第16話 卒業式
私は学園最後の日に、慣れた制服に袖を通す。
「セラ、困ったことがあれば、いつでも言うのよ」
と、母が玄関先で泣き、
父は、
「しっかり殿下をお支えするのだぞ」
と、私の肩を叩く。
卒業式直後、卒業パーティーには出席せずに、そのまま殿下達と辺境へ行く。
3人ほど侍女も連れていくことになり、急ピッチで準備が進められた。
とはいえ、旅慣れた我が家では、なんなく終わったようだった。
「それではお嬢様、私達は式のあとで合流します」
ずっと、私の側仕えをしてくれているクレアは頭を下げる。
今回も3人ほど一緒に行く侍女達も纏めて役だ。
「あ、お兄ちゃんも一緒に辺境へ行くからね!」
兄シリウスは陽気に手を振ると、ジュリアス様たちの馬車へ乗り込む。
どうやら、帝国での仕事を放り出して帰って来たらしい。
妹の危機に帰ってこない家族はいないでしょ!
なんて言ってたけど、仕事は良かったのか気になるところだ。
どうやら帝国の大使館で、副大使にまでなっているらしく、比較的融通が聞くらしい。本人談ではあるが。
ユーリス殿下は、私を学園に送り届けた後、一度王宮へと戻り、色々と準備するらしい。
侯爵家の馬車で向かうと私が言っても、送り届けるといって聞かなかった。
殿下にエスコートされ、殿下の馬車に乗り込む。
ゆっくりと馬車は走り出し、生まれ育った王都での侯爵邸が小さくなってきた。
「2年前は見慣れた制服だったのに、セラが着てると、色々とやばい」
馬車の中で向かい合うように座っている、ユーリス殿下の顔は赤い。
何がやばいのか、私にはわからなかったけど――着慣れた制服もこれが最後かと思うと、感慨深い。
そわそわする真っ赤な顔の殿下と向かい合うのは気恥ずかしくて、私は話題を振るために、敢えて学園でのことを聞いてみた。
「殿下は、学園内で私の事、ご存知だったのですか?」
その言葉に、殿下は茹で蛸のように顔を真っ赤に染める。
「遠目からしか見たことなかったけど、レミアムの婚約者は、可愛いなって。ずっと思ってた」
殿下とは、学園で声をかけられたことも、目が合ったこともない。
レミアムは私が側に寄ると、殿下に一言告げ、そのまま別の場所へと行っていたから、挨拶さえも交わしたことはなかった。
そんな印象を持たれていたなんて、ちょっと意外だった。
つられるように私も、顔が赤くなるのを感じる。
何気に聞いたことにより、より恥ずかしい思いをすることになるとは……。
(完全に話題振りを失敗した!)
気恥ずかしい沈黙が、馬車の中を支配する。
(殿下の前で、学園の制服は危険だわ――)
辺境に着いたら、王都の屋敷に送ろう――私はそっと決意する。
そんな事を考えていたら、馬車は学園の馬車停へと着いた。
何人もの生徒達が馬車から降りていく。
「卒業パーティーまで出席できなくて、ごめん。式が終わる頃に迎えに行くから」
「畏まりました」
そう殿下に返事をすると、エスコートされ馬車を降りる。
この校舎とも、今日でお別れだ。
私は殿下に一礼すると、教室へと向かった。
******
「セラ!」
教室に入ると、殆どの生徒がすでに集まっていた。
私の名前を呼びながら抱きついてくる、リリーをぐっと抱きしめた。
「パーティーには出ずに辺境へ行ってしまうの?」
「ええ、殿下の安全を考えれば、それが最善だから」
「――手紙書くわ。結婚式には来て。私もセラの結婚式には行くから」
「うん」
ゆっくりリリーが身体を離すと、貴族子女達に囲まれた。
「ユーリス殿下って、あの残念王子って呼ばれてた王子よね?あんな男前なんて聞いてない!」
「パーティーでの2人のダンス、凄く良かった!」
パーティーに出席していた、貴族子女達は口々に感想を口にしてくれる。
「殿下との婚約は驚いたけど、セラが幸せそうで良かったわ!
みんなが口々にそう良い、私は胸が熱くなる。
「どれだけ離れていても、俺たち皆んなセラの仲間だよ」
カイル様の言葉に、私の目から一筋の涙が溢れ落ちた。
「ありがとう、みんな」
全員で式典の行われるホールへ向かい、卒業書証を授与される。
滞りなく卒業式典が終わると、そのまま私は馬車停まで向かうと、クラス全員がついてきてくれた。
すでに殿下の馬車は待っており、私達の姿を見たユーリス殿下は驚いたように、外へ出る。
途端に女子生徒達が、ざわつき始める。
(みんな絵に書いたような王子様姿に、ときめいてるわ――)
髪を切り、姿勢を正し、王子様正装姿で現れたユーリス殿下に、女子達は見惚れているのが分かる。
「これは――みんな卒業パーティーはいいのかい?」
「うちのクラスは全員制服で出るって、決めたんです。だから余計な時間はかからないですから」
カイル様は、殿下に対して怯むことなく言うと、お辞儀をする。
「みんなで、セラフィーナ嬢を見送るって決めたのです」
「はは、それはちょっと卒業生としては――複雑な気分だね」
ユーリス殿下は私の手の握ると、ぐっと引き、私を抱き止めるような姿勢をとった。
女子達はきゃーという悲鳴にも取れる声を出す。
「君たちは立派だな。この国の王子として嬉しいよ」
殿下は柔らかな微笑みを浮かべると、皆が見惚れている。
「セラ、元気で」
「うん、ありがとう」
リリーだけは通常運転で、カイル様の横に立つとにっこり微笑んでいる。
「じゃあ、セラ、行こうか」
「はい、殿下」
私はそのまま手を引かれ、この国の紋章のついた馬車に乗り込む。
「面倒だけど、兄上に子供が出来るまでは、王位継承権を放棄できないから」
殿下はそう言うと、苦笑いを浮かべている。
どうやら騎士団が護衛でつくらしく、馬車から後ろを覗けば正規な隊服姿の騎士団の面々が馬に乗っていた。
(すごい数の護衛だわ)
そんなことを考えていたら、馬車がゆっくりと走り出した。
慌てて、馬車の窓からリリー達を見る。
クラスメイト全員が手を振り、私達を見送っている。
姿が見えなくなるまで、私も馬車の中から手を振っていた。
「ごめん、俺は相当心が狭いらしい。クラスメイト全員に嫉妬してしまったよ」
殿下は困ったように微笑むと、私の隣に座り直した。
「これからはずっと、一緒だよ、セラ」
少し耳を赤くして、殿下はそう言う。
(私の方こそ、心臓が持つかしら)
殿下の一挙動にドキドキしっぱなしなのは私の方――。
辺境の地まで、まだ先は長い――。
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