第2話 リリーの憂い
「何だって?」
ラミア商会での打ち合わせの後。
商会のカフェの個室で、ラミアオススメの品を頂き、3人で寛いでいた時、部屋にアーサー様が訪れた。
(アーサー様、表情が硬いわ)
きっとあまり良くないことが起こってる。
アーサー様は、ユーリ様の耳元で何か伝えると、にっこり笑って席に座った。
ユーリ様は溜息をつくと、
「セラとリリー嬢は、このままゆっくりしていて。俺は先に戻る」
そう言って、私の手の甲にキスを落とすと、足早に部屋を出て行った。
(あんなに慌てられるなんて、珍しいわ)
恐らく自分の想定してない、何か起こったのだろうと思う。
(何故かしら。不安になるわ)
「きゃーっ!セラが溺愛されてるって噂は、本当だったのね!」
リリーの興奮したような声に、現実に引き戻る。
さらっと自然にされたけど、ユーリ様は私の手にキスを――。
そう考えたら、身体が沸騰した。
「ほんと側で見てるほうは、激甘を毎日見せられてるからさ。あー、俺も恋人欲しいー!」
リリーの言葉に、アーサー様は大袈裟に騒ぐと、頭を抱えた。
(た、確かにユーリ様は甘々だけど、そんな態度に出てるのかしら……)
「はあ。私とカイルは、もう当たり前のように一緒にいるから、そんな甘いの、皆無よ……」
「えっ!?そんな事ないと思うけど……」
私の記憶では、カイル様はいつもリリーを優しく見つめていたと思う。
何処にいてもすぐ見つけ出し、常に視線の先にはリリーがいたと思うけど……。
「なに、なに。カイルってリリー嬢の婚約者?」
「はい。もうじき結婚式なのですけどね……」
(ん?)
どうにもリリーの歯切れが悪い。
何かあったのだろうか。
「喧嘩でもしたの?」
「喧嘩――出来れば、また違ってるのでしょうけど」
そう言うと、リリーの顔は憂いでいる。
私はアーサー様と顔を見合わせる。
アーサー様が頷いたので、このまま話を聞くことにした。
話を聞いてみると、カイル様が自分の本気で向き合っていないように感じるということ。
(そうなのかしら?)
私から見れば、2人は家同士の契約のための結婚ではなく、思い合っているように見えていたけど――。
(本当は違ったのかしら……?)
そのあたりは、リリーからの言い分だけではなくカイル様の言い分も聞かないと分からない。
リリーが思い込んでいるだけの可能性だってある。
「あー、こーゆうのなんて言うだっけ?マリッジブルー?」
アーサー様の言葉に、私は妙に納得してしまった。
「そうね、そうよ」
アーサー様に同調するようにいうと、リリーは顔を顰めた。
「そうなのかしら……でも、カイルは本音で話してくれていない気がするのよ」
「だってさ、カイルって騎士団に勤めてるのでしょう?奥方になる人に話せないことも多いと思うよ」
(立場的に思っていても口に出せない――そんなこともある気がするけど……)
リリーが気にしているのは、そんな事ではないのではと思ってしまう。
(男の人とは捉え方が違うのだろうから……)
きっとカイル様もそうなのではないかと思う。
リリーの不安と、自分の行動がどう捉えられているか、気づいてないのではと思う。
(私はどうかしら……?)
私達は婚約までは期間が短かったけど、結婚となると王子であるユーリ様の事もあって、結婚まではあと1年ばかし後になる。
諸外国の人々を招待したりと、規模が大きくなるからだ。
その間、不安はないとは言わないけど――。
(本音で話せたりしているからかしら)
ユーリ様に遠慮がなくなった分、距離が近くなって、王子妃という立場になるのに、そんなに不安は大きくない。
(まだ先だからというのもあるけど……)
好きな事をさせてもらえてるからというのも大きな気がする。
リリーは盲目的に、カイル様の手伝いをしているから……。
(そう、これだわ)
「――リリー。結婚前で忙しいかもしれないけど、商会の手伝いをしてもらえないかしら」
他にやる事があれば、些細な事も気にならなくなる。
前に会ってから半年も開いてるけど、カイル様は決してリリーを裏切ったりする人ではないと思う。
気にしすぎな気がするのだ。
(マリッジブルーではあるのよね、きっと)
だから、今まで気にならなかったことも気にかかるようになる。
「えっ!?私で良いの?」
「駄目なら声かけないわよ」
この地に住む私は、王都での流行りとかわからない。
リリーなら、領地と行き来して、王都でのパーティーやお茶会と参加しているから、夫人方の流行りにも敏感だ。
それに王都とこの地の中間点にある、カイル様の領地は何かと都合が良い。
「それ、いい考えかも」
アーサー様の太鼓判をもらえて、リリーの嬉しそうな顔を見ていると、これが正解かもと思えてくる。
「――私、やるわ!」
「――カイル様の許可は取るのよ?」
「うん!わかってる!」
最初と打って変わったようなリリーの明るい表情に、私はほっと安堵した。
******
「やっぱ、セラフィーナ様とユーリスは似てるかも」
屋敷に帰る前。
リリーがトイレで席を立ち、部屋に残っているアーサー様は残っているお菓子を食べながら言う。
「――そうなの?」
そう言われても、ピンとこないけど。
「うん、ちゃんと相手の事を考えて提案できるところとか――良いと思う」
「アーサーは、ポンコツ」
それまで口を閉ざしていたミーさんは、表情を崩さずに辛辣な言葉を口にした。
「ぐはっ。その言葉、堪える」
「女心を、わかってない。そんなんじゃあ、恋人なんて、出来ない」
(的確に傷を深く抉るタイプね……)
ミーさんの発言に、私はアーサー様にちらりと目をやる。
「ええ、どうせ、女心の分からない脳筋男ですよ」
アーサー様は吐き捨てるように言うと、あからさまに落ち込んだ顔をしている。
(下手に励ましても、傷をさらに抉ってしまう可能性があるわ……話題を変えたほうがよさそう)
何となくそんな気がして、リリーが言っていた事を思い出してみる。
「――そういえば……フルール様は、レミアムと婚約を?」
私の言葉に、アーサー様は次は青白く顔色が変化した。
「――ごめん。本当はセラフィーナ様に伝えなきゃいけないと思ってたのだけどさ」
「?」
「――なんかさ、言いにくいじゃん。昔の男がさ、自分に剣を突き立てた女と婚約したなんてさ」
「――わたくしはもう、気にしてませんわよ?」
フルール様とは何となくだけど、わだかまりはないように思ってる。
剣を突き立てられた事も、ユーリ様への想いが真っ直ぐで正直で、真摯さを感じたから……。
それにユーリ様を見て、本気で怖がっているのも少し不憫だと思ってる。
「――そうなの?いや、俺の気にしすぎだったのだな。まあ、フルールの正真正銘の初恋は、レミアムだからさ。なんというかユーリスもレミアムも都会的でシュッとしてるじゃん?ああいうのに、弱いのだよ、アイツ」
その言葉に、私は少し驚いた。
(てっきりユーリ様が初恋って思ってたわ……)
「あー、あれだよ。レミアムには婚約者がいたから、早々に諦めてユーリスにいったわけよ」
(つまり私がいたから、ユーリスに?)
「小さい頃の初恋って、そんなものじゃない?ユーリスがちょっと気持ち悪いって感じなわけで……」
そこまで言って、アーサー様はミーさんを見て口を押さえた。
「殿下に、報告する」
「ぎゃー、止めて!ミー!俺、マジで殺されるじゃん!」
その光景に私はくすくす笑うと、もうレミアムへの恋慕は過去のものになったとだと自覚したのだった。
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