第15話 大使館
14、大使館
ユーリス殿下は、セラフィーナ嬢と卒業式にくっついていくと言うので、ミーとヌーを側に仕えさせ、私とチェスは昨日侯爵からもらった手紙を持ち、大使館へ向かうことにした。
「暇だからついて行っていい?」
いつもの気軽さで、シリウスは私達の馬車に乗り込むと、口を開いた。
「ジュリアス、ユーリス殿下っていつもあんな感じなの?」
もしろ私達のほうが聞きたい。
恋に堕ちたら突然というが、殿下の変化は私達の想定を軽く超えている。
執着し始めているのは、目に見えている。
「私も殿下に長く仕えてきてますが、初めてのことですよ」
恐らく、殿下の初恋。
20歳を超えた初恋なんて、拗らせ方が半端ない。
「セラは苦労するなぁ」
シリウスは苦笑いを浮かべている。
「ねぇ、僕思ってたんだけど」
チェスは困ったような表情で、私を見つめる。
筋肉馬鹿を絵に書いたような短絡的なチェスは、ユーリス殿下につくために、家を勘当に近い形で追い出されている。
「殿下って、わざとレミアムに教えなかったってことはないよね?」
迷ったように、チェスは口にする。
(殿下に直接聞かなかっただけ、偉いと思わねばなりませんね)
「それは――ないと思いますよ」
留学してから様子のおかしいレミアムを、ヌーに命じて調べさせた。
サンセット公爵を借金漬けにし、レミアムを意のままに操ろうとしていたソニア嬢。
客観的証拠は揃っていたが、証言や物証は出てこなかった。
だけど、ヌーが当たりをつけており、今回はすんなり証言を得られたにすぎない。
隣国にいる間には出来なかったことだ。
「レミアムが、何か言えば、すぐに動けるようにはしていたと思いますが」
それに、破落戸に絡まれていたセラフィーナ嬢を救ったのは完全なる偶然。
セラフィーナ嬢でなくても、殿下は助けていただろうと思う。
「そう、だよね」
チェスは納得したように頷くと、頭を切り替えたようだ。
「へー、殿下って部下思いなんだな」
シリウスはそう言うと、窓の外に目をやる。
「そういえばさ、2人は同級生なの?」
「ええ、不本意ながら」
「ちょっと!不本意って、どういう意味だよ」
シリウスが噛み付いてくるが、私は無視する。
「えー、結構仲良いなって、思ってるのに」
「そうだろ、そうだろう」
チェスの言葉に、シリウスは頷く。
「この男は――いつも手を抜くのですよ」
忌々しい学生生活。
何をしても、両親に認めてもらえない私を嘲笑うように、シリウスはテストの度に、私に一番を譲り続けた。
本当は馬鹿にしてそうしているのではなく、私のことを思ってしてくれていたのは知っている。
「えー、そんな事ないよお」
シリウスは、いつもように軽い調子で笑っている。
「まったく、貴方って人は……」
「まあ、少しでも自信を持ってくれたら、とは思ってたかな――押し付けだけどな」
初めて聞くシリウスの本音。
あの頃の私は、まだ若く、足掻いていたと思う。
長く両親からも家からも離れ、達観して見れるようになったのは、殿下達のおかけだ。
「今はすっきりしたような顔つきしてるから、まあ良かったよ」
学園生活の最後の1年。
シリウスは何も言わず、留学していった。
だからおよそ5年ぶりとなる彼は、侯爵同様に強かな紳士になっていた。
「さあ、大使館に着いたぞ。会うのは久しぶりだ」
そう言うと侍者の手も借りず、シリウスは降りて行く。
(コイツには、きっと一生勝てない――)
「絶対に、敵にはしたくないタイプだ……」
チェスの呟きは的を得ている。
侯爵も、あの家も、絶対に敵にしてはならない。
「ほら、行くぞ」
シリウスに後押しされるように、私達は馬車を降りた。
******
「そうは言われましてもねぇ」
副大使は、私達が行くとすぐに会ってくれた。
が、こちらの要求に難色を示した。
チェスと2人、副大使と向かい合うように座る。
シリウスは、大使館に入るとふらっと何処かへ消えており、部屋には3人しかいない。
大使は別件で大切な客人と、会議をしているということだった。
「この人数をいきなり受け入れろと言われましても――」
副大使は、脂汗をかきながら、薄くなっている髪の毛をくしゃくしゃとかく。
「大使には、私から伝えますから、今日は一旦お帰りに――」
「おい!ハゲ副大使!」
デジャヴかと思うような乱雑な扉の開け方に、シリウスの声。
「げっ!シリウス殿」
シリウスの姿を見ただけで、副大使は慌てだした。
「おい。ハゲ。大使はどこだ?」
「ですから、今大切な客人と会議を――」
「だからといって、お前では役不足だろうが」
シリウスの凄みに、副大使はなお一層脂汗が吹き出している。
(私達が舐められることは想定済みでしたか)
サウスナ侯爵の手紙をもってしても、未来のない第二王子の使者に丁重な扱いをするつもりはなかったのか。
はたまた、この副大使の一存か。
このような事態になることを想定して、シリウスはわざとついてきたのだ。
「騒がしい――おっと。これはサウスナ侯のところの。そして、お二人はパーティーぶりですな」
穏やか声が廊下でしたと思うと、大使が中に入ってくる。
「これは、どういうことかな?副大使」
「そ、それは……」
さらに縮こまった様子で、副大使は下を向く。
「私の部屋に行きましょう」
大使の先導で、執務室に入る。
「副大使が失礼を。私まで、連絡が来なかったのは彼の仕業でしょう」
大使はそう言うと、自らお茶を淹れていく。
「こちらこそ、アポなしで訪れたのですから」
当たり障りのない回答を私はすると、お茶に手を伸ばす。
「それで今日こちらに来られたのは?」
「実は、とある一族を其方の国へ移住させて欲しいのです」
「ほう、なるほど」
大使はそう答えると、顎に手を当て考えている。
流れる沈黙。
だが意外にも早く答えを出した。
「いいでしょう」
大使の答えに、私達はほっと安堵する。
『それで、その一族は、グッテイス公爵の?』
ムカツ国の古語。
そういえは、パーティーの時も殿下とセラフィーナ嬢と話す時にも使っていた。
シリウスは溜息をつくと、
『あまり深く立ち入らないほうが、身の為じゃないの?おっさん』
私は聞き取ることは出来るが話すことまでは、自由に操れない。
シリウスは難なく、ムカツの古語で返答すると大使を睨みつけている。
「それもそうですな」
大使はにこやかに笑い、何もなかったかのように振る舞う。
「相変わらずの狸親父めが」
「なにか言いましたかな?シリウス殿」
「いや、なんでも」
大使は私の前に、手を差し出した。
「前途ある若者に手を差し伸べるのは、当然のことですからな」
私はその手を握り返すと、薄っすらと笑顔を浮かべる。
(これがムカツ国の大使)
人の世の表も裏も見てきたような、眼光鋭いその漆黒の瞳は射貫くように私を見ている。
「それと――シリウス殿。次は負けないと、父上に」
「あんまりやりすぎるなよ、おっさん」
そう言うと、3人連れ立って部屋を跡にした。
シリウスは目線を前に向けたまま、親父と大使はチェス仲間で、いつも競っているという。
「ほら、猫の手でも借りてとかいうだろう。ジュリアスはもっと人に甘えたら良い。1人なら出来ないことも、何人かなら出来るかもしれないのだからさ」
(嗚呼、コイツにはきっと一生、敵わない)
どこか人生を達観して見ていて、かといって悲観しているわけでもない。
この人柄も、サウスナ侯の一族なのかもしれない。
貴族然としていなくて、使用人までも家族のように和気藹々と一緒に酒を飲み、騒ぐ。
(やはり貴方は、大物になる人だ)
私は自然とそう思えた。
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