第1話 馬車での旅
すっきり澄み渡った快晴。
この日も天気が良く、馬車の旅は快適だ。
いわゆる大行列で進む馬車達に、目を向ける人も多い。
王家の家紋の入った馬車に、人々は興味津々だ。
前を騎士団総長であるカイル様のお父様が。
後ろは宰相様であり、チェスター様のお父様が馬に跨がり随行している。
騎士団の皆さんは、この後現辺境伯である王弟が南の辺境の地行く時の護衛もすることとなり、ユーリス殿下との引き継ぎ期間は交代で休暇を取ることになるそうだ。
ユーリス殿下の提案で、この一団の中に騎士団兵の皆さんの家族もおり、短いながらも旅先での休暇を楽しめるようになっているそうだ。
だからなお一層大人数である。
今回の北、南の辺境伯の交代は、政治の中枢にいる者では規定路線だったが、そうでないものは突然の交代となる。
それ故、王都の騎士団は長い期間の護衛任務が突然告げられたわけで。
その補填という意味で、家族にも配慮された形となった。
「ユーリス殿下は、粋なことをなさるなあ」
とカイル様のお父様は、ほくほく顔である。
(奥様もご同伴されてるから、カイル様のお父様と上機嫌だわ)
リリーと共に、伯爵家に遊びに行ったこともあるから、お二人共面識がある。
この大人数での移動で、知り合いがいてほっとしたのだ。
そして家族に配慮している点が、騎士の皆さんの士気をあげる結果となっているらしく、旅は至って順調。
王都から出て3日目。
道はどんどん田舎道を進む。
宰相であるチェスター様のお父様は、今日で最後。
このまま、旅の通過点であるシスタの街で領主と会談をし、王都へ帰るのととなる。
予定通り、今日も一見しても高級宿といった宿屋に泊まることになっている。
宿屋丸ごと貸し切ってになるので、安全面にもかなり考慮されていた。
(この人数で泊まるのだから、宿屋丸ごと貸し切りになるわよね)
この対応が、防犯面でも優秀で。
王位継承権2位のユーリス殿下の旅の行程は、かなりの厳重警備体制だ。
なので身元のしっかりとした人達が、泊まっているということで、かなり警備面でもプラスに働いている。
(ユーリス殿下は、やはりやり手だわ)
残念王子という二つ名は、もはや面影もない。
それに随行している騎士団からの評判はうなぎのぼりである。
警備上の理由から馬車では、2人きりで話す機会はあまりないけど。
ユーリス殿下との会話は楽しく、お互い言葉を交わし始めてから日の浅い、私達には良かったといえる。
いえることは、やはり気が合うのだ。
価値観は違うし、過ごしてきた環境も違う。
それでも居心地悪いとは思わない。
(人の合う合わないだけでは、片付けられないことも多いけど、これから長い時間過ごす人となるのだから、合う方が良いに決まってる)
「しかし、やはりといいますか、セラフィーナ嬢は旅慣れなさってるのですね」
「セラは小さい頃から両親が、色んなところへ連れて言ってるからな」
ジュリアス様の言葉に、シリウス兄上は私の頭を軽く撫でるとちらっと殿下を見た。
(それはどんな宿屋でも、馬車に長時間乗っていても、文句を言わないってことかしら)
ジュリアス様に言われた言葉を考えていると、ガチャと茶器が音を立てた。
(あれ、何か不機嫌そう)
向かいに座る殿下は、無表情のまま紅茶を飲んでる。
音を立てるなんて、余程不機嫌らしい。
「――シリウス、部屋が冷えてくるので、やめて下さい」
ジュリアス様は真顔でそう言うと、溜息をつかれた。
「お兄ちゃんは、婚前交渉は認めせんよ!」
お兄様の突然の言葉に、殿下は飲んでいた紅茶を吹き出した。
「何を突然……」
「お兄様!突然何を!――えっ!殿下大丈夫ですか?」
私は慌てて、殿下のそばに駆け寄ると持っていたハンカチで顔や服を拭き取る。
殿下は、今日は白のシャツ着ていたから、吹き出した紅茶の色が目立っている。
(この服はシミになっちゃうかも)
「あ――、大丈夫。ありがとう、セラ」
殿下は私が拭いていた手を握ると、ニヤリと笑いそのまま私を持ち上げ、自らの膝の上に私を座らせた。
「こら!お兄ちゃんの前で!」
「ああ、もう。シリウスが煽るからでしょうが」
ジュリアス様は、そう言いながらお兄様の肩に手を置く。
「あ、あの殿下?」
「何、セラ」
殿下は満面の笑みを浮かべて、私を見つめている。
(は、恥ずかしい!)
こんなに近くで、殿下のお顔を拝見するのは初めて。
睫毛長いなとか、肌綺麗だなとか、整った顔立ちされてるなとか、色んな思いが駆け巡る。
(密着するのはダンスの時もしたけど、お顔をこんなにも真近で見たのは初めてだわ)
そして改めて、前髪を切った殿下は美形で、見つめられてる瞳は熱くて。
(私がキャパオーバーになりそう)
頭の先からつま先まで、真っ赤になっているだろう自分が、とても恥ずかしい。
身を捩って逃れようとするけど、ますます腕の力をこめられた。
「そこ!お兄ちゃんの前で、イチャイチャしないの!」
シリウスの叫びは、悲痛なものを感じる。
(いつも余裕があって、堂々としているお兄様でも狼狽えることがあるのね)
「――さあ、シリウス。お邪魔虫は消えますよ。チェス?」
ジュリアス様は部屋に入った時のまま、微動だにしていないチェスター様に目をやる。
(チェスター様、やはり変だわ)
正確には、この旅が始まって以来。
いつも明るく朗らかな彼は、どこか上の空で、
口数も極端に少ない。
この部屋に入ってきてなお、ずっとだ。
「……ああ」
自分が声をかけられた事に驚いた様子で、チェスター様は立ち上がる。
「チェス」
殿下に呼ばれ、身体をびくっとさせたチェスター様は、殿下に頭を下げた。
「――殿下、すいません」
「いや、いい。少し話してきたらどうだ。宰相は今日が最後の夜なのだから」
「でも――」
「辺境の地に行けば、早々王都には戻れない。むしろ今しかないぞ」
チェスター様は、殿下の言葉に唇をぎゅっと結ぶと、もう一度頭を下げた。
「――行ってきます」
それだけ言うと、足取り重く部屋を出て行った。
「チェスター様って……」
「ああ、宰相殿次男坊だ。俺につくために、半ば家出同然で出てきた」
「そうなのですね……」
ずっと様子がおかしかった理由。
それは父親のことであったかと、合点がいく。
「少しでもお話出来ると良いですが……」
「まあ、大丈夫だろう」
殿下はそう言うと、私の髪にキスをした。
その仕草が色っぽくて、私の心臓がかなり早くなる。
「セラ、この体勢で他の男の名前を口にして欲しくないな」
少し拗ねたような口調で、殿下は言うと私の頬を優しく撫でる。
(いえ、もう貴方の所作一つで、私の心臓が破裂しそうです……)
恥ずかしくて決して口には出せないけど。
「あー」
「ほら、ダメージ受けないで、行きますよ」
ジュリアス様に引っ張られるように、口を半開きにした状態のお兄様を連れて、部屋から出ていく。
「まったく、大概なシスコンだな」
殿下は溜息をついて、私を自分の横に座らせなおす。
「殿下?」
私と目が合うと、途端に顔を赤くして、自分の顔を両手で覆った。
「はあ、セラが無自覚に可愛すぎる。早く結婚したい」
と、言いながら、耳まで赤くなった殿下につられるように、私も顔を真っ赤になった。
(物凄くドキドキするけど、こういったことが幸せな気がするって思ってるのは、私だけかしら)
殿下が部屋を去った後、ドレスにシミが!という侍女ズ達に、私がもみくちゃにされるのは、この後のお話。
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