮官だと思っているでしょう。


「それでは、騎士団の連中にもそのように伝えます」

カイル殿はもう一度、私に頭を下げる。


「部屋も準備してもらっているようですから、中に入りましょう」


アーチェ様がこちらに移り住むにあたって、先王様もこちらに移り住んだ。

その際にこの宮殿は新築され、部屋数はうなるほどある。

ユーリス達とも、この宮殿で育った。


だからこんじんまりとした印象があるが、騎士団の人達や、アルフォード皇太子が泊まれるほど、この宮殿は広い。


リリー嬢とカイル殿は扱いが違う。

セラフィーナ様の友人枠で来られたリリー嬢は、恐らく私たちと部屋が近い。

カイル殿は騎士団の騎士としてこちらに来たのだから、部屋の階が恐らく違う。


(意図的に2人で話をしないと、何も解決しないのですよ……カイル殿)


「――カイル殿、少しいいですか?」

リリー嬢と連れ立って中に入ろうとするカイル殿を呼び止めると、一瞬だけ怪訝そうな顔をしたけど、すぐに真摯な顔に変わる。


「――なんでしょうか。ジュリアス様」


リリー嬢は、宮殿の侍女に連れられて中へ入っていく。

彼女の背中が見えなくなってから、私は口を開いた。


「貴方は感情を隠すのが下手のようだ」

「なっ!?」

「――それは我々のような、表情を読むことに長けている者だけですよ。リリー嬢は恐らく気づかないではしょう」

「……」


私の言葉に激昂しかけたカイル殿は、続いた言葉に口を閉じた。


「我々はそうせねば、王宮で生きていられなかったから。普通の貴族はそこまでのことは、歳を取れば自ずと身につくでしょうが――つまり何が言いたいかと言えば、口や態度に出さなければ、伝わらないということです」


私の言葉に、カイル殿は目を見開くと、頭を下げた。


「ジュリアス様の言いたい事は分かりました。リリーとよく話し合います」


「あー!ジュリアス!また人の世話してるの?」

チェスは叫び声を上げで、片手をひらひらさせて俺の横まで来た。


「――余計な一言ですよ」

「くっくっ、ジャスの面倒見の良いところ、僕らは尊敬してるのだけどね」

チェスは、カイル殿に向き合うと、手を差し出す。


カイル殿は訳が分からないといった顔をしていたが、チェスから差し出された手と握手をする。


「そういえばさ、騎士団稽古するんでしょ?僕たちも混ぜてくれない?」

「僕たちって――私も含まれてるわけですか……」

「ジャスは机仕事多いから、たまには身体動かした方がいいよ。それに久しぶりにやり合いだしさー」


こう言い出したら聞かないのは、チェスだ。


私は一つ溜息をついてから、カイル殿を見た。

「――カイル殿、良ければ混ぜてもらえると助かります」

「私達は良いですが……お2人は大丈夫ですか?」

「大丈夫!大丈夫!少し身体がまなってきてるから、動かしたいと思ってたし!」


チェスは元気いっぱいに答えると、カイル殿は少し困った顔をしながら頷いた。


「では、明日の早朝に」


翌朝の訓練で、こてんぱんにやられてしまった騎士団の精鋭若手達に、2人は懐かれ師匠と呼ばれるようになるのは、また別のお話。

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