第4話 国王からの手紙
サロンに入ると騎士服姿のカイル様が、膝まづいていた。
「ユーリス殿下。国王様からの手紙でございます」
王都から急ぎこちらに来たのだろうか。
騎士服が乱れている。
ユーリ様は差し出された手紙を受け取り、少し驚いた顔をした後、ソファに座り中身を見て青白い顔になった。
「ユーリ様……?」
ユーリ様の明らかな変化に私は動揺しつつも、隣に座りそっとユーリ様の腕を触った。
ユーリ様は、少し驚いた顔をしてから優しく微笑む。
そして、少し硬い表情をされた。
「――向かう準備は?」
「はい、国王様直々に選んだ騎士達を連れてきています。いつでもご命令ください」
「――わかった。だが道中何があるかわからん。今日は休め。明日朝一で出る」
「――御意」
カイル様はユーリ様に一礼すると、私をちらっと見て頷いてサロンから出て行った。
しばらく沈黙。
(何が書かれていたかは分からない。だけどユーリ様からの言葉を待つしかない)
「――母上が危篤だそうだ」
「えっ!?」
ユーリ様のお母様――アーチェ様は、長らく患っておいでで、王都から東の静養地で暮らしていらっしゃると聞いている。
心と身体を壊されて十数年。
国王陛下の寵妃とされたアーチェ様は、静かにその命の灯火を消そうとしている。
(明日、出発で良いの?)
私は不安気に、ユーリ様を見つめる。
(本来であれば、すぐに飛んででも行きたいと思っていらっしゃるはず……)
見つめる私に気づいたのが、ユーリ様は柔らかく笑うと、私を抱きしめた。
「もう、かれこれ数年は会ってない――母上は、俺のこと自分の兄だと思って話すんだ」
自らの子供ではなく、自身の兄上。
気が触れられて、おかしくなったとは聞いた事があった。
(自分の母上なのに、ユーリ様は甘えられなかったのだわ)
それがどれだけ苦しくて辛いか。
私に分かるはずはない。
私は両手で、ぎゅっとユーリ様を抱きしめた。
一瞬、ユーリ様の身体がびくっと震えたけど、次第に力が抜けていくのがわかる。
「――ありがとう、セラ。君のお陰で俺は冷静でいられる」
「ユーリ様……」
私こそ、さっき必要とされていると言われて嬉しかったのだ。
(私が側にいることで、ユーリ様の役に立てるというなら本望だわ)
「それに――暗殺者達が多いというのは事実だ。騎士達はここにくるのも強行軍で来ているはずだ。道中何が起こるか分からない中で、少し休ませてやりたい」
こんな時でも、ご自身の気持ちよりも周りを大切に気遣いされているなんて――。
(この人は本当に、人の上に立つ器を持っている人なのだわ……)
その事が少し寂しくもあり、誇らしくもあり。
(この人の支えになれるなら、私は喜んでなるわ)
私は決意を新たにしたのであった――。
******
翌朝。
夜が開けきらぬうちに、私達は出発した。
ユーリ様は、ジュリアス様とチェスター様を連れていくことを決めた。
お兄様とアーサー様は、不測の事態に備えて、同行しない。
「えっ、俺も行く」
何故か、アルフォード皇太子がついていくと言い、
「お前は残れ。何があっても責任もてないぞ」
ユーリ様は冷たく突き放したけども。
「俺が一緒に行ったほうが、色々と便利だと思うよ」
アルフォード皇太子は一歩も譲る気は無く。
「はあ――まったく。好きにしろ」
ユーリ様が折れるという形になった。
アルフォード皇太子は、自らの護衛部隊を半分に割り、私達についてきた。
カイル様が王都から連れてきた騎士隊も、勿論同行する。
少数精鋭のようで、10数人ぐらいらしい。
リリーは、この旅にカイル様も同行するのならと、ついてくることになった。
(この旅でお互いもっと、会話出来ると良いのだけど……)
カイル様は馬で先頭を行き、リリーは私達と馬車での旅。
道中は会話出来なくても、2人の時間があれば良いと思う。
馬車で、3日間。
王都周りより、北の辺境から行くほうが道も整備されていて近くて早いらしい。
旅は至って順調で、天候にも恵まれたし、誰にか襲われることもなかった。
なのであっという間に、東の街サティスへ到着した。
「うわぁ、結構栄えてる街なのですね」
リリーは感嘆の声をあげている。
王都よりは劣るが、街並みも整備されており、石畳の道もとても綺麗だ。
「王家の保養地の周りは緑豊かだけど、街中は結構栄えてるのですよ」
向かいに座る、ジュリアス様が解説してくれる。
今はアーチェ様の一族がこの地を治め、静養地の宮殿も管理しているという。
王家は大型の馬車を用意してくれたこともあっさて、4人乗っていても広々としていて居心地も悪くない。
御者台にチェスター様、馬車の窓際にユーリ様、私が座り、向かいにはリリーとジュリアス様が座っている。
後ろの紋章無しの黒づくめの馬車には、アルフォード皇太子と侍者のビオレスさんが乗っている。
ユーリ様は憂いだ表情で、街並みを眺めていた。
この旅が始まって以来、ずっとそんな表情だ。
街並みを抜け、木が生い茂る道を馬車は進む。
少し小高い丘に、宮殿は立っていた。
王宮よりもこじんまりとしていて、石造りで真新しさも感じる。
「――母がこちらに移り住むにあたり、整備されたものだ」
ユーリ様はそう言うと、私の手を取った。
「ユーリス殿下」
宮殿の入り口で、初老の男性が頭を下げていた。
「叔父上」
ユーリ様は手を挙げて答えると、男性は頭を上げた。
(目元がよく似ていらっしゃるわ……)
今もなお、美形の部類に入るだろう男性。
若い頃は、かなりモテていただろうと思う。
「遠いところをようこそ。早速お会いになりますか?」
「ああ、そうする」
そのまま男性の案内で、一階の部屋に入っていく。
部屋は窓が開け放たれ、明るい雰囲気がした。
天蓋付きのベットに横たわるのは、ユーリ様とよく似た顔立ちの痩せた女性。
(この方がアーチェ様……)
顔色も青白さを通り越して、土色に近い。
寝ているはずなのに、生気を感じられない。
「今夜が山だと、医者が申しております」
「母上……」
ユーリ様は呟くように言うと、ベットの横にある椅子に腰掛ける。
叔父上様は、私の分の椅子を用意すると、お茶を取ってきますと部屋を出て行った。
じっと、母上の顔を見て微動だにしないユーリ様を、私はそっと彼の手を握った。
「俺が4歳の頃だったか。母上は俺がわからなくなった」
ぽつぽつと話しだすユーリ様は、悲痛な表情を浮かべている。
(4歳……まだ親に甘えたい頃だわ)
「――それによく暴れるようになってね……優しかった母の印象はがらっと変わったよ」
寂しそうに微笑むユーリ様は、私が見た中では1番弱々しく、いつもの覇気は感じられない。
「そうでしたか……」
返す言葉が見つからない。
何を言っても、この人を癒すことは出来ないのだから。
「お祖父様がこちらに移り住むように手筈されてね。叔父上が領主と管理人がてら、母を世話してくれるようになったんだ」
そう言うとユーリ様は自虐的な笑みを浮かべた。
「俺は母を避けてたんだ。特に王宮へ移り住んでからは尚更ここにはこなくなった。薄情な息子だよな」
涙が一筋、ユーリ様の頬を伝った。
「――こんな状態になるまで、会いに来ないなんて……息子と認識されなくても話すことだって出来たのに」
「ユーリ様……」
私は力を込めて手を握ると、ユーリ様に抱きすくめられた。
「ごめん、しばらくこのままで良い?」
「はい……」
叔父上様が戻ってくるまで、ユーリ様は私の腕の中でひとしきり泣いていた。
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