第5話 父の後悔と第一王子
暗い中庭で、1人で立つ父上に俺は声をかけた。
「ハリスか」
俺の姿を見てそう呟くと、父上は空を見上げている。
こんな真夜中に、父上は1人何を思っているのか――。
(私が理解できるはずもない)
常に仮面を被っているかの如く、無表情。
それが父だ。
俺達の前でも、そのポーカーフェイスは崩れることはない。
(アーチェ様がいなくなってから、父上は常にそうだ)
アーチェ様がまだいらした頃。
赤ん坊のユーリスを抱く姿に、俺は子供心に嫉妬心を抱いた。
(あんなに愛おしそうに、抱き上げられたことなど、俺の記憶にはない……)
第一王子と第二王子。
立場は違えど、俺のユーリスに対する嫉妬はそこから始まっている。
それでも。
血を半分分けた弟が、可愛くなかったわけではない。
先王に育てられ、メキメキと頭角を現し始めた頃も。
残念王子と呼ばれていた時も。
(常に俺の闘争心を焚き付けてくれたのは、ユーリスだ)
厳しい王子教育も、帝王学も。
ユーリスの存在が、俺を掻き立たせ、やる気にさせた。
母上達に命を狙われ始めた時、本来の姿から偽れと助言する程に、俺はユーリスを大事に思っている。
恐らく、父も。
それに比べ、母上は――。
アーチェ様が、王宮から姿を消しても、父上と母上の仲は冷め切ったままだ。
「――母上をどうされるおつもりですか?」
母上は、それでも王妃だ。
いつまでも離宮の幽閉も続けられない。
「――どうすればあやつが、幸せになれるか、考えていた」
(母上の幸せを願っているというのだろうか)
母上の幸せは、父上に愛されること、とは言えない。
それは恐らく出来ない事だから。
私から見れば、母上はいつも足掻いていた。
それが極端な行動に繋がっている。
「王妃の地位に固執しすぎている――解き放てば、あやつは幸せになると考えている」
父上の言葉が何を示すのか。
(父上は、退位なさるつもりだ。母上の為に)
この事を、母上はどう思うだろうか。
「儂も、お前ぐらいの頃、父から王位を譲り受けた」
「そうでしたね」
「お前なら――きっと上手くやれるだろう」
「……」
そんなことはないと言いたい。
父のように、祖父のように、振る舞うのは、俺には無理だと思っているから。
「――儂は、お前の決めた事を全面的に支持する」
「父上……」
王位を譲り受けたら、俺が何をするか、父上には見透かされていたということだ。
「――だが上手くやれ。お前なら大丈夫だ」
「はい……」
王位を受け継ぐ。
今後の事を進めるに当たって、それは絶対に必要な事だ。
「気に病むことはない。お前は立派だ」
少しだけ表情を崩した父上を見るのは、いつぶりのことだろうか。
父上は父上である前に、国王で。
それより前に感情のある人間だということを、忘れそうになるけど。
(思っていたより、俺は愛されているのかもしれない)
こんな風に話をしたことがなかった。
家族らしく話をすることを、半ば諦めていたから。
ミラに出会い、俺の育った家庭環境が決して恵まれていないことを知った。
何を考えているか、読めない父。
野心と欺瞞に溢れた、母。
そして、常に母を恐れていた弟。
衣食住には困らない。
だけどそこに幸せを感じる瞬間はあっただろうか。
肩にのしかかる重圧。
沢山の人の命を、自分の決断一つで左右してしまうことへの畏れ。
間違った決断をしない為の教育。
肩の力の抜き方なんて、分からなかった。
だけど、ミラは家族とは温かいと教えてくれた。
僥倖だ。
(父もきっとそうだった。恐らくユーリスも……)
王家の血筋の者は、深く1人の女性を愛すると言われている。
側妃は娶ることもあるが、それは血筋の為のみ。
(父と母が不幸だったのは、父が深く愛した人は母ではなかったことだ)
晩年、先王であるお祖父様が、見誤ったと言っていたという。
恐らく、父の心を測り間違えたのだと思う。
その責任を取るように、お祖父様はアーチェ様を匿い、ユーリスを育てることを決意された。
そしてユーリスの才能は、一気に開花することとなる。
(母は追い詰めたつもりが、自らの手で追い詰られたのだ)
そして父も恐れていたグッテイス公爵家。
祖父の時代は当主とうまくやっていたようだが、先代の当主は狡猾さと有能さと兼ね備えたような人だった。
己が一族の為に、何でもやる。
母が何かと失敗しても、尻拭いをしていたのはすべて叔父上だ。
その代替わりの時に、父は母を離宮へと追いやった。
西の離宮を選んだのは、ユーリスの事を思ってか。
母は、叔父上がいなければ何も出来ないだろう。
(そこまで見越して母を遠ざけたなら、父の恨みは相当深い……)
アーチェ様を思う気持ちは、本物なのだろう。
(父としては複雑だけど――ミラを得た今なら父の気持ちも少しは分かる)
「儂は、戻って休む。ハリスも戻りなさい」
「はい、父上」
父上の顔に迷いはない。
ただ、母を憂いでいる。
それだけ。
母の思うような感情よりも、長年連れ添った仲間を思う気持ちだろうか。
(同じ過ちを犯してはならない)
僕は決意を新たに、自らの部屋へと戻って行ったのだった。
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