第3話 事態が動く時

私達が屋敷に到着した時、アーサー様はリリーの部屋まで案内すると連れ立って行った。


「リリー、また後で」

リリーは私の言葉に頷くと、私より先に屋敷に入っていく。


入れ替わるようにチェスター様が、迎えにきてくれた。

「セラフィーナ様、執務室まで来て頂けますか?」


いつもの砕けた口調ではなく、硬い表情からも何か予想外の出来事が起こっているのを感じる。


私の後ろについている、クレアやミーさんもチェスター様の行動に驚いている様子だ。


連れ立って屋敷に入ると、私は口を開いた。

「お兄様とどなたが、来ていらっしゃるの?」


「それが――」

チェスター様の口は重い。


(アーサー様もさっき言いかけて、やめられた。そんな憚れるような人が来たってこと?)


執務室の前に来てチェスター様は立ち止まると、慌てて来た使用人と言葉を交わし始める。


「セラフィーナ様達は中へ」

チェスター様はそれだけ言うと、使用人と慌てて走って行った。


クレアとミーさんと顔をみわあせると、クレアがノックし、扉を開けた。


「セラ!」

いつものように抱きつかんばかりの勢いで、お兄様が駆けてくるが、寸前でミーさんに制された。


お兄様は悔しそうにミーさんを見るけど、溜息をついて、私の手を引き、見慣れない人の横に立った。


(この方は誰だろうか)


蒼い瞳に、濃紺の髪。

俯いて立っている人を記憶で探ろうとするけど、見覚えはない。

それにどことなく、オーラが他の人とは違う。


(蒼い髪と瞳は、イスリン帝国の方の特徴だわ)


お兄様は先日まで、イスリン帝国の大使館にいたのだ。

一緒に来ていてもおかしくはない。


だけど、ユーリ様の向かいに尊大に座る人を見て、私は驚いた。


(ユーリ様を前に、そんな態度で座る人は限られてる……)


アーサー様やチェスター様が、私に言うのが憚れる人も限られている。


(イスリン帝国の王族の方――ぐらいかしら)


目の前で繰り広げられている、目の前の攻防はそれしかないように思えた。


「それで――セラを保護したいとは、どういった了見だ?アルフォード皇太子」

ユーリ様の言葉に私は再び驚く。


(お兄様、なんて人をお連れしてるのよ!)


イスリン帝国の皇太子は、やり手だという噂は聞いている。

戦争好きの野心家の皇帝である父とは違い、自国に目を向けていて、聡明で公明正大。


あまり表舞台には姿を現さないが、父親に取って代わろうと画策していると聞く。


「この屋敷の影の数に、俺がつれてきた影達も驚いているよ――それほど、警備を強化している理由は、暗殺者達が大挙して押し寄せているからだろ」

「――うちの内情に詳しいみたいだな」

ユーリ様は一つ溜息をついた。


「まあ、一番近くて遠い国だし。父はまだこの国の侵略を諦めた訳じゃないからね」


情報はいくらでもある――アルフォード皇太子は、そう言うと足を組み直した。


(さらっと機密情報を言った気がするけど、気のせいかしら……)


「それで――何故だ?」

「シリウスに頼まれたからね――もう親友みたいなものだからさ。友達の頼みは聞きたいだろ?」


アルフォード皇太子はにっこり微笑むと、私に目を向けた。


「君達の敵は執拗に狙ってくるだろうよ。執念だよな。そして、君の最大の弱点とも言えるセラフィーナ嬢を狙ってくるだろうよ」

「それで?」

「我々で保護するって言ってるのさ。君にとってもその方が良いのでは?」


(私が足手纏いになってる――)


目の前で繰り広げられている舌術に、私は愕然とした。

自ら身を守る術を私は知らない。

常に守られる立場にいたから。

ミーさんに鍛えられているとしても、雀の涙ほどの剣術しか出来ない。


(ユーリ様の足枷になるくらいなら――)


アルフォード皇太子の提案を受けた方が良い。

お兄様が連れてきている以上、信頼できる人だと思うから。


(私が側にいては、この人の邪魔になってしまう)


それだけは、どうしても避けたかった。

お兄様は私の性格を熟知してる。

だから手を打ってくれたのだ。

私が消息を断つ可能性があると踏んでの事だろう。


(負目になるくらいなら、私は消えると思ったに違いないわ)


「――私は……」

「悪いが――セラを手放す気はない。弱点だろうが何だろうが、俺には必要不可欠な人だからな。それにお前が敵と繋がってない保証はない」

「ユーリス殿下!言葉が過ぎますぞ!」

ユーリ様の言葉に慌てるのは、イスリン帝国の従者だ。


(ユーリ様――)


私の言葉に被せるように、はっきりと言ったユーリ様の背中を見つめた。


こんな私を必要不可欠と言ってくれた事に、胸が熱くなる。


「それに――いい加減、嘘をつくのはよせ」

ユーリ様はそう言って、お兄様の隣にいる皇太子の侍者の首元へ抜いた剣先を向けた。


「お前が本物のアルフォード皇太子だろ」

「――バレてたか」

そう言いながら悪戯がバレた子供のように舌を出した、本物のアルフォード皇太子は、剣を抜こうしている護衛達を手で制した。


その言葉にお兄様は深い溜息をつく。

「だから、よそうって言ったじゃないですか」


「そうですよ!こんな試すようなやり方!僕もどれだけお止めしたか!」

そう言うと先程まで、装っていた緊張感ある表情は消え失せた皇太子の身代わりの人は席を立つ。

そして、その席を本物のアルフォード皇太子に譲ると頭を下げた。

「先程までの失礼な物言いと態度、謝罪します。皇太子の側近、ビオレスと申します」


「謝罪はいい。どうせ、そこの馬鹿な皇太子に脅されたのだろ」

「馬鹿とは何だ、馬鹿とは」

アルフォード皇太子はそう言いながら、嬉しそうに蒼い目を細めた。


「はあ、本当馬鹿ですよね……こんな事して、マイナスからスタートさせるのですから」

「ビオレス、お前も馬鹿って言うな」


この2人の主従関係は、とても良好なのが目に見て分かる。


「悪いねぇ、ユーリス殿下。此奴は年甲斐もなく悪戯好きの悪ガキでさぁ」

「年甲斐もなくって――同い年だろ、シリウス」

「でもさ、こんなんでもさ、力も知恵もあるんだよ。だから、セラを助けようとしたのは本当だ」

そう言って、真剣な表情をしたのはお兄様だ。


「――お前がシリウスを気に入ってるのは分かってる。だけど頼まれたからといって、それだけで動いたわけじゃないだろ。見返りは何を求める?」

ユーリ様は、そう言ってアルフォード皇太子を冷たい目で睨んでる。


「噂以上のやり手だねぇ、ユーリス王子。気に入ったよ」

アルフォード皇太子は、それまでのにこやかな表情から一転して、冷めたような笑いを浮かべた。


(これが本来のこの人の顔――)


「来たるべき時が来たら、俺の支援を。俺は近いうちに親父を蹴落とすつもりだ。あの人に国を任せてたら滅びを待つだけだ」

「ほお……」


そう言って値踏みするような視線を、ユーリ様はアルフォード皇太子に向けた。


「俺の部隊の半分を貸してやるよ。それで、敵を叩き潰せ」

「あ、アルフォード様!?」

隣に立つビオレス様は慌てたような声を上げた。


(ビオレス様、あんなに慌てて……まさか思いつきで、ここまでの事を言ってるの?)


「君達の敵は欲望に忠実だぞ。権力への執着は半端ない。本気でやらなきゃ、やられるぞ」


「――命の奪い合いをするのは慣れてる」

一段と低い声を出したユーリ様に、アルファード皇太子は目を細めると、満足そうに微笑んだ。


「くくっ、どうやら君は俺の好みらしい」

「――男の趣味はない」

「いや。俺もないけどさぁ、その言い方はちょっと傷つくぞ」


さっきまでの殺伐としたやり取りから、なんだか聞いていて笑えるやり取りに変わると、周りの人達が肩で息をしたのが分かる。


(何だかユーリ様と気が合う方のようだけど――一歩間違えば全面戦争になってもおかしくない雰囲気だったから……)


「ユーリス!大変だよ!」

チェスター様が、勢いよく執務室に駆け込んでくると、ユーリ様の耳元で何かを囁く。


「何だって?」

途端にユーリ様は険しい表情をし、チェスター様にすぐ行くと返事すると、私に向かって手を伸ばした。


「セラ」

「はい」


私は、そのままユーリ様の手を取る。


(震えて、いらっしゃる……)


こんな事は珍しくて、驚いてユーリ様を見つめた。


「――ジュリアス、アーサー、後は任せる」

それだけ言うと、2人で廊下へ出た。


いつもなら、私に歩調を合わせるような感じで歩いてくれるけど、今のユーリ様は余裕がないように足早に歩いている。


執務室から少し離れたところで、つぶやくようにユーリ様は口を開いた。

「父上から手紙がきた」


言葉と表情はこれ以上ないほど険しく、事態がよくないことを示していた――。

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