第8話 視察

馬車が揺れる中、自分でもわかるくらい顔がにやついているのがわかる。


(さっきのお願いモードのセラは可愛かった)


しかも初めて、自分から抱きついてきた。

それがジャスの策略だとしても、悔しいが俺のツボをよく分かっている。


「ユーリスって、そんなキャラだっけ?」

向かいに座るアーサーは、俺を呆れたように見つめると溜息をついている。


(セラを敵視した事を許すつもりない)


とはいえ、アーサーは抜けた側近の穴を埋める為の必要な人材。

それを理解していて、セラは俺との同行を断り、悪手に回ると分かっていても、アーサーを側につけた。


(フルールが俺に同行することは分かっていただろうに……)


あの時、セラが一瞬だけ表情が強張った。

その事が俺にはどれだけ嬉しかったか、彼女は分からないだろう。


(とはいえ、ここまでフルールを調子付かせたのも、俺が原因だ)


妹のような存在。

俺に女姉妹はいないし、身近にいたのは唯一フルールだけだ。

だから、気安く触れさせていたし、近くにも寄らせていたけど――。


(セラが不快に思っていたなら、早々にやめさせるべきだった)


後悔したところで、今更どうにもならない。


(まだ嫌われていないだけ、マシだな)


レミアムのように、彼女から切り捨てられたら――。

想像しただけで、目の前が真っ黒に染まる。


「――アーサー、フルールを何としろ。それが出来れば、俺の側に仕えることを許す」


妹をなんとか俺から引き離せば、側近として側に置く。


俺の言葉に、ジャスは安堵の溜息をつき、アーサーは嬉しそうに顔を上げた。


「俺がずっと、ユーリスの側から離れない!」

「やめろ、鬱陶しいわ」


それにセラとの時間を邪魔してきたら――俺はアーサーを叩き潰すと言い切れる。

 

「それと、セラはもうお前の主人だ。疑う事も許さない」

「――わかったよ。俺が悪かったんだよ。フルールの言葉を間に受けたから……」


セラの悪評は、この辺境の屋敷内で実しやかに流れている。


(発端は、やはりフルールか)


セラを一方的に、悪女のように責め立てられている。

あと10日ほどで、使用人達も入れ替わるとはいえ、その間にセラに危害を加えられたら……。


(俺は加減できないだろうな……)


万が一でも彼女が、物理的に傷つけてられたりしたら――。


「ユーリス、どうするつもりです?」

ジャスは、暗にフルールをどうするかと聞いている。


叔父上や叔母上、アーサーの兄達も、俺への行動は度が過ぎていると注意してきているだろう。


だけど、フルールは気にしていない様子で、俺に接してくる。


(出来れば、あまり強硬な手段は取りたくないのだがな……)


それによって、自分の命よりも大切な彼女が傷つくことは、避けなければならない。


それが原因で、レミアムのように彼女から切り捨てられたら――きっと俺は、もう生きていけない。


「――恐らく、パーティで何か仕掛けてくるだろう」


セラを蹴落とす為、何らかの罠を仕掛けてくる可能性が高い。

屋敷の使用人達は数が多いから、フルールに味方する者も多いだろう。

この辺りに住む有力者たちや、領主達も。


叔父上達の送別パーティで見極める必要が出てくる。


(俺に味方するか、仇をなすか)


「――俺たちがいくら説得しても、フルールは聞く耳もたないから……」

アーサーはどこか諦めたような声をあげる。


「しっかりしなさい。いざとなれば、貴方が守ってやらねばならないのですよ」

ジャスはアーサーを叱咤する。


「俺はセラに万が一のことがあれば、容赦する気も、赦す気もないからな」

俺が言い切ると、アーサーは真剣な目つきに変わった。


「――わかった」

アーサーはそう言うと、険しい表情を浮かべていた。


******


辺境の地の砦の視察は、順調に終わった。

何点か問題点も浮き彫りになったが、今後一つずつ解決していけばよいと思う。


(それにしても、アーサーは相変わらず人の懐に入るのがうまい)


真似しようにも出来ない天賦の才だと思う。

シリウスは努力してそうなったと思うが、アーサーは別だ。


アーサーのお陰で、報告書にはない生の声も聞けて、視察は成功だった。


(アイツがいなければ、もっと時間がかかる問題もあったはずだ)


それが改善点が出るところまで辿り着けたのは、アーサーのお陰である。


(これも、セラのお陰だな)


こうやって、一つずつまた好きになっていく。

きっと一生俺は、彼女を好きになり続けるのだろうと思う。

俺の心を縛りつける。


(俺を掴んで離さないのは、セラの方だ)


どこにも逃げるとこも、避けることも出来ない。

だから――。


(早く俺のところまで堕ちてきて、セラ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る