第2話 チェスター親子


殿下達の部屋の一つ下の階。

扉の前。

宰相でもある父上と対面は、数年ぶりだっただろうか。


馬に跨る父を見た時。


(歳を取ったんだな)


と率直に思った。


刻まれた皺、白いものが目立つようになった髪、やつれたような顔、なによりも目の下の隈が激務に追われているのが容易に分かる。


父は昔から、あまり家にいなかった。

その父が突然、今からサティスの離宮へ一緒に行く、と言われた時、何があるのかと思った。


行った先に、ユーリス殿下とジュリアスはいた。

先王に大恩があると、僕と兄の2人をサティスの離宮へ連れて行ったのだ。


兄は幼い頃から優秀で、頭もよく、剣をさせても教える教師達が賞賛するほどの腕前。


僕は剣術の腕はそこそこだけど、兄には敵わなかった。


きっと、選べれるのは兄――。

そう思っていたけど、先王爺様は、僕を選んだ。


『お前のその素直さ、朗らかさで、ユーリスを助けてやっておくれ』

先王爺様の最初の言葉は忘れられない。


それなのに。

学園を卒業してすぐ、父は僕にユーリス殿下の側近は辞めて、騎士団へ行けと言った。


「先王様がいなくなったから、そんな事言い出したのか?!」

僕が詰め寄ると、父は無表情のまま、

「言う事を聞け、チェスター。それがお前の為だ」


今思えば、僕のことを案じてくれていたと思う。

王妃様からの攻撃は激化していて、ユーリス殿下も前髪を伸ばし、高い背も丸めて、粗野に振る舞い、残念王子と噂されるまでになっていた。


いくら先王様が育てても、この王子に未来はない――父はユーリス殿下を手助けしながら、そう感じていたのかもしれない。


だけど、僕はユーリス殿下に一生仕えると決めていたし、何より幼い頃からの大事な親友でもあった。


「父さんを見損なったよ!」

ユーリス殿下が何故そう振る舞うようになったか、父は知っていたはずだ。


それなのに切り捨てようなんて!

僕には到底我慢できなかった。


「そこまで言うなら、家を出ていく!」

僕は着の身着のままで、殿下の住む西の離宮に住み込んだ。


まだ殿下は学生。

護衛も必要だから、俺とジュリアスと交代で勤めるようにしている。

レミアムは同級生だし、クラスも同じだから、護衛も兼ねて側にいる。


そして学園の卒業間近に、東の隣国へ留学することを決めた。


勿論僕はついていくし、実家にも立ち寄らなかった。


(ざっと考えても、2年は会ってなかったのか)


姿を見たことはある。

だけど一度も言葉は交わしてない。


(まだ、あの時のこと、怒ってるかな)


僕は溜息をついて、扉をノックする。

返ってくるはずの返事はない。


まだ夕食前だ。

疲れて寝入っているのだろうか。


扉のノブを回すと、ガチャと音がして開いた。


(いくら宿屋貸切とはいえ、宰相なのに不用心だろう)


そう思いながら、中に入る。


そこで見たのは――机に突っ伏して、意識のない父親の姿だった。



******


「過労ですね」

念の為、騎士団の医療班も同行している為、すぐに医師に診てもらうことができた。


「過労……」

何かの病院で倒れているわけではなかったことに、僕は安堵の溜息をついた。


「チェス、大丈夫ですか?」

心配そうに、僕を覗き込むジャス。

殿下達も、宰相が倒れたとの一報に、駆けつけてくれた。


「チェス、顔色が悪い。もう休め」

「でも……」

殿下の言葉に反論するけど、自分でも青白い顔をしている自覚はあった。


「王宮へ使いを出しています。貴方のお兄さんがじきに駆けつけるでしょう」

「そう、ですか」


兄上が迎えにくるということだろう。


「2、3日、ここに逗留するから、お前もゆっくり休め」

殿下はそう言うと、セラフィーナ様の肩を抱く。


「それでは、旅の日程が!」

「大丈夫ですよ。それよりもお父様についててあげてください、チェスター様」

セラフィーナ様は優しく微笑む。


「はい、ありがとうございます……」

「看病する者が倒れたら、本末転倒です。まずは貴方に休むことです」


ジャスはそう言い僕の腕をとると、父上の部屋から追い出した。

「今日は、私達がみますから」


ジャスの言葉に、僕は頷き、自分の客室に戻った……。


******


「私如きが殿下たちの日程を邪魔することになるとは――申し訳ございません」

「何を言う。チェスターの父親は、貴殿1人だ。その大事に側に寄り添えないのは、辛いからな」

「――殿下はもしや母君のことを……」

そこまで言って、父は口をつぐむ。


翌日の昼過ぎ、意識が戻ってすぐ、父はユーリス殿下に頭を下げた。


「少し、息子と話をして良いでしょうか」

「無論だ。我々は外に出ている」


ユーリス殿下はそう言うと、ジュリアスや医師たちを連れて、部屋から出ていった。


静まりかえった部屋。

2人だけで話すなんて、殿下の側近から外れろと言われて以来だ。


「チェスター、少し大人になったな」

「父さんこそ」

「はははっ、私は歳を取ったのだよ」

顔色の戻った父は、快活に笑う。


その事が僕は嬉しくもあり、表情が和らぐ。


「――父さんが間違っていた」

「えっ」

「ユーリス殿下は立派なお方だ。お前の安全のことしか頭になかった、私は恥じるべきだ」

「父さん……」


その言葉に、僕は胸が熱くなるのを感じる。


「たまには帰ってきなさい――母さんも心配してる」

「うん……」


ずっと避けてきた、家族蟠りが消えた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る