第14話 出発前日
俺がサウスナ侯爵家に赴くと、丁度セラとミーが数人の護衛と買い物に出かけるタイミングだった。
そのまま合流し、俺の好みを押し付け……。(コホン)
夕暮れ時、侯爵家に戻ってくるとジャスとチェスが玄関先に立っていた。
「殿下、少しお話しが」
セラは自室に戻ると言い、ジェスとチェスに誘われて侯爵の執務室へ入る。
中には侯爵が待っていた。
「殿下、どんな策を使われましたかな?」
笑顔で言う侯爵の目は笑っていない。
おおよそ半日で、グッテイス公爵の引退まで話は進んでいったようだ。
(兄上は相当怒っていたということだな)
俺は1つ溜息をつくと、
「俺はレミアムに、報告書を渡しただけだ」
「ほお」
侯爵はそう言うと、俺の周りにいるジェスやチェス、ミーとヌーの顔を見回した。
「殿下には、よほど優秀な部下達がついているということですな」
そう言うと険しい顔を消し、笑顔を浮かべた。
「そうだな。俺が今日まで生きてこれたのは、皆がいたからだ」
それは紛れもない本音。
こいつらがいなければ、俺はとっくに死んでいたと思う。
「密告者達はどうしたのです?」
「他国へ一家で逃げたいと――調整はジャスが」
「殿下――家族は助け合うものですよ?」
家族――その言葉に俺はピンとこない。
俺には家族なんて呼べるものはいたことない。
「ジュリアス殿、首尾はどうなっておりますかな?」
「はい――実は難航しております。一家とはいえ、ほぼ一族に近い人数を受けれてくれるところが……」
「それなら私の出番ですな」
侯爵はそう言うと、手紙をさらさらと書き上げて、ジェスに手渡す。
「これをムカツ国の大使へ。大使は私に借りがありますからな。2つ返事で受け入れてくれるでしょう」
ジェスはちらっと俺を見て、深く頭を下げた。
「侯爵様、ありがとうございます」
ほっとした表情を浮かべているのは、あまり表情筋が仕事しないジェスには珍しいことだ。
「お礼を言うのは私の方だよ。娘のために動いてくださったのでしょう」
「いや、俺がしたかったまでだ」
俺の言葉に侯爵は破顔する。
「娘をよろしくお願いします」
侯爵はそう言うと、深々と頭を下げた。
「俺よりも、セラに苦労かけることが多いと思うがな」
今後の俺の立場によって、苦労させるのは見にみえているけど。
セラとなら――。
(一緒に苦労しながらでも生きていきたい)
初めて、人に対する執着を感じる。
苦労させると分かっていても、この手が離せない。
言葉を交わしてからの日数は少ない。
それでも、誰よりも大切に大事に――。
思考の沼に嵌りかけていたとき、突然大きな声と、ドタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。
(不審者は、この家には入れないはずだけどな)
扉が大きな音を立てて開いたと思うと、1人の青年が肩で息をしながら立っていた。
「父上!一旦どうなっているのですか!?」
「――やはりお前か。シリウス」
侯爵は頭を抱え出し、俺たちは呆気に取られて2人を見ていた。
******
シリウス=サウスナ。
この家の跡取り息子であり、セラの兄。
「あなたは、相変わらずですねぇ」
「おっと!ジュリアスじゃないか」
ジャスを抱きしめるようにシリウスは動くが、寸前で躱される。
「ジャス、知り合い?」
「ええ、不本意にも同級生です」
「えええ!そこは親友って言ってよ!」
ジャスの答えに、シリウスはがっくり肩を落とす。
「廊下が騒がしいと思ったら、お兄様でしたか」
執務室の前に、セラが笑顔でやってくる。
「セラ!!」
シリウスの叫びに、俺は咄嗟にセラの前に立つ。
あの様子だと、抱きつくのは目に見えている。
兄妹でも、ちょっと許せなかった。
「おっと、久しぶりの兄妹の再会を邪魔しないでよ」
「こら!シリウス!」
侯爵は、慌ててシリウスを止めに入るが、俺を睨む目をやめない。
「ジュリアスがここにいるってことは、君はユーリス殿下だね。残念王子って呼ばれてた」
シリウスは俺に臆することなく、言い放つ。
「お兄様!いい加減にして下さい!わたしく、殿下と婚約したのですよ!」
セラは俺の横から顔を出し、シリウスを睨みつける。
「ええっ?!レミアムじゃなくて、ユーリス殿下と?」
「まあ、相変わらずシリウスは落ち着きがないわねぇ」
柔らかな声と共に、侯爵婦人が歩いてくる。
「母上!」
セラと同じように抱きつくように、シリウスは近づくが、寸前でジュリアスのように躱された。
「皆様、夕食の準備が整いましたわよ」
優雅にお辞儀をし、侯爵夫人は微笑んだ。
******
なんというか、こんな賑やかな夕食は初めてだったかもしれない。
いや、市井の酒場ならあったかもしれない。
皆が陽気に酒を飲み、ピアノやバイオリンを弾き、歌い踊る。
「殿下、すいません。うちは家族で集まることが少ないから、一緒になったらこうなるんです……」
恥ずかしいそうにセラは言うが、俺はとても好意的に見ていた。
ジュリアスのピアノでシリウスが歌い、セラがバイオリンを弾き、侯爵夫妻が踊る。
ダンスもパーティーで踊るような畏まった雰囲気でもなく、楽しさが一番だと思った。
ふと見ると、侯爵家の使用人達に混じって、ミーやヌーも踊っている。
俺は初めて感じる温かさだ。
「ほら、セラも殿下と踊ると良い」
シリウスはバイオリンを受け取ると、セラの背中を押す。
「殿下、嫌なら――」
「嫌なんて、言うわけないだろう?」
チェスが歌い始め、ゆったりとした音楽に変わる。
侯爵夫妻がそうしているように、身体を密着して踊る。
こうやって、顔を赤く染めた愛しい人と踊れることが、どれだけ幸せな気持ちにさせてくれるか――俺は初めて知った。
「バイオリン、弾けるんだな」
「ええ、習い事は一通り。でも運動だけは苦手で……」
先日のパーティーで踊った時、ぎこちない感じはしていたが、どうやらそれは運動が出来ないと思い込んでいる節がある。
俺は別にそれでも構わないが、セラが気にするなら、少しずつでも克服していった方がいいだろう。
「辺境には乗馬できるところも沢山ある。少しずつやってみたら良い」
「はい、殿下」
曲が終わり、俺たちは一礼して身体を離す。
「俺も一曲弾いていいだろうか」
「ええ、もちろん」
俺はピアノの前に座ると、母が好きだった曲を弾き始めた。
母のことを思うと、今でも胸が痛い。
(俺にも、人を愛することができたんだよ、母上)
しっとりとした曲調で、皆グラスを片手に聞き入ってくれている。
弾き終わると、拍手が起きていた。
「しんみりさせてしまったな」
「いや、殿下の腕前、半端ないっす!」
シリウスは俺の両手を握って目を潤ませていた。
「こら!馬鹿シリウス!殿下の手を離しなさい!」
ジェスに頭をこつかれ、無理矢理手を離させた。
「くっくっ」
俺はそんなやりとりに笑いが止まらない。
(ああ、この家族を、大事にしなければ)
かけがえのないものを教えてくれた人達に。
こうして、出発前夜は過ぎていった。
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