第4話 王妃と離宮


(どうしてわたくしが、こんなところに……)


目の前にある、粗末な朝食が余計に私を苛つかせる。


あの邪魔なユーリスが北の辺境の地へ向かってすぐ。


「自分が閉じ込めた、西の離宮へ移れ」

陛下は、何の温度も感じさせない声と様子で、私を王宮から追い出した。


使用人や侍女達も、公爵家から連れてきた者は誰も私についてこなかった。


事実上の幽閉。


表向きには、苦楽を共にしてきた兄の突然の引退で、心労が重なり、静養していることになっている。

 

(賢妃と呼ばれるわたくしが、過ごす宮ではないわ)


それもこれも、全て兄がうまくリードしてくれたから。

その兄の支えなしに、私は上手く立ち回ることは出来ない。


実の息子であるハリスからも、冷めた目で見られていることは知っている。


(あんな女を妃としたから!)


うちの公爵家の血族とはいえ、末端だ。


本当は、ソニアを妃に据えたかった。

たが、陛下が反対し、宰相も反対。

重鎮達も、みな反対した。


(わたくしと、陛下だってはとこだったのよ)


なのに、何故ソニアがあれほどまで反対されたのか、私には分からなかった。


(兄もこの件は諦めた方がいいと、あっさり手を引いたわ)


その結果が、これだ。


そもそも、私の人生は順風満帆だったのだ。

あの女が現れるまでは――。


ユーリスの母、アーチェ侯爵令嬢。

見た目も美しく、賢いと評判だった。


陛下が一目で恋に落ちたのは、認めたくない事実だった。


(正妃である、わたくしを蔑ろにしてあの女とだけ、過ごすようになった)


私は幼い頃から、婚約者になる以前から、陛下のことをお慕いしていたのだ。

結婚をし、ハリスが生まれ、情熱は感じられなかったけど、陛下は私を尊重してくれた。


だけど、あの女が現れてから、陛下の態度は一変する。


(わたくしとは、事務的な付き合いになった)


国王と正妃は、いわゆるビジネスパートナー。

私には、公私の公だけを求めるようになっていく。


(そんなこと、耐えられなかった)


熱を持っていなくても良い。

ただ穏やかに過ごせていた、あの時に戻りたかった。


(兄も協力してくれて、あの女を王宮から追い出せたのに)


徹底的に虐め抜き、特にユーリスが産まれてからは執拗に攻撃した。

だから、彼女は身も心も壊れた。


あの女が、東の街の離宮に居を移したときから、陛下の態度はさらに冷たくなっていく。


朝食を共に取るのは皆無、昼食や夕食も公務を伴うものしかご一緒されなくなった。


それでも私は王妃。

兄は、私を王妃として揺るがない地位へ押し上げてくれた。


(だけど、兄から見放されてしまった)


私を置いて。

兄は、公爵家とその血族を守る為、切り札を切った。

自分の引退と引き換えに、家の全てを守ったと言える。


(公爵家と当主としては、間違っていない判断だわ。だけど――)


後ろ盾を失った私の権威は、地に落ちてしまった。


「くっくっくっ……」


自分が滑稽すぎて、笑えてしまう。


(陛下でさえ、私ではなく公爵家を立ててきたということ……)


そうでなければ、筆頭公爵家の娘だった私をこんな離宮に押し込めることは出来なかったはずだ。


兄の引退と共に、筆頭公爵家の地位も衰退の一途を辿っている。


(わたくしの事を少しでも情があれば、こんなことはなさらない)


粗末な食事に待遇。

陛下はずっと、私個人ではなく、政治を有利に運ぶ為だけに動いてこられたということ。


(少しでも、わたくしに情があると思っていたなんて)


自分が嫉妬に駆られ、あの女を追い出した時から、情でさえ消えてしまったのだと悟る。


それでも――。

(どうしても許せなかった。あの女と幸せそうに笑い合う姿も見たくなかった)


そして、ユーリスも。

あの女によく似た顔立ち。

嫌悪感しか抱けなかった。


兄から諌められ、表面的には優しい継母を演じていたはずだ。

だけど、裏では徹底的に嫌がらせをしてきた。

命を狙うことも厭わなかった。


全ては、我らが血を継ぐハリスを王位に就かせる為。


きっと兄はそうであっただろうと思う。


(だけどわたくしは、ずっとユーリスにあの女をみていた)


愛しい陛下の寵愛を、奪っていったあの女を。


(本当に壊れてしまったのは、わたくしだったのね……)


私自身の手で、自身を壊したのだ。

これを笑わずにいられるだろうか。


「おや、すっかりしおらしくなったようだ」

この離宮に人は訪れない。

だけど突如聞こえた声に、私は手に持っていたナイフを声がした方角に投げつけた。


「あぶないなぁ……」

そう言って姿を現した人物に、私は驚いた。


兄とよく似た顔立ち。

一目で誰かわかってしまった。


「お前は――」

「まだ、完全に壊れたわけではないのですね、叔母上」

「ルカン、か」


兄上の息子。

幼い時には、義姉に連れられて王宮に来ていたが、学園に通う年齢からは一切姿を見ていなかった。


「安心しましたよ、もうご自身で動く気概はないようだ」

「――どういう意味だ」


侮蔑した目を向けるルカンに、私は本能的に危険だと察する。

兄に似ているが、持っているものが違いすぎる。


浅ましい程の野心。

ルカンはそれを隠そうともしない。


「貴方に動かれては迷惑なのでね。私がハリス殿下を王位に推しあげて差し上げますよ」


決まってる事のように言う自信は、どこからくるのか。

この男の裁量を推し量ろうとする。


「お前に出来るのか」

「出来なきゃ言いませんよ。貴方にとって邪魔なユーリス殿下も消して差し上げます」


今まで、兄が差し向けた刺客達をことごとく打ち破ってきたのはユーリス自身だ。

この男にそれが出来るというのか。


「父は、最近ではユーリス殿下は王の器だと、言い出してましてね、困ってるのですよ」

「なんですって」


あの兄が、ユーリスを認めた。

その事実に愕然とする。


「次の王はハリス殿下でなければ、私が権力を握れませんからね」

そう言いながらケラケラ笑うルカンに、私は薄気味悪さを感じる。


(本当に兄の子か?)


この子は既に壊れている。

ソニアがそうだったように。


「まあ、貴方はそこで高みの見物でもしてて下さい。大人しく言うことを聞いてくれれば、此処での暮らしをもう少し快適にして差し上げてますよ?」


それだけ言うと、ルカンは去って行った。


私は、脱力したように椅子にもたれかかる。

あんな年若い子に対して、柄にもなく緊張したようだ。


アレを退くことが出来るなら。


(それは本当に王の器なのかもしれない)


私は誰もいなくなった部屋で、1人溜息をついた――。

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