第7話 私は画策する

私の私室には、お兄様とジュリアス様。

ジュリアス様の手が空いた時点で、話し合いを持つことにしたのだ。


それぐらい、ユーリス殿下はアーサー様をいないものとして扱うから……。

その時のアーサー様の傷ついた目は、本気の目だ。


「お兄様、現状、ユーリス殿下に足りないものって何かしら」

「――側近の数かな」

「やはり、そうよね」

この前のチェスター様の一件からも、レミアムが抜けた穴が大きいことを実感させられた。


あの時レミアムがいれば、チェスター様を置いて先に進む選択肢も取れたと思う。

だけど、殿下はそれをしなかった。


(チェスター様が心配だったというのもあるけど、置いて先に進めなかったということだわ)


殿下の側近がジュリアス様とチェスター様だけという状況は、好ましくない。


(今回は、お兄様もいたけど、いざという時に殿下を守りきれない可能性だってある)


それものこれも――。


(原因は、私――)


殿下とアーサー様、2人は不仲にさせたのは、私だ。

あの場面で、はっきりと『婚約者を粗末に扱うような側近はいらない』なんて、言うぐらいだ。


ユーリス殿下は妥協しない。

私を大事にしてくれるが故に、惜しい人材を手放そうとしている――。


レミアムと私が結婚していた場合、その穴をアーサー様で埋めようとしていたとも思う。


(私達の生活が落ち着いたら、こちらに呼び寄せようとしていたかもしれない)


だとしても、起らなかった未来だ。


(なんとしてでも、殿下のアーサー様の信頼を取り戻させなければならない)


「ジュリアス様、アーサー様の強みはなんですか?」

「そうですね……相手の懐に入っていくうまさでしょうか――そういう意味では、シリウスと同等かと」

「成程……」


お兄様とおなじように人の懐に入るのがうまいなら、きっと色んな人と仲良くなっているはずだ。


(エディフィス侯の知らない情報も知っている可能性が高い)


「お兄様、ジュリアス様、私に考えがあります」


******


辺境の地、視察の日。

殿下は私の手を取ると、いつものように馬車へとエスコートしようとする。


「殿下」

「なに?セラ」

「少しお話いいでしょうか」


そのまま手を引き、屋敷の裏手へ。

人気のない場所で、殿下の胸に飛び込んだ。


勿論、自分からそんな行動に出たなんて、初めのことだ。


(はしたないかもしれないけど――殿下は婚約者だし。少しくらいは良いわよね)


殿下の私に対する好意は、いくら周りから鈍感と言われていても私でも気づいている。


(不快に思われなければ良いけど――)


そんな心配をしていたけど、殿下の全身がまるで石になったように固まった。


(えっ!?失敗した?!)


ゆっくりと私の背中に手を回すと溜息をついた。

「こんな悪い事教えたのは、ジュスだな……」


(当たってるところが、怖いわ!殿下!)


今回の視察で、アーサー様を側に置き、辺境伯だけからではなく、アーサー様に現場の声を拾い上げでもらう。


それは人の懐にはいるのが上手い、アーサー様の強みをアピールする作戦だ。


その為には、私がついていかない方が良い。

私がいれば、常に隣にいることになる。

殿下の隣を、アーサー様に譲ったのだ。


(悪手になる可能性もあるけど……)


私が一緒に行かなければ、フルール様が殿下の隣を占拠する可能性もある。

屋敷でも、婚約者のように常に隣にいようとするのだ。

砦の視察だって、同じように振る舞う可能性は高い。


だけど、ジュリアス様がそれは死守すると言っていたから、恐らくそうしてくれるだろう。


(それに殿下も本音では、絶対アーサー様を手離すことはしたくないはず――)


そう考えた私は、行動に移すことにしたのだ。

これから提案することに、是非とも頷いてもらわねば困る。


(ジュリアス様は、頬にキスを提案されたけど、お兄様が反対したし、何よりそんな難易度の高いことを、私が出来るわけない!)


だから力加減も難しくない、胸に飛び込むことにしたのだ。


決してフルール様に対抗したわけでは――ない。


「それで――セラはどんな可愛いお願いをするつもりなんだい?」

殿下は艶のある優しい声で、私の耳元で囁く。


(自分から抱きつくのだって恥ずかしいのに、耳に殿下の息がかかってさらに恥ずかしい!)


顔が赤くなるのを感じる。

だけど、ここで怯むわけにはいかない。

ここは、譲れない戦いってやつだ。


「し、視察を別行動したいのです」

早口で捲し立てるように、私は言う。


「どうして?」

「辺境伯の奥様に、市場での同行をお願いしております。女性ならではの視点を拾うなら、その方が良いかと……」


本音だけど、建前。

殿下と行けば、殿下よりの視察になり、私が行きたいようには出来ないだろう。


(守られてばかりでは、嫌なのです、殿下)


私で役に立てるなら、殿下の役に立ちたい。

いつもそう思っている。


「はあ、分かったよ。但し、危ないところには行かないこと。チェスターとミーを連れて行くこと。いいね」

「はい、殿下」


少し身体を離して、殿下の目を見て返事をすると、殿下は一気に真っ赤な顔になった。


「――視察なんて行かずに、このままセラと過ごしてたい」

つぶやくように言った言葉は、私の体温を一気に上げた。

 

私の前髪をかきあげ、額に唇を落とす。 

柔らかな感触に、私はなお一層心臓が早くなる。


彼の瞳に写る自分を見て、吸い込まれそうな錯覚に陥る。

殿下の顔が近づいてきて――。


「ユーリス!どちらに行かれたのですか!」

フルール様の声に、一気に現実へと引き戻された。


(私ったら、今キスしようとしてた?!)


自分の行動に驚きつつも、少しだけフルール様に対して一瞬嫌悪感が表情に出てしまったかもしれない。


殿下は息を呑んだような表情のあと、ちっという舌打ちすると、私の指を絡め取った。

それだけで、曇った私の表情を晴れさせる。


「セラ、俺は至らないことが多い。だから嫌なことは嫌って言って欲しい」

「はい、殿下」


そう返事はすれど、きっとフルール様に嫉妬しているなんて言えないだろう。


私は手を引かれ、そのまま馬車が待つほうへと戻って行った。

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