第3話 湖畔と王子


チェスター様のお兄様は、王都から単騎で駆けつけた。

どうやら、1日ちょっとでこちらまで駆けつけたらしく、ほとんど休まずにここまで来たらしい。


チェスター様と似た赤い髪をした青年は、焦燥しきったような顔つきをされている。


そして殿下に会われた途端、腰を折り曲げ、頭を下げされた。


「父が大変ご迷惑を!」

潔すぎほどの謝罪に、私と殿下は目を見合わせた。


「いや、別に構わないのだが――過労で倒れられるほど、お仕事を?」

殿下の問いに、非常に言いにくそうな表情を浮かべられた。


「実は、本来ならわたくしが同行する予定だったのですが、父がどうしても自分が行くと……」


チェスター様のお兄様の言葉に、一同は息を呑む。

そして、チェスター様へと視線は注がれた。


(ずっと、心配されていたのね……)


「兄上、僕は……」

「殿下、少しチェスターと話しても?」

「勿論、構わない」


殿下に連れられて、私達全員、部屋の外へ。


(きっと氷が解けていくように、お二人の中も良くなっていくわ)


******


宰相様の迎えの馬車が遅れてやってくるとのことで、私達は先に出発することになった。

元々、宰相様の予定にあった会談も、宰相補佐であるチェスター様のお兄様がこなさせるとのこと。


(チェスター様もご家族と仲直りできたようで、良かったわ)


今までとは違い、晴れやかな顔つきをしていて、本当に良かったと思う。


旅も順調で、天候にも恵まれたからか、明日には辺境伯の街に入る地点までやってきた。


(長いようで短かったわ)


旅が終われば、こんなに殿下と話す機会はないかもしれない。


(お互い知り合って間もないのですもの)


それでも、なんと言うか思考が似てるというか、好みが似ているというか。

気が合うってことは、よく分かった。


(王族の人って思うと、敷居が高いと思っていたけど、気さくな方で良かった)


気の合わない人と結婚すれば、苦痛でしかないと思う。

お互いかどちかが、我慢しすぎるのは良くない。


価値観は恐らく違う。

でもそれを埋めれない程、お互いが違う方向を向いているわけではない。


(殿下がこのような方だって、知れて良かった)


それはこれから長い年月、共にある人が殿下で良かったと思える程だった。


******


翌日も晴れていて、春風が心地よい。

王都よりも少しひんやりとするが、それでも過ごしやすかった。


「セラ、馬には乗れる?」

馬車の中、殿下は私を覗き込むように言う。


「この前も申し上げた通り、あまり運動全般は……」

「そう」

 

ミーと共に身体を動かし始めた時、色んなことが出来なさすぎて、申し訳なくなった。


『セラフィーナ様に足りないのは、まず体力』

とはいえ、旅の間は馬車に閉じこもることになるので、休憩の度にストレッチなどをして、身体を伸ばしたり、使える稼働率を増やしたりと、どちらかというと筋力アップを目指したトレーニングとなってはいる。


(だけど、出来なかったことが急に出来るようになったりしたわけではないわ)


でも硬かった身体が、すこし柔らかくなった気がする。


(本当に、気、だけだけどね)


それでも、少しずつでも進んでいっているのは嬉しかった。


(それにしても、何故急に馬のことを聞かれたのかしら)


私の疑問は、すぐに判明することとなる……。


******


殿下に手を絡めとられると、急ぎ足で休憩している一頭の馬の前にきた。


素早く殿下は、馬に跨ると、

「ほら、行くよ」

「えっ」

あっという間に、私は馬に引き上げられ、殿下の前に座らされた。


殿下は手綱を持つと、腹を蹴り、馬を走らせてしまった。


「殿下ああ!」

隊列の人が気付き、慌てて叫ぶ。


「後で屋敷に直接行く!」

それだけ殿下は言うと、馬はどんどんスピードを上げて走り出す。


(は、早い!)


15分くらい走っただろうか。


「うわあ」

私は目の前に広がる光景に、感嘆の声を上げた。


「綺麗なところだろう」

殿下はそう言うと、馬を手綱を木にくくりつけた。


湖が広がる草原と、お城。


城は蔦が絡んでいて、建物がかなり古いものだということが分かる。


「ここは?」

「昔の辺境伯の城だよ。今の屋敷に移るまでは、ここに住んでいたんだよ」

殿下はそう言うと、慣れた手つきで奥へと進んでいく。


「やっぱり先にここに来たか」

「アーサー!」

殿下の知り合いだろうか。


アーサーと呼ばれた青年は、こちらへとゆっくり歩いてくる。


殿下とよく似た顔立ち。


(ひょっとして……)


「セラフィーナ嬢――レミアムから殿下に乗り換えて、玉の輿に乗った気分はどうだ?」

冷たい眼差しに、言葉。


その言葉に、私の思考はストップした。


(事を知らない人に、そう言われても仕方ない事だわ)


側から見れば、そう思われても仕方ないのだ。

現に、レミアムとの婚約解消後、すぐに殿下と婚約したのだから。


「――アーサー」

地を這うような殿下の声。

私の肩を抱き、アーサー様から一歩遠ざけるように、私の前に立った。

まるで、庇うように。


「何だよ、事実だろ」

「――俺が選んだ女性を冒涜するのはやめろ」


そう言われて、胸が熱くなる。


「誰もがそう言ってる。それにフルールは――」

「フルールは、関係ない」


そう言うと、殿下はアーサー様に背中を向けた。

私の手を握ると、そのまま連れ立ってこの場を去ろうとする。


「俺は、ユーリスを心配して――」

「彼女を敵意に晒す気はない。そんな奴を俺の側に置く気も、だ」


視線さえもアーサー様に向けずに、殿下はそう言うと歩きだした。


「殿下……」

「悪い。まさかアーサーがあんな事いうなんて」


殿下は謝るけど、悪いことをしているわけではない。

むしろ――。


(悪いのは私だわ)


レミアムから、ユーリス殿下に乗り換えたと思われても仕方ない。

王命で婚約したとはいえ、ここまでの期間が短すぎたのだ。


(せめて3ヶ月は期間が開けばよかったけど……)


殿下を取り巻く環境は、それを許さなかった。

あれよあれよと、流されたのは私だ。


(あの時、殿下の誘いに乗らなければ――)


否、レミアムとはいずれにしても婚約解消に向けて動いていたと思う。

時間はかかっても。

もう昔のような関係には戻れないのだから。


(この道を選んだことに後悔はないわ――だけど)


それによって、ユーリス殿下が悪く言われるのは嫌だ。

殿下の足枷になることも。


「殿下、私はやはり――」


「ユーリスーっ!!」

女性の声が聞こえたかと思うと、そのままの勢いで殿下の胸に飛び込んできた。

まるで、私が目に入っていなかったかのように。


(だ、誰?!)


殿下と繋がれた手も、勢いに巻き込まれ、私が倒れると思ったからか、殿下から離された。


「会いたかったわ!ユーリス!」

殿下の胸の中で、真っ赤に顔を染めて嬉しそうに微笑む美女。


「フルール……」


殿下の呟きに、私は頭の中が真っ白になった――。


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