第11話 それでも朝はくる
「ユーリス殿下」
ゆっくり扉が開き、ジュリアスが部屋に入ってきた。
俺は久しぶりに離宮のベットで、横になっていた。
解毒薬が効いていて、うとうとはしていたが、決してしてこの離宮では熟睡できない。
薄らと夜が明けようとしていた。
(いつ何時、王妃の刺客にやられるか分からないからな)
今まで無事に生きて来れたのは、前王でもある祖父の庇護下で徹底的にしごかれた賜物だ。
「何か分かったか」
「ええ、大筋は見えました」
ジュリアスはそう言うと、ベットの脇にある椅子に腰掛けた。
水差しから、コップに水を注ぐと俺に手渡す。
起き上がり一気に飲み干すと、頭が冴えてきた。
「殿下が追跡装置付きの短剣を突き立ててくれたお陰で、色々と出てきましたよ」
あの時、咄嗟に靴から仕込んでいた短剣を刺した。
あの短剣は、ヌーによって追跡魔法がかけられており、その痕跡を調べれば、刺客達の身元はすぐ割れたようだ。
「失敗したと悟り、すぐにグッテイス公爵家の裏からソニア嬢に報告へ走ったようです」
「それで?」
「勿論、ヌーとチェスが1人残らず捕縛しましたが……」
暗殺家業を請け負う彼らにとって、失敗は死につながる。
「口は割らなかったか」
「はい、すぐに自死しました」
「それでも、根気強くお屋敷の侍女や従者達から聞き込みしてきたようです」
「成程……」
「よくも悪くも、あの王妃の血筋ということでしょうか」
ジュリアスはそう言うと、俺からコップを受け取り書類を渡す。
手渡された書類をぱらっとめくると、予想通りのようだ。
「――よくもまあこれで淑女の鏡など、よく言えたものだな」
「そこは、うまく公爵家が隠していますからね」
お付きの侍女へや従者への暴行、理不尽な一族の下位の者へのイジメ、調べれば調べるほど、埃が出てきそうだ。
「お金を積んで黙らせているようですが――それもいつまで持つか――」
チェスターやヌーにバラしてしまったということは、相当限界まできているのだろう。
破綻するのは見えている――。
「情報をくれた者たちは」
「こちらで保護しました――一家ごとになるので相当な人数です」
「そうか。何処か働き口を聞いてくれるところはありそうか?」
「本人達は、王都ではなく別の場所で平民でもよいので逃げたいと」
「――分かった。希望に沿えるように口を聞いてやってくれ」
「畏まりました」
もう一度書類をぱらっとめくって、ジュリに返す。
「――これをレミアムに渡してやれ」
「良いのですか?」
「ああ」
この報告書には、どうやら第一王子妃に対して行なっていた嫌がらせも含まれている。
第一王子の側近に推すレミアムが、どう兄上に手土産にするか、アイツの腕次第だ。
曲がりなりにも、政略結婚ではあるが兄上は妃を愛してるようだから、恐らくソニア嬢に未来はない。
「今回のことでソニア嬢は、公爵にも、王妃からも糾弾されるだろうよ」
追い出したい俺に万が一怪我でもさせたら――辺境へ行く時間がかかってしまう。
(次回俺を襲うとすれば、王都を出た後だろう)
それなのに、俺を怪我させてしまった。
セラを襲おうとしていたのは目に見えているが、俺が庇わないわけはない。
(無計画も甚だしいな)
それにこれを上手く使えば、レミアムの結婚しなくて済むだろう。
2回も破談になれば、醜聞は避けれないだろうが――男のあいつを気にかけてやる必要もない。
「お前も1度家に帰れ。辺境に行けば、早々戻って来れないぞ」
ジュリの顔を覗けば、あまり良い顔はしていない。
ジュリも実家とは疎遠になっている。
親との関係性は俺にもわからないが、兄弟達とは仲が悪いわけではない。
「――そうですね。ここは殿下に従いましょう」
そう言うとジュリは立ち上がる。
「チェスにも同様の理由で、今日は休めと伝えろ。俺は侯爵家に行く」
隠れ家にいても良いが――あそこにはセラがいない。
それにミーをつけたとはいえ、昨日の今日だ。
日常的に狙われている俺とは違い、それなりにショックを受けているはずだ。
(ただ会いたいだけなんだけどな)
「――殿下にも遅い初恋ですかねぇ」
「うるさいぞ、ジェス」
俺か睨みつけると、ジェスはくすくすと笑いだす。
「明日、侯爵家へ行きます。殿下はあちらでお休みください」
北の辺境へは、馬車で3週間ほどかかる。
セラがいるから野宿は避けるが、俺は常に命を狙われているから、どこで何が起きてもおかしくない。
今が唯一休めるタイミングだろう。
「あ、言い忘れるところでした。国王がこちらで朝食を取ると」
ジャスは本当に忘れていたのだろう、扉に手をかけながら言う。
父上とも、今生の別れではないが、次に会うとすれば2年後の結婚式となるだろう。
父親であるが、複雑な思いがある。
「わかった」
2人で食事するのは気が進まないが、ここで断るわけにはいかないだろう。
俺は立ち上がり、身支度を始めた。
*****
西の離宮のリビング。
他の離宮よりも、使用人の数は少なく、調度品も古いものが多いが磨き上げられており、質素であるが品はある。
そんな離宮に父上が訪れることは珍しく、使用人達が緊張しているのがわかった。
敢えていつもの朝食を用意させ、席に着く。
ほどなくして、父上はやってきた。
この後、会議でもあるのか正装に近い服を着ていた。
「待たせたかな?」
「いえ、おはようございます、父上」
椅子に座り、カチャカチャと食器の音がする。
一通りのものを準備すると、使用人達はその場を辞した。
父上は自らの侍者達も下がらせ、2人だけの時間となる。
(2人きりでご飯を食べたのは、初めてかもしれないな)
「怪我は、だいじないか」
「――ええ、侍医のお陰で」
(昨夜の事、知っていて訪ねてきたのか)
今まで無関心を徹底してきたのに直接来たのは、それもあったかと思う。
父上も難しい立場だと言うことは理解している。
俺に目をかければ、王妃の嫉妬の矛先は俺に向く。
だから、あくまで無関心を装うことしかできなかったことも。
(だからといって、傷付かなかったわけではない)
表立って支援することは難しく、陰ながら支援してくれていたのは父王だ。
隠れ家を与えてくれたことには感謝している。
留学させてくれたことも。
そして、俺に合う側近達に出会わせてくれたことも。
だけど、子供心に甘えたり我儘を言ったりはできなかった。
いつかは許す時がくるかもしれない。
だけど、それは今ではない。
俺も愛する者が側にいる喜びを知った。
昔ほど、頑なになる必要はない。
(だけどもう少し、あなたを憎ませて欲しい)
これは子供心に甘えれなかった復讐だとしても。
明日どちらかが死んでしまえば、後悔することになっても。
父親に甘えて駄々をこねているだけだとしても。
「ユーリスよ、これまで私の不甲斐ない行いに何度も打ちのめされただろう。申し訳ない」
突然、父上は銀のカトラリーをおいて頭を下げた。
「……お顔をお上げください」
本当は母が身も心も壊してしまった時、王妃の行いを諫めて欲しかった。
だが過去の事を言っても時間が悪戯に過ぎるだけだ。
今俺に頭を下げたのは、己が自己満足の思いだけ。
「お祖父様がよく、苦しでも悲しくても、朝は平等に訪れると言ってました。過去を変えることは出来なくても、これからは変えることは出来る。そうでしょう、父上」
俺のその言葉に、父上は大きく目を見開いた。
「そうだな……」
呟くように言った言葉に感情は読み取れない。
「――辺境行きの準備はどうだ?」
「先に何人かの離宮の使用人を向かわせています。我々もセラの卒業式を待って、出発します」
「そうか――セラフィーネ嬢とは、うまくやれそうか?」
「そうでなければ、彼女を選びません」
俺の言葉に父上は再度大きく目を見開くと、見たことのない柔らかな笑みを浮かべた。
「そうか――」
そう言うと、父上は席を立つ。
「親より先に死ぬなよ」
それだけ言うと、部屋を後にした。
「父上も……」
(孫を抱くまで死なないで下さい)
残された俺は、冷たくなった紅茶を飲み干した。
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