第13話 そして皆前を向く

出発の日。

今日も晴天に恵まれ、帰りも大行列となる隊列が組まれている。


私とユーリ様達は、玄関先で幾人の人達と挨拶を交わしている。


「それでは、セラフィーナ様、お元気で。またお会いしましょう」

騎士団長夫妻は、そう言うと片手を差し出し、それぞれ握手を交わす。

カイル様とリリーは、このあと向かう南の辺境へ同行するらしい。


「はい、またお会いしましょう、おじ様」

私が言葉を返すと、満面の笑みで去って行った。


「セラフィーナ様」

次に声をかけてきたのは、フルール様だ。


王弟殿下達は、ユーリ様の側で話し込んでいる為、先に私の元へやってきたのだ。

少しユーリ様に怯えた表情を浮かべていたけど、私の側に来ると笑顔を向けた。


「道中、お気をつけて」

「はい、セラフィーナ様もお元気で」


隊列は途中で王都に寄り、そこで騎士達の入れ替えが行われて、2、3日で南の辺境へ向かうことになっている。


フルール様は、そのまま王都に残り、王弟殿下の王都での屋敷で暮らすこととなる。


永遠の別れではないけど、しばらく顔を見ることはなさそうだ。


(もう少し時間があれば、仲良くなったかもしれない)


私が一方的にそう思っているけど、彼女もそう思っていてくれたら良いなって思う。


「――ユーリスが許してくれるのなら、機会があれば、ゆっくりお話しましょう」

フルール様はそう言うと、先に馬車へ乗り込み口へ行ってしまった。


その後、王弟殿下がユーリ様との話が終わったのか、私の元へやってくる。


「セラフィーナ嬢。本当に色々迷惑をかけた」

もう一度、夫婦共々頭を下げられた。


「もう気にしてません」

私がそう笑顔で返すと、王弟殿下は屈託なく笑い出した。


「セラフィーナ様、小さい頃も可愛かったけど、こんな美人さんになるなんてね」

辺境伯夫妻はそう言って笑っている。


「私、ここに来たことが?」

私の問いに、2人は顔を見合わせると、困ったように微笑んだ。


「私達も、昨夜アーサーからの言葉で思い出してね――ほら、サウスナ侯はうちの父のこと、大好きだったからさ」

「そうそう。確か、4、5歳の頃の話だったから、覚えていらっしゃらないのかもね」


2人はそう言うと、手を差し出した。


「ユーリスの事で困ったことがあれば、いつでも私に言いなさい――特に重くて嫉妬深いから……」

「叔父上!」

ユーリ様に言葉を遮られるけど、王弟殿下は気にしてない様子だ。


「また、会おう」

「はい……」


王弟殿下や夫人、アーサー様のお兄様とそれぞれ握手を交わす。


そして最後に、お兄様がやってきた。

お兄様もこれから、帝国にある大使館へ戻る。


「殿下、セラ、また会いにくる」

いつもより真摯な態度なお兄様だけど、顔が少し緊張しているようだ。

それぐらい、あちらはピリピリした雰囲気なのだろうと思う。


お兄様の側に立つのは、お兄様と変わらない年代の男性。

ヌーさん達の仲間のようで、同じように漆黒の髪と瞳の人だった。


「スンと、申します。シリウス様は、わたくしがお守りします」

その力強い言葉と態度に、私は安堵する。


「あなたを振り回す事もあるでしょうが――お兄様をよろしく頼みます」

スンさんにそう笑顔を向けると、彼は頷いた。


「それじゃ」

お兄様は短く手を振ると、用意された馬車へ2人で乗り込んだ。


「父上に手紙を書いた。シリウスが戻る頃には警備が強化されてるはずだ」

2人の背中を見送った後、ユーリ様は呟く。


(皆さん、ご無事で)


去っていく馬車達を見つめながら、私は祈るしかなかったのだ。


******


「ユーリ様、幼い頃の私に会ったことがありますか?生憎、私は覚えてなくて……」

屋敷に戻った後、私がそう言うと、ユーリ様は手に持っていた書類をガサっと落としてしまった。


そして、両手で顔を覆ってる。

よく見ると、耳まで真っ赤になっている。


「いや、なんだ。その――」

「会ったこと、覚えていらっしゃるのですね」

 

明らかな挙動不審に、私は確信に変わる。


「おっしゃってくれればいいのに」


(なんだか、私だけ知らないみたいで悔しいわ)


「――アーサーから聞いたのだね。あいつ、無駄に記憶力いいから……」

「正式には、辺境伯ご夫妻からですけど。2人ともアーサー様から聞いたと」

「――アイツっ!」


ユーリ様の動揺は今まで見た中で、群を抜いている。


(何か、私しでかしたのかしら?)


まったく覚えがないから、自信はない。

それに、小さい頃はレミアムの後ろをくっついていたはずだ。

ユーリ様達にもきっと、会っていただろう。


それなのに記憶にないとは――。


学園に入るまで、ユーリ様達の面識はなかったと思っていた。

どういうことか、まったく分からない。


「レミアムが――見透かしたのさ。俺の初恋を」

「えっ?」

「だから!レミアムが、セラに会わせなかったんだ!ずっと!」


ユーリ様は恥ずかしいのか、私に背中を向けた。


(レミアムが、ずっとユーリ様に会わせなかった?)


思い返してみれば、学園で声をかけた時も、レミアムはユーリ様達に一言言って、私を連れて何処かへ行っていた。


だから会釈する程度で、言葉を交わしたりした記憶はない。


(そんな以前にお会いしていたなんて――)


私がどんどん恥ずかしくなってきた。


「だから、偶然君を破落戸から助けて。レミアムと婚約解消したいって言われた時、僥倖だと思ったよ」

赤い顔をしたまま、ユーリ様は私の手を引き、腕の中へ閉じ込めた。


(ユーリ様の心臓の音、私まで聞こえるわ)


同じようにドキドキしていて、嬉しいと思ってしまう。


「何度も言ってるけど。決してセラを離したり出来ないんだ。だから早く俺のこと、もっと好きになって」


ユーリ様の言葉が素直に嬉しい。


(辺境伯様は、この人の愛は重いって言ってたけど、本当かもしれないわ)


私の想像よりも長い年月、思ってくれていたなんて。


(会って早々に、甘々なのは納得したわ)


その積極的な物言いを疑いもしたけど。

今ならストンと、ピースがはまるような気がした。


「はい、ユーリ様」

私の答えに、ユーリ様は腕の力をさらに込める。


「死んでも、追いかける自信ある」

「――でも、この前みたいに後を追うなんて言わないで下さいね」

「――善処は、してみる」


(ああ、するつもりはないわね――)


その言葉に、2人で笑い合った。





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