第6話 レミアムの大切な人
時は少し遡る。
「私にですか?」
「ああ、ルカン=グッテイスを部下につける」
第一王子ハリス殿下の執務室。
この場にいるのは、僕とハリス殿下、彼の筆頭秘書官であるチルディア様だけだ。
「彼奴は狡猾だ。異動する度に問題を起こしてる」
ハリス殿下は手に持っていた報告書を、机にばさりと投げ出した。
僕は、報告書の1枚を手に取ると文字を追う。
『素行不良』
一言でいえば、そんな感じだ。
「人事官から前々から打診されてたんだ。僕の従兄弟であり、若いが現公爵。どこも扱いづらい上に、本人は仕事は出来るが、素行が悪い。ここは西ではないから、仕事さえやれば許されるわけではないからね」
そう言いながら、ハリス殿下は溜息をついた。
西の国で、執務官として仕事をしていたらしいルカン殿は、同じようなやり方で仕事をしていたらしい。
此方に帰国後は、文官の試験に一発合格。
同じように執務官に就いたが、どこの部署でも厄介払いされたらしい。
「本人もずっと、僕の秘書官の希望を出していてね。僕がずっと突っぱねてたのだ」
争いごとを嫌い、穏やかな性格でもあるハリス殿下としては、珍しい。
「どうして断り続けていたのです?」
「アイツは、下の者を見下すからな。筆頭秘書官であるチルディアとうまくやれるわけはない」
チルディア様の家は、侯爵。
本人は長男でもあるから、爵位は将来継ぐことになるだろうが、公爵よりも下となる侯爵家を見下す態度を取るのは、目に見えてわかっていたのだろう。
「従兄弟殿と、直接の面識はそんなにないのだ。叔父上がわざと避けていたし。ただ、僕の事は仕える主人だとは思っているだろうけどね。何せ次の王位に俺をつけたいと躍起になっていた家だから」
ハリス殿下の思惑は、だいたい分かった。
(僕も面識は皆無だな)
公爵家同士、交流がなかったわけでない。
でも、ソニア嬢が目立った存在だったのに対し、ルカン殿は目立つ存在ではなかった。
それに僕も幼い頃、ユーリス殿下の側近となったから、王都にはほとんどいなかった。
交流はないに等しい。
ハリス殿下でさえ、あまり会ったことがないというくらいだから、この国で関わり合う人や友達はいないのではないかと思う。
「人事官に泣きつかれたからね、引き取る他ない」
こうやって厄介事を引き受けるのも、この人の優しさだ。
そして今回も苦渋の決断をしたのだと思う。
「そこで、君には迷惑をかけることになるけど――ルカンの指導を任せたい」
「――わかりました」
主人の手助けになるなら――僕の今の主人はユーリス殿下ではなく、ハリス殿下だ。
そのハリス殿下の決断を水を差すつもりない。
僕の持っている爵位、そして内々とはいえ現王弟の娘であるフルール様と婚約した僕に、ルカンが不敬な態度を出すとは思わない。
むしろ――。
「レミアム、あいつには十分注意して」
「それは、どういった意味ででしょうか」
「――チルディア、少し外してくれる?」
「承知しました」
チルディア様は笑顔で、僕の肩をポンと叩くと部屋を出て行った。
「これから話す事は極秘も極秘。まだ君の胸にしまっておいて欲しい」
「わかりました」
チルディア様さえも知らない事を、僕が知っても良いものか、多少の迷いはあったけど、主人の命令と思えば避けられない。
「――ユーリスの命を狙ってるのは、ルカンだ」
「えっ!?」
「かなりの数の刺客を放ってる。ユーリスのところの影達は優秀だけど、少数精鋭だ。数で来られれば、いつか負けてしまう」
そのハリス殿下の言葉は、事実だ。
ルーやミー達は優秀だけど、グッテイス公爵家の影達は相当な数がいる。
数で押されれば、いつしか――。
(ユーリス、セラフィーナ……)
僕の大切な2人。
その2人やその周りの人達を脅かすような存在は、排除しなければならない。
「ルカンは狡猾で策士だよ。ああやって振る舞えば、いつしか僕の元にしか来れなくなるのだから」
そう言いながら、ハリス殿下は苦笑いを浮かべている。
「十分に気をつけて接して欲しい。アイツは君の事、同志だと思ってるかもしれないから」
「同志?」
「奴はユーリスは邪魔で排除したいと思っている。何せ僕のライバルだからさ。それに君はユーリスから側近を外されて、婚約者を取られた身に見えているだろう。フルールとの婚約は身内しか知らない。君がユーリスを恨んでいると思われている可能性がある」
国王は未だに、自分の後に誰を王位につけるか発表していない。
それはユーリスにもまだ王になる可能性があるということ。
辺境伯となった今でも、ユーリスを推す貴族も存在しているのは確かだ。
そして側からみれば、俺は婚約者を取られ、側近さえも外されたように見えているだろう。
恨んで当然だと。
だけど、僕はそんな事思ってない。
むしろ、2人ともとても大事に思っている。
(それを利用しろってことだな……)
懐に入ったように見せかけろ。
ハリス殿下の言いたいことはわかった。
「こういうやり方は、僕じゃなくてユーリスが得意なのだろうけど――君はお祖父様が才能を買い、育て上げた存在だ。しかもユーリスの元にいて、彼のやり方を見て来ただろう?」
「はい……」
ユーリスの凄さは、そのカリスマ性や頭の回転の良さだけではなく、相手の事をよく見ていることにある。
彼の観察眼を、僕はずっと側で見ていたはずだ。
(出来ない――とは言えない)
やらなければ大事な2人も、その周りの人も消えてしまう。
「殿下の命、しかと賜りました」
「うん、君にしか頼めないことだから」
そう言いながら優しく微笑むハリス殿下は、少しほっとした表情をした。
「それとこの手紙をユーリスに渡して欲しいんだ。ユーリスは今アーチェ様のところにいる。あまり状態がよくないみたいでね……医者ももうダメだと……」
アーチェ様は、東の街の静養地で静かに暮らしていたはずだ。
そこに今はいるという。
(ハリス殿下の気遣いは、ありがたい)
アーチェ様に面識がある僕を、行かせてくれるのだから。
王宮での姿は知らない。
僕が出会ったのは、静養地に行かれてからだ。
だけど優しく笑う、とても美しい人だった。
例え、心を壊され、正気に戻っている時間は少なくとも。
(嫌な予感がする……)
僕は嵐が迫ってると感じていた――。
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