第9話 切り裂かれたドレス
辺境伯夫人、チェスター様、ミーとクレアと共に、市場の視察に訪れた私達。
騎士団中心の護衛さんたちを引き連れて、かなり目立っていると思う。
屋敷で馬車へ乗り込む時、辺境伯夫人は頭を下げた。
「娘が申し訳ないことをしている」
と。
そしていくら自分達が止めても、右から左へ聞き流すばかりで、母として恥ずかしい、と。
だから視察で、自分が声がかかるとは思ってもみなかったらしい。
「そんな、お顔をお上げ下さい」
「なんと、お優しい……わたくし、今日は精一杯案内させていただきます!」
と、猛烈に張り切って下さって。
辺境伯夫人に連れて行かれたお店は、全てセンスがよく、私も、チェスター様も気に入った様子だ。
中でも懇意にしているという、商会は王都と見劣りすることない品揃えと質で、私達は全員驚いた。
特にこの街の特産、シルクを使ったドレスはとても上質で。
デザインも女性店主自ら手がけているという。
「外国へよく行かれていたお嬢様のお目に適うようなものを、是非作らせて下さい!」
と、興奮気味に言われてしまった。
そして、夕暮れが迫ってきた頃。
屋敷へと戻って行く。
「アーサーの母君は、昔からのんびりしたお方だけど、今日は驚いたなあ」
帰りの馬車の中。
チェスター様はそう言うと、手土産に渡されたお菓子を口に1つ入れた。
「そうなのですか?」
「あまり、自分から率先して動く人でないから――フルールのことで、必死なんだなとは思った」
フルール様の行い――それだけ家族を困らせているかと思う。
「辺境伯が、フルールにめっぽう甘いから……結構我儘に育ったなあと思ってる」
同じ幼馴染であるチェスター様がいうからは、そうなんだろうと思う。
「それにしても――ちょっと常識がなさすぎではありませんか?」
「クレア」
私の隣で不機嫌そうに顔を歪めたクレアを諌める。
とはいえ、恐らくずっと我慢していたのだろう。
クレアは唇を噛み締めている。
「なんというか――セラフィーナ様とユーリスとの距離感がさ」
チェスター様は、少し悩んだ風にして口にした。
「距離感?」
「そう。遠慮してない?ユーリスに」
「遠慮は……してないと思いますけど……」
はっきりとは言い切れない。
だって、まだ言葉を交わし始めて、そんなに日は経っていない。
まだよく知らないっていう方が、しっくりくる。
「ほら、フルールって、ユーリスのこと、呼び捨てにするでしょ。側から見れば、セラフィーナ様よりもフルールの方が仲良く見えているかもしれない」
「言われてみれば――そうかもしれないですね」
クレアは妙に納得した声をあげる。
「だから勘違いしている使用人達も、多いのじゃないかな」
チェスター様の意見は、ものすごく的を得ている気がした。
実情を知らない人であれば、呼び方一つで距離感を測るのかもしれない。
しかも、辺境伯の使用人達は、現地で雇った人も多いだろうけど、血縁の人だって多い。
貴族達も多いということだ。
(物凄く、大事な事だわ……)
自分の事に手一杯で、周りのことを考えられなかった自分がとても悔しい。
(チェスター様はちゃんと、周りのことを見ていらっしゃる)
彼もまた、あの殿下の側近だということを、改めて感じた。
カタンと馬車が停まる。
どうやら屋敷へ着いたようだ。
「チェスター様、ありがとうございます」
「いや、僕は何も――」
ガチャと馬車の扉が開くと、殿下が顔を覗かせた。
「セラ、ちょっと来てくれる?」
「――はい」
殿下の顔は、とても複雑な表情をされていて、何か良くないことがあったと察する。
手を引かれ、そのまま屋敷にはいると、ピリピリとした雰囲気がある。
(留守中に何かあったのかしら)
本邸の私にあてがわれた部屋の前には、数人の兵士達。
手を引かれて、部屋に入ると――部屋は荒らされていた。
王都から持ってきたものを中心に壊され、クローゼットから出されたドレスは、ナイフか何かで切り裂かれた状態のものが部屋に散らばっている。
「これは……」
その中には、殿下と初めて踊ったドレスも含まれている。
私の後ろでクレアは息を飲むと、
「急いで片付けます!」
「私も、手伝う」
クレアの後にミーさんも続く。
「侍女たちに怪我は?」
クレア以外は連れて行ってないから、部屋がこんな状態でどうなっているか。
「セラ付きの侍女が、丁度部屋を離れたタイミングで、やったらしい」
「それならば無事ですね……」
殿下の言葉にほっと安堵する。
「殿下に頂いたドレスも……」
切り裂かれたドレス達を見つめながら、私は呟く。
(思い出の品を壊されたら、いい気はしないわ)
だけど――。
「ドレスはまた贈ればいい。それよりも君達が無事なほうが大事だ」
「はい……」
「実は、犯人はもう捕まえてる」
「えっ」
「行くか?」
殿下は、私の表情一つ見逃さないってほど、食い入るように見つめている。
(少しでも私が嫌がれば……連れて行かないつもりなのね)
大切に思ってくれている。
それは信じているし、疑ってもない。
きっと、私に降りかかる全てから守ってくれると思う。
だけど籠で囚われるだけの身になるつもりは、ない。
私は自分の意思で、考えて、生きていきたい。
「勿論、行きます」
私は、じっと殿下の目を見つめ、そう言い放った。
******
本邸一階にあるサロン。
そこには、5、6人の侍女達が兵士に囲まれて集められていた。
「ユーリス!誤解よ!私は何も――」
フルール様は、ユーリス殿下に詰め寄ろうとしたけど、隣に立つ私を見つけて、足を止めた。
そしてきつく睨まれる。
(彼女にとっては、私は邪魔な存在だもの……)
だけどその一途さに、同情してしまっている自分もいる。
(殿下を奪われたいわけではないけど……なんだかフルール様を憎めないわ)
恋故、暴走してしまっている彼女。
それだけずっと、殿下を想ってきた気持ちに嘘はないと思うから。
(レミアムの時のソニア様とは違う)
「セラ」
殿下の声にはっとする私の手を引き、上座にある椅子に座らせ、隣に自分も座った。
(今から、どうしていくつもりなのかしら)
殿下の隣に立つのは、険しい顔のジュリアス様とアーサー様。
私の隣には、お兄様とチェスター様が並んで立っている。
側から見ても、殿下の怒りの感情が伝わってくる。
私以上に、殿下は怒っていらっしゃる。
それが分かっているかのか、ジャス様達はなにも言わない。
ただ、静かに成り行きを伺っているようだ。
「セラフィーナ嬢、うちの使用人達が申し訳ないことをした」
王弟でもある辺境伯様は、私に深く頭を下げた。
「高価なものは、何も被害にあっていなかったようです。ですから、そのように頭を下げて……」
「私がセラに贈ったドレスも、今回被害にあってる」
殿下は私の言葉を遮るように言うと、使用人達に目を向けた。
「そ、そんな……」
「偽りの婚約者じゃなかったの?!」
「知らないわよ!皆んなが噂してたから、てっきりそうかと――」
使用人達は、口々に言い訳を始めている。
「わ、私は何も知らないわ」
フルール様は、そんな使用人達を尻目に、関係ないと言わんばかりの態度を取った。
「フルール――関係ないでは済まないのよ。この使用人達は、貴女についていた者達でしょう」
辺境伯夫人は溜息をつきながら言う。
「ともかく――全てうちで弁償する。だから……」
辺境伯がそこまで口にすると、殿下は机をバンっと叩いた。
「――叔父上、それで私が納得するとでも?」
「まさか――使用人達の処分はこちらでする」
殿下の怒気に正面から向き合えるのは、王弟だからか。
冷気を孕んだ怒気に、私達は身動き1つ出来ないというのに。
「――フルールは先に行かす」
「お父様!」
辺境伯の言葉に、フルール様は焦ったような声を上げた。
「嫌よ!私は――」
「いい加減になさい!」
辺境伯はフルール様に甘い――そんな言葉が嘘のような、本気の怒り。
「――私達が、お前を甘やかしすぎた。現実を受け止めなさい」
「……」
フルール様は下を向き、小刻みに震えている。
表情は伺えないが、泣いているのではないだろうか。
「――分かった。行こうか、セラ」
殿下が私に向ける眼差しは、さっきまでとは打って変わって優しい。
それに私はただ頷いて、退出するしかなかった。
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