第12話 レミアムの後悔
「勤勉な貴方なら、朝一番に王宮にやってくると思ってましたよ」
「ジュリアス……」
まだ、朝日が登ったくらいの時間。
人気のまだない廊下にジュリアスは立っていた。
この先は第一王子の執務室に続いている。
(寝て、ないのか)
僕も人の事は言えない顔つきをしているとは思う。
だけど、ジュリアスの目の下の隈はもっとはっきりしていた。
僕と違うのはその表情。
疲れていたとしても、晴れやかな顔をしていた。
「これは――殿下からです」
そう言い、ジュリアスは僕に報告書を差し出す。
渡された物を、パラパラと捲る。
「――これは」
僕の婚約者となった、ソニア嬢の身辺調査。
僕の家のこと、第一王子妃に対する陰湿な虐め、そしてセラに対する襲撃……。
「セ、セラは無事なのか?!」
「殿下が、庇われましたので無傷です」
「殿下が……」
昨夜のベランダで親密そうに喋る2人の姿を、思い出す。
胸が張り裂けそうな痛みを伴うそれは、僕の頭を鈍らせる。
「これを!どうして!もっと早くに!」
言っても仕方ないこと。
もう過去は変えれないのだから。
だけど、ここまでの情報を持っていたのに、何故僕を救ってくれなかったのかと、責めてしまう。
「――貴方は、殿下に助けを求めましたか?」
「えっ?」
「殿下だけではなく、ずっと側にいた私達に、助けを求めましたか?」
「……」
ユーリス殿下を裏切り、王妃側に隣国での様子を全てスパイしていたのは、僕自身だ。
そして、その事を誰に相談できなかった。
いや、したくなかったのかもしれない。
「殿下は、留学してから様子のおかしい貴方を調べていたのですよ」
「僕を……」
殿下の勘は鋭い。
僕の行いは全て知っていて、自由にさせてくれたということ。
「殿下は私達に対して優しい。でも助けを求めない人に手を差し伸べるほど、お人好しではない」
ジュリアスの言葉に、僕ははっとした。
「貴方のプライドが邪魔をした、ということでしょうかね」
「……」
「貴方は私達と違って公爵家の嫡男で、親との関係も良好。しかも婚約者までいる。どこかで、私やチェスとは違うと思っていたのではありませんか?」
「そんな事は――」
なかったと言い切れるだろうか。
2人とも俺より長く、ユーリス殿下といる。
嫉妬していた。
俺よりも仲が良い2人に。
と、同時に疎外感も感じていた。
「セラフィーナ嬢のことも、奢っていたのではないですか?好意を持たれているから、決して裏切ったりしないと、タカを括っていたのでは?」
「そんな事はない!」
セラの事は大事だった。
ソニア嬢に一瞬、心を動かされそうになったこともあった。
だけど、セラの事は一番だった。
昔から一緒にいて、何でも分かり合えていて――。
「そうでしょうか。まあ、今が結果になるわけですから、そういう事なんでしょうけど」
「それは――」
セラの僕に対しての拒絶。
一昨日から、あの冷めた目が頭から離れない。
「これを使って、上手くやりなさい。次は忠臣となるよう。これは友としての言葉です」
ジュリアスはそれだけ言うと、僕に背中を向けた。
去っていくジュリアスの背中を見つめながら、今までのことが思い出させる。
ユーリス殿下に、一生ついていきたかった。
あの人は、誰が何と言おうと王の器だ。
だけど昨夜、第一王子の元へ行けと言われた。
裏切った僕への罰だと思った。
だけど――。
(あの時、殿下は何と言った?)
『元々連れていく気はなかった』
セラと結婚をし王都を離れることを危惧して下さったのでは?
結婚してもなお遠距離になることを、殿下は気にして下さったのではないか。
『レミアムの場所で役目を果たせばいい』
その言葉を思い出すと、はっとする。
(今、僕に出来ること……)
それは苦しむ第一王子妃を救うこと。
セラを守ること。
ソニア嬢の悪行に苦しむ人達を救うこと。
手に持つ報告書を手に持ち直すと、僕は第一王子の執務室へと向かった。
******
「私はずっと、貴方が羨ましかったのですよ、レミアム」
大事なものを全て抱えて、転んでも立ち上がる貴方が。
不器用なのに、真摯に真っ直ぐで生真面目な貴方が。
擦れたことのない真っ白な貴方が。
(そんな強さは、私にはない)
そして、無条件で殿下に大事にされる貴方が。
ジュリアスの呟きは、レミアムには届かない――。
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