第14話 フルールの初恋とは
王都での暮らしは、私にとっては窮屈でしかない。
毎日のように繰り返されるお茶会は、サボってしまいたいほど億劫だった。
(それでも王弟の娘として、第一王妃ミラ様のお茶会への参加はサボれれない)
第一王子が、従兄妹である私を心配してくれて、学園生活が始まる前に色々と同年代の子達と交流させようとしているのは分かっている。
(分かっていても――家で剣を振るっていたほうが気が楽だわ……)
お茶会での話は、もっぱら流行りのスイーツの話題から、ドレスの話題ばかりで飽き飽きしてくる。
それに――。
王子妃様の近くには座れない人たちの話題は、もっぱらセラフィーナ様の事が多い。
一応、第二王子の婚約者だから、王子妃の前では話が出来ないのだろうけど……。
(はっきり言って下品だわ)
セラフィーナ様に剣を向けた私が言うのも何だけど、下世話な話題ばかりで、実際に会った事がない人や会話した事ない人達が言いたい放題だ。
(あの2人は経緯はどうであれ、とても愛し合っているのに……)
他人が割って入る隙はない。
それでもレミアムとの婚約を解消してすぐに婚約したものだから、王命での婚約でもセラフィーナ様の浮気を信じてる人も多い。
それに前髪を切り、しゃきっと背を伸ばしたユーリスに恋慕している女性達も多い。
(やっかみ半分なんでしょうけど――)
聞いてる方が気分が悪い。
私はミラ様に中座する旨を伝えると、1人王宮の中庭を歩く。
(こんな事なら、我儘を言ってでもお父様達についていけばよかった……)
辺境の地で生まれ育った私には、王都での上品な暮らしは合わない。
始めたばかりでこう言うのも何だが、とても馴染めそうにない。
高価なドレスに身を包み、お喋りに興じる。
それも他人を貶める事ばかり。
(好きになれって言うほうが無理な話だわ)
基本、脳筋なのだ、私は。
そんな事を考えながら歩いていたら、見知った人を見つけてしまった。
(レミアム?!)
第一王子のハリス殿下と連れ立って歩く姿は、以前からあった精悍さが欠けて、やつれてしまったいるように見える。
意を決して、私は2人に話しかけることにした。
「ハリス殿下」
「フルール」
私が声をかけると、殿下は足を止め、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「あれ、ミラのお茶会、抜け出して来ちゃったか……」
20歳過ぎている彼にとっては、従兄妹でもある私は手のかかる妹のように扱ってくれる。
「せっかくお誘い頂いたのに、ごめんなさい」
「いや、無理強いをしたのはコチラだから謝らないで」
ハリス殿下は相変わらず優しい。
ミラ様も同様で、2人の気遣いには感謝しかない。
「レミアム、元気?」
「フルール様もお元気そうで」
レミアムに声をかけると、彼は私に頭を下げた。
(幼馴染とはいえ、立場は私の方が上。しかもハリス殿下の前ですもの――寂しい気持ちもあるけど仕方ないわ)
「あっ、僕は先に行くから――レミアムはフルールと少し話をしといで」
「しかし、殿下――」
「フルールは、まだ王都に慣れてないのだ。だから、ね」
私達の微妙な空気を感じたのか、ハリス殿下はそれだけ言うと立ち去った。
レミアムは一つ溜息をつく。
「じゃあカゼボにでも行こう」
2人で連れ立って、中庭にあるカゼボまで向かった。
向かい合わせで座ると、近くにいた侍女にお茶を持ってきてもらうように頼む。
侍女がその場を離れると、レミアムは口を開いた。
「いつ、王都へ?」
「つい、先日よ――お父様達と一緒に」
「そう――君だけ王都に?」
「ええ、社会勉強してきなさいって、お母様やお兄様達が」
「そっか」
ハリス殿下の前よりも砕けた口調に変わり、私はほっと安堵した。
(彼に壁を作られるのは、嫌)
そんな会話をしているうちに、侍女が紅茶を持ってくる。
2人分用意すると、頭を下げて去って行った。
「――セラ……セラフィーナは元気だった?」
(まだ愛称呼び、しそうになるのね)
2人の婚約解消されたのは、もう1ヶ月以上も前なのに、レミアムはそこから進んでないように思う。
(私は初恋を昇華できたけど、レミアムはまだなんだわ)
「ええ、とても」
「それなら良かった」
私の答えに、レミアムは安堵した表情をする。
その表情に、私は胸を締め付けられるような気持ちになった。
(あの2人の間には、もう割って入る隙はない――)
どんなに思っていても。
それは叶わない。
私は居た堪れない気持ちになった。
「レミアム、私と婚約しない?」
「はっ?」
我ながら唐突すぎると思う。
レミアムが、間抜けな返しをするのも当たり前だ。
「あら、あぶれ者同士、婚約するのは悪くないと思うわよ――丁度いいじゃない」
私は無邪気さを装って笑う。
(貴方をほっとけないなんて、今は言えないわ)
もうあの2人に割って入るのは不可能。
それなのに、まだセラフィーナ様を一途に思っているなんて……。
まだ心臓からじくじくと血液が流れ出しているように、彼の傷は深く、純粋だ。
「本気で言ってる?」
「こんな事、冗談で言えないわ。私が脳筋なのは知ってるでしょ」
レミアムは思案顔をして、考え込んでいる。
私に王都の学園へ通うようにと言われた意図。
勿論、今後の人脈作りもそうだろうけど、自力で婚約者を見つけて来いっていう意図もあると思う。
(こんなお転婆、もらってくれる人は貴重だもの……)
その点、レミアムなら。
素の私も、そして彼の事も知っている。
お父様達も決して反対しないだろう。
「2度も婚約破棄された男なのに?」
「一度目は――あれだけど。2度目は仕方ない事よ。だってソニア様はいまや、稀代の悪女って呼ばれてるわ」
それを暴く手助けをしたのがレミアム。
そんな事、私だって聞いている。
「本当に?僕なんかで後悔しない?」
「女に二言はないわ」
その台詞に、レミアムは破顔した。
(そう、その笑顔。私、レミアムの事も大好きだったわ)
ユーリスも好きだったけど、レミアムも好きだった。
早々に婚約者がいたから諦めたけど。
ひとしきり笑い終わると、レミアムは真剣な顔をした。
「時期がアレだから。とりあえず内々にってことでいい?」
「勿論、いいわ!」
まさかこの場で快諾されることになるとは思っていなかった私は、心の中でガッツポーズをする。
「フルールは、今から学園に転入するのだ。色んな異性がいると思う。気が変わったら早めに言って?」
(変わるわけないじゃない……)
とはいえ、レミアムの言葉にも一理ある。
それに――。
(貴方が、まずセラフィーナ様への恋慕を昇華しないと無理な話だわ)
それには時間は必要。
私のように目の前に現れたら良いけど、あの2人は早々戻ってこないだろう。
「ねえ、デートへ連れて行ってくれる?」
「いいよ」
「王都のスイーツ、気になってる店があるの」
「分かった。次の休みに行こう」
「好きよ、レミアム」
私の最後の言葉に、少し驚いた顔をした後、レミアムは泣き顔のような顔をして笑った。
「ありがとう。フルール」
その言葉で、レミアムの中で何が変わってくれたら良いなって。
いや、きっと変わってほしいと願わずにはいられない。
私はそう思わずにはいられなかった――。
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