第13話 グッティス公爵家

「お前はなんてことをしでかしたんだ!」

持っていた書類を娘――ソニアにぶつける。


朝一番に王城からの呼び出しに、待っていたのは第一王子であるハリス殿下からの激しい叱責だった。

どこから入手したのか、娘であるソニアの悪行が纏められた資料を手渡された。


第一王子妃、ならびに第二王子の婚約者に対する悪行の数々を、重鎮たちが並ぶ中で叱責されたのだ。


ソニアが、ハリス殿下に恋慕していたのは気づいていた。

だか国王が従兄妹である2人の婚約を絶対に許さなかった。


(あれだけ言い聞かせ、諦めるよう説得したのに……)


「お前は私達と領地に行くんだ。王都には2度と来てはならん」

「そんな!私はサンセット公爵令息と――」

「そんなもの!こちらの有責で破棄されたわ!」

「そんな……」


ソニアはその場で崩れ落ち、涙を流している。


公爵家の娘として恥じぬよう、最高の教育を施していたつもりだった。

だが、娘は妹の気質をそのまま受け継いで育ってしまった。


父上の死に際の言葉が脳裏に浮かぶ。

『何かあれば、ルーズを切れ。この歴史ある公爵家の為だ』


妹ルーズが、側妃であったユーリス殿下の母親を虐め抜き、身も心もぼろぼろにさせた。

その執拗な嫉妬の気質が、そのまま娘に受け継がれてしまっていたとは……。


それでも、妹可愛さに何度か無茶なお願いを聞いてしまった。

増長させたのは、私自身だ。


このグッティス公爵家を守る為、私は引退し、家督を留学している長男に譲る。

この窮地の現状を打開する為には、それしかもう手がなかった。


「修道院へ行くよりマシだと思え」


それだけ言うと、娘の部屋を出て己が執務室へ向かう。


(潮時かもしれん)


王妃による絶対的権力を手にしていた我が家は、最高潮だった。

だが呆気ない幕引き。

それも実の娘が――一族の総領姫と呼ばれたソニアが悪事に手を染めてきたという悪手だ。


(私は言い逃れ出来ない)


この公爵家を、下につく100にも近い人数の一族を守る為、私はこの切り札を使う他手がなかった。

父上の言葉が頭から離れずに、長男を早々に他国へ留学させたのも、ルーズ王妃の側に寄せない為だ。


執務室に入ると、妻が青い顔して座っていた。

侍者から王城での出来事を聞いたのだろう。


「旦那様……わたくしが、わたくしがソニアの教育を誤ったばかりに……」

「いや、お前に丸投げしていた私が悪いのだ」


ソニアが生まれた頃、ルーズの元で様々な尻拭いの為に奔走していたのは事実だ。

結果、妻に全てを委ねることになってしまった。


(やはり、父上は間違っていなかった)


先を見る目は、父には敵わない。

ゴリ推しに近い形で、王妃へと推しやった娘を冷静な目で見ていたのは父だ。


「家督は、ルカンに譲る。近日中に呼び戻せ」

執事は青い顔をしたまま、頭を垂れて出ていった。


サンセット公爵家にも、膨大な慰謝料を払う他ない。

1日しか婚約期間はなかったが、娘のしたことへの謝罪の意味もある。

娘が、長年婚約していた令息とサウスナ侯爵令嬢との仲を壊してしまった。

2人ともお互いを想い合っていたと聞く。


(なんということをしでかしたんだ……)


しかもサウスナ侯爵令嬢を襲い、第二王子ユーリスの反感を買ってしまった。

1日にして地獄へと突き落とされてしまった。


(あの方はやはり、王の器かもしれん)


甥っ子であるハリス殿下を贔屓目でみたとしても、格が違う。

1枚も2枚も上手だ。

元々の才覚もあるのかもしれないが、先王に育てられた環境が作ったとも言える。


(あの頃より勝負はついていたのかもしれない)


もしルーズが側妃を虐めなければ。

ユーリス殿下が、母親が王城を去った後、先王に引き取られなければ。


(因果応報だな)


自分が為に王城から追い出したのに、自分の首を絞めることになっていることに気づいているのだろうか。


(馬鹿な妹だ――)


「旦那様、昼食の用意ができております」

妻の侍女に声をかけられ、そう言えば昼食時だったと思い出す。


「行こうか」

妻の手を取り、王都の屋敷での最後の昼食に向かったのだった――。



********


(どうして!どうして私が!)


冷たく領地への蟄居を言い放ち、出て行った父親。


ひとしきり泣いた後。

半分は悔し涙。

そして半分は演技。


淑女の鏡と言われていた私の涙に、籠絡する男性は多い。

この手を使えば、皆言いなりになる。


(だけど父は、やはり父ね)


娘の涙を前に、一片の情もみせることはなかった。


(軽薄なのは血筋かしら)


ふとそんなどうでもいいことが頭をよぎるが、今は時間がない。


(領地への蟄居なんて、ふざけたこと言わないで)


私の美貌は王都ではないと輝かない。

所詮田舎の領地。

1度でも行けば戻ってこれない。

両親が死ねば、戻ってこれるかもしれない。

だけど2人とも、まだまだ若く何十年も領地で暮らすことになる。


(兄上に泣きつけば……)


だけど兄上は、この家の誰よりも冷たい。

2、3年、姿を見せない兄は、私との距離を取りたがり、一緒に暮らしていてもお互い干渉し合う仲ではなかった。


(やはり、王妃様かしら)


彼女を頼れば、私は領地へ行くことはない。


(そうと決まれば、手早く準備をして屋敷を出なければ)


両親に見つかれば、計画は破綻する。


すくっと立ち上がると、部屋から続きの間になっているクローゼットに入る。

数々の宝飾品とドレスが犇き合っている。


(後で取りにくれば良いわ)


比較的簡素なものを2、3着手に取り、部屋に戻る。

これを入れる鞄――と思うけど、それさえも何処にあるか私にはわからない。


「誰か!誰かいないの!」


部屋の扉を開け、廊下で叫ぶ。

だけど人の気配はなく、静まりかえっている。


(どういうこと!?)


筆頭公爵家のはずなのに、人の気配がまるでない。

広々としている屋敷は、寒々しい。


「――お嬢さま」

今は年老いた侍女頭が、頭を下げて近づいてきた。


「カレンやエレナは!?」

「――お嬢様が昨夜、クビにしたではありませんか」

「えっ」


公爵家の影がセラフィーナの襲撃に失敗し戻ってきた時、私は怒りのあまり部屋にいた侍女達にクビを言い渡した。

側仕いをしていた侍女達も、全員その場にいたはずだ。


「他の使用人も皆、奥様から退職金を渡されて先程屋敷を出ました。今この屋敷にいるのは、長年仕えていた家令とわたくしのみでございます」

「そんな――」


(私達は使用人達にも見放されたということ!?)


「前当主様と奥様は昼食を。お召し上がり後すぐに領地へ向かわれるとのことでございます」

「そんな早くに……」


私は唇を噛み締める。


(一刻も早く屋敷を出なければ!)


「――わかったわ。わたくしも準備します」

私がそう言うと、侍女頭は頭を下げその場を去る。


部屋に戻ると、外套を手に持ち廊下を出る。


(いつもは馬車で行く道だけど、距離はそんなにない)

足早に玄関を出ると、外套を頭から被り、王宮へ向かう。


15分くらい歩いて、王宮の門の前まで辿り着いた。

被っていた外套を外すと、顕になった姿に門番達が息を呑むのがわかった。


「ソニア=グッテイスです。王妃様へ面会を」

とびりきの笑顔を向けると、門番達は惚けた顔をしていたが、一瞬にして引き締まった表情に戻る。


「ソニア様を王宮に入れることはできません」

「どうして!」

門番の言葉に、私はつい感情が昂った声を出す。

普段はそんな声は出さない。

そんな私を冷めた目で門番は見ると、溜息をついた。


「ご自分がなさったことを覚えていらっしゃらないのですか――責任を取り引退なさった公爵様とは違って、貴方は自分本位の方のようだ」

呆れたような、その声に私の怒りは沸点を超える。


「誰に向かって――!」

「よさないか、ソニア」

いつの間にやら、我が家の馬車が側にあり降りてきた、父上が私の手首を掴む。


「いたっ」

「――迷惑をかけた」

父は、門番に頭を下げると引きずるように私を馬車へと押し込んだ。


「どうして――」

「いい加減にしないか!」

父上に怒鳴れたのは、初めてのことだったかもしれない。

横に座る母上は、はらはらと涙を流している。


「お前は自分のしでがした事を、一生かけて償うのだ、いいな」

そう言うと、父上は私の手首を乱暴に離すと目を閉じた。


「ううっうっ……」

私は本気の涙を流す。


馬車は急ぐように王都を駆け抜けて行った――。

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