第2部 北の辺境編

プロローグ


湖の畔。

なだらかな丘になっているこの地は、草原と間引きされた木々と一軒の屋敷しかない。

俺たちのとって隠れ家でもあり、最高の遊び場だった。


「レミアム!早く来いよ!」

1番足の遅い、レミアムは肩から息をして、1番前を走るチェスターを追いかけている。


「は、早いよ、チェス」

「お前、勉強ばっかりで運動はからきしだな」

チェスターはそう言うと、小さな手をレミアムに差し出す。


「ありがとう。チェスはいつも優しいね」

「へへっ」

嬉しそうに微笑むチェスターは、レミアムの手を引き、俺たちが登る木の根元までやってきた。


天気は晴れ。

青空と白い雲が流れ、風が緩やかに吹き、心地良い。


大木を登り、太い幹に腰掛ける俺の横で、ジュリアスは目を細めている。


穏やかな時間。

8歳の俺でも、この地は心安らげる場所だった。


(お祖父様が、ここが好きだというのも頷ける)


「おーい!お前達!おやつだぞー!」

「あれは――アーサーが辺境伯邸から盗んできましたね」

ジュリアスは冷静に分析している。


バスケットを手に持ち、駆けてくる姿は、俺の顔立ちに似ている。

間違いなく王族の血を引く者――王弟である北の辺境伯の3男坊だ。


上2人は、とても優秀らしくお祖父様も常に褒めている。

アーサーはどちらかといえば、やんちゃなタイプで、両親も手を焼いているという。

俺たちが来ると、はしゃぎ回り、俺達とつるむから、悪戯もなりを潜めるとかなんとか。


アーサーが到着すると、俺とジュリアスは木から飛び降り、大木の根元に座り込んだ。

バスケットを開けると、香ばしい匂いが漂う。


「また厨房で盗んできましたか」

「どうせ俺たちの為に作ってくれているから――問題ない」


いや、あるだろうというツッコミは誰も入れない。

1枚ずつクッキーを皆に手渡すと、アーサーは俺の横に腰掛けた。


「なあ、俺達ずっと一緒にいれるかな?」

「さあな」

アーサーの問いに、俺は端的に答えると、クッキーを頬張る。


「俺、お祖父様や父上に認めてもらえるよう、頑張るよ」


ここにはお祖父様に連れ、2週間滞在しているに過ぎない。


ジュリアス達3人は、お祖父様が選び、俺の側近とした。

王妃に睨まれる俺につくなんて、どんな酔狂だと思うが、前王でもあるお祖父様には恩を感じている者達も多い。

頼まれれば、断れなかっただろうと思う。


「アーサー、まさかと思いますが、飲み物、持ってこなかったのですか?」

「あっ!!」


クッキーに水分をもっていかれた俺たちの口の中は、パサパサしている。


「まったく――まずは、そのちょっと抜けてるところを直すのが1番でしょう」

ジュリアスは溜息をつく。


項垂れているアーサーの様子に、俺たちは妙に可笑しくて笑ってしまった。


平和で穏やかな時間。

ずっとこのままでいれたら良かったけど。


その年の秋、俺の人生は一変する。


育ての親ともいえる、祖父が亡くなったからだ。

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