第12話 パーティーは絶対零度が支配する
よく眠れぬ夜が明けた、翌日。
朝食の後で、ユーリ様の執務室に呼ばれた私。
部屋にはジュリアス様、チェスター様、アーサー様にお兄様。
そしてクレアとミーさん、ヌーさんもいた。
「僕達が来る前、いきなり手紙と、お金が送られてきたらしい」
チェスター様の言葉に、ユーリ様の眉がぴくっと上がった。
チェスター様は夜通し話を聞いていたのだろう、目の下に隈が出来ている。
その使用人は、フルール様に『最後の手段だ』と、夜着を手渡し、自分は屋敷から抜け出そうとしたらしく、ジュリアス様たちの手によって捕縛されたとの事だった。
「手紙か」
「うん。でも読んだら、塵のように消えてしまったらしいんだ」
「多分、そういう魔術、ある」
チェスター様の言葉に、ヌーさんが納得したように頷いた。
(私、魔術のこと、何も知らないわ)
私自身、魔術の才もない。
そういう類の魔術も、勿論知らない。
手紙の内容は、ここでは憚れるといってチェスター様は何も言わなかったけど、なんとなる察しがつく。
(私の悪口や、ユーリ様との関係といったところかしら)
婚約してからの日数も浅く、まだ覆すチャンスはある――といったところだろうか。
それについ先日まで、レミアムと婚約していた身だ。
アーサー様に言われたように、玉の輿に乗ったと思われていても不思議ではない。
「――何者か、私達の婚約を良く思ってないから、か」
ユーリ様の唸るような口調に、あたりは緊張感が走る。
「セラ個人というよりも、うちの侯爵家のと繋がりが邪魔なんじゃないかな」
お兄様の言葉に、私は頷く。
中立派を貫いてきた我が家が、一気に第二王子派となったことで、国内のパワーバランスが崩れた。
それに、筆頭公爵家の当主の交代。
貴族の中での均等が崩れつつある。
時は一気に、第二王子派に有利に進んでいる。
「俺は王位など、興味ないのだけどな」
ユーリ様は溜息混じりでそう言うと、苦笑いを浮かべてる。
「それでフルール様は……」
私は気になっていたことを口にした。
あの後、アーサー様によって部屋から連れ出されたフルール様は、足下もおぼつかないまま、離れに戻って行った。
「ああ、王都の学園に行くってことで、話は纏まった。本人も納得してる」
アーサー様は、安堵の笑みを浮かべている。
どうやら、このまま両親の側に置くよりも、1人で王都で勉強させる道を選んだらしい。
辺境伯様は最後まで抵抗したようだけど、夫人やほかの兄弟達が、説得したようだ。
夜着から着替えたフルール様は、まるで憑き物が取れたかのように頷いたという。
あの夜着には興奮剤のようなものが含まれていたようで、あそこまで激昂した理由もよく分かった。
「酷い……」
(フルール様の恋心を利用しようとしていたなんて……)
「ああ、だけどそれが王宮、政治の世界だ」
私の呟きに、ユーリ様は気遣うようにわたしの手に自らの手を添えた。
「権力に固執するのは、自分に対してどこまでも利己的になりますから」
ジュリアス様の言葉に、この人達はずっと、そういった人達に苦しめられてきたと思った。
「それで、パーティーはどうするつもり?」
「その使用人が立てていた計画を利用する」
チェスター様の言葉に、迷いなくユーリ様は口にする。
捕まった使用人は、私を湖畔の城に閉じ込めて、パーティーへの出席を妨害し、その間フルール様が婚約者のような立ち振る舞いをさせるつもりだったらしい。
近隣の貴族や有力者、王弟に別れを告げるパーティーはそれは盛大に行われる予定となっており、フルール様の立ち位置を固めようとしていたようだ。
「敵が味方か、見極めるつもりか」
お兄様はそう言うと笑い出す。
「くっくっくっ、いいね、殿下。俺好みだ」
「義兄に好かれて、良しとするべきか?」
ユーリ様は、今日一番悪い顔をして微笑んでいる。
(それでもその笑顔が眩しいと思えるなんて、私もどうかしてるわ)
恋は盲目――。
そんな言葉が、私の頭をよぎった。
******
パーティー当日。
私は控室で、ヌーさん達が取ってきてくれた帝国風ドレスに着替えて、ユーリ様が迎えにくるのを待っていた。
今日はたくさんの人達が、屋敷のホールに集まっている。
王都から来た騎士団の家族の方も、ユーリ殿下の『何かあった時の場合』という提案で参加している。
職場結婚も多く、夫人や子供達も剣を扱えたり、有事の時の心得がきちんと出来ているからだ。
ドレスやアクセサリーを持参していなかった方も多く、辺境伯夫人が懇意にしているラミア商会から安価で購入出来たりと、騎士団員達も『プレゼントできた!』と、このサプライズに大喜びだ。
騎士団の警備する方々も正装しており――こちらはあらかじめ指示があり持参していた――華やかさが一気に増す。
王都から来ていた侍女ズさんたちも、中々見ることの出来ない格好良い騎士団員さん達の正装に大喜びだ。
(普段はパレードや、王宮でも催しの時しか着る機会はないものね……)
「やあ、そろそろ行こうか」
ユーリ様は、予定より少し早めに控室へやってきた。
「早いですね、ユーリ様」
「実は、叔父上が……」
壇上から最後の挨拶として、辺境伯は挨拶を行ったのだが、おおよそ15分かけて自らの半生を語ったらしい。
その長い挨拶のお陰で、ユーリ様やジュリアス様達は目ぼしい人物をピックアップ。
最後は、辺境伯様がウィンクして挨拶を締め括ったらしい。
あとはピックアップした人物に話に行くだけになり、ものの15分ばかしで片付いたらしい。
(辺境伯様もノリノリで計画に加担していたけど……)
立ったまま、挨拶を聞く羽目になった人達には、申し訳ない。
「それにしても……素敵なデザインのドレスだね」
お兄様の注文したドレスは、今のあちらの国の流行スタイルらしく、ふわっとしたドレスがこの国には多いが、どちらかといえば身体の線に沿ったドレスとなっていた。
こちらよりも寒い気候のため、ボレロなどを羽織りパーティーへ出席しているらしい。
「はい、セラ様」
ミーさんからストールを受け取ると、肩から羽織った。
「この姿を皆に見せるのは、癪だけど――似合ってる」
ユーリ様は、私をエスコートするために腕を出した。
私は、そっと腕を絡ませる。
「さあ、お嬢様。戦場へようこそ」
******
私が会場入りすると、騒めきが起きた。
そして一番先に私に挨拶をするのは、フルール様。
「セラフィーナ王子妃」
そう言うと、臣下としての最上級のカーテーシをした。
フルール様は、捕縛された使用人さんが自白したことにより、今回のパーティーに出席している。
(ユーリ様の圧が凄かったから……)
今回の計画に協力しない限りは、私達に剣を向けたことにより、捕縛されかねなかった。
実兄であるアーサー様が止めたことにより、刑は軽くなっただろうが、それでも牢に入るのは辛いことだろう。
(喜んで参加してくれたけど……)
先日やっと、フルール様と直に話す機会があり、もうユーリ様に恋心はもうないとおっしゃっていた。
(寧ろ、恐怖の方が勝ってるって――)
私を庇い、ユーリ様が前へ出た時、視線から感じる殺気と怒気に、すっかり恋心か恐怖に変わったらしい。
「本当に視線で殺されるって思ったの」
憑き物が完全に取れたフルール様は、思い出しただけで身震いすると、そう言って腕をさすっていらっしゃった。
(こうやって、私に対して挨拶することで、周りへの牽制となる――)
「楽にして下さい、フルール様」
私がそう言うと、フルール様は顔を上げて満面の笑顔を浮かべた。
全て、ユーリ様の筋書き通り。
この光景に、顔を青白くしている人達。
「ジャス、チェス」
私達の後ろに控えている2人に声をかけると、顔色を悪くしている人達の事を名前を書き取っているようだ。
この後は、ラミア商会の女主人、ラミア様から舐めるようにドレスを見られたり、幾人の男性方からダンスのお誘いもあったけど、全てユーリ様からの冷たい視線で散会されられた。
「今日、こんなに寒かったか?」
そんな呟きが会場のあちこちから聞こえていたことを聞かされたのは、もっと後の事だった――。
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