第3部 東の街サティス編

プロローグ

暗闇の中で蠢く人影。


「誰だ」

俺はベット脇にある剣を掴むと、鞘から抜き、剣を振り抜く。


ビュウという剣の音と、手に当たった感触。


「うっ!」


辺りに充満するのは血の匂い。

そして、2、3歩下がった人影は、剣を構え直す音が聞こえる。


(当たったのは腕か?)


しかも多分利き腕。

剣を振り上げた瞬間、俺の剣が当たったとのだと思う。


(1人、いや2人か)


目が闇に慣れてきて、光る目が2人である事を確信する。


(2人とは、舐められたものだな)


俺はベットから飛び起き、退いた奴との間合いを詰める。

渾身の力で振り抜くと、奴の体制が崩れたように見える。


そのまま奴の首元に剣をあてがおうとする。

だが、急に身体の自由が効かなくなった。


縛りつけられるような感覚。


(ちっ、後ろのやつは魔術も使うのか)


俺の右手の指輪が光を放つと、途端に身体の自由を取り戻した。

もう一度、手前にいるやつに剣を向けると、奴は剣を置いた。


『ごめん、こんなに強いのは想定外。ミーファ、もうやめよう』


(南の国の言葉か)


南の国ムカツ国は、昔から暗殺者を排出してきた。

身のこなしが軽い奴も多く、漆黒の髪と瞳、褐色の肌のやつが多く、暗闇で目立たないとされている。


俺は剣は手放さずに、部屋の明かりを点ける魔道具で、辺りを照らした。


目の前にいるのは、自分とさほど歳が変わらないだろう、男女。

漆黒の髪と瞳だが、肌は抜けるように白い。

そして、顔立ちが瓜二つだ。


『お前ら双子か』


ムカツ国の言葉で話すと、2人は目を見合わせ、頷いた。

そして、頭から黒い頭巾を外すと、並んで頭を下げた。


『さあ、君の勝ちだよ。僕たちを殺すといい』


男の方がリーダーだろうか。

ミーファと呼ばれた少女も、短剣を置いた。


『――俺にそんな趣味はない』

『何言ってるの!ここで見過ごせばまた命を狙いに来るんだよ!』


少女――ミーファの言うことは、まったくその通りだが、コイツらを殺す気はない。


『あんた、お人好しだな――そんなんじゃあ、いつか殺されるぞ』

『俺は剣で打ち払うのみだ』

『くっくっ、面白いね、君』


男の方はひとしきり笑うと、真摯な顔つきに変わる。


『ねぇ、兄さん』

『やっぱり、ミーファもそう思う?』

2人は頷くと、俺を真っ直ぐ見た。


『俺たちを使ってくれ。今日から君が僕たちのご主人様だ』

「はっ?」


思わず素の声が出てしまったが、突然何を言い出すんだ。


『お前達は雇われて此処に来たんだろ?契約はどうするつもりだ』

『そんなもの、どうとでも出来るよ。俺たち次期頭領だし』


暗殺者の契約は、より強固になるように魔法で誓約が交わされているはずだ。

簡単には破る事など出来ない。


『3日時間をくれ。そしたらお前に仕える』

「ほお」


コイツら力がどんなものなのか。

有言実行できるのか。

はたまた、一族根ざやしにされるのか。


どちらにしても、俺には損がない話しだ。


(影になる者が欲しいのは、確かだ)


お祖父様に仕込まれているとはいえ、できれば夜は安眠したいし、手先として使える部下は1人でも多いほうが良いに決まってる。

それにこの王宮の、西の離宮まで来るのも、騎士や王家の影などいたはずだ。

だけどコイツらはたどり着いた。

それだけの実力と知恵が備わっているということだ。


『いいだろう、3日待ってやる』

『――楽しみに誓約書でも作って待ってな』


そう言うと2人は塵のように消えた。


「あー、またジャスに怒られるな」


しかも勝手に得体の知れない者を部下にするなんて。

お小言が目に浮かぶ。


だけど。

何となくだけど、運命を感じた、あの2人に。


(さて、まずは無事に戻ってくるか、だけどな)


ユーリスが13歳、ヌーとミーが16歳。

夏の暑い、少し寝苦しい夜のことだった――。

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