第10話 夜の帷の下で

パーティー客たちが、まばらになってきた頃。


「俺たちも戻ろう」

ユーリス殿下と共に、殿下が暮らす西の離宮へと足を向ける。

本邸である王宮には、王と王妃。

東の離宮には、第一王子夫妻が住んでいるようだった。


前国王には側妃が3人もいたことから、あと北の離宮があるらしい。


今の国王には側妃は1人だけ。

ユーリス殿下の母上だ。

確か父の情報では、心身を壊され、東の辺境近くの別荘地で過ごされていると聞いている。


(だから東の隣国、スルーム国へ留学されたのかしら)


そんなことを考えていたからだろうか。

ぼんやりしていたのかしれない。


城から少し薄暗い道に入った時、突然剣が空を切る音がした。


「何者だ!」

先頭を歩くチェスター様は、素早く剣を抜き構える。


黒装束を着た10数人に囲まれていた。

殿下と共に歩いていたのは、ジュリアス様、チェスター様、後ろにミーと執事姿のヌー。


狭い道に挟まれるようにして、私達は立っている。

人数的にもこちらが不利だ。


薄暗い中で、剣と剣とがぶつかり合う男だけが響く。


「ちっ!」

殿下は舌打ちをする。

王子姿の今日は正装している。

「セラ、離れないで」

私だけに聞こえる声でそう言うと、私を掴んだ手ごと引っ張った。


そうすれば、途端に殿下との距離が近づく。

私に見せないように、腕の中で囲ってくれているようだ。


「お覚悟を!」

私の隣で声がしたと思うと、光る刃物の先が見えた。

ぐいっとさらに、殿下に引っ張るように抱きしめられた。


「くっ!」

「殿下!」


殿下は靴から小刀のような剣を抜くと、そのまま1人に投げつけた。

ぐさっと言う音が聞こえ、黒装束の者達の足音が遠ざかる。


「追え!」

「はっ!」

チェスター様の声が聞こえると同時に走り去る靴音が聞こえた。


抱きしめられた手が緩められ、殿下との距離があく。

殿下の二の腕から血が流れていた。


「殿下!」

私は驚き、咄嗟に手に持つハンカチで傷口から上を縛った。

患部に目をやると、薄ら紫色の液体が付着してるように見えた。


「おや、これは――」

側に寄ってきたジュリアス様の顔が強張る。


「ジュリ」

「承知しました――急いで侍医に連絡を!」

ジュリアス様は、そういうと周りにいた兵士たちに指示を飛ばしていく。


「いつまでも、ここにいたら不審がられる。セラ、肩を借りれるか」

「はい」

私は、殿下の脇に手を入れると抱えるように支えて歩き出す。


(私が、狙われた?)


はっきり見えたわけではないが、私に向かって刃物を突き出されたように思える。

今更、全身が震えた。


「大丈夫か?」

私の震えが伝わったのか、殿下に声をかけられる。

「私よりも、殿下が……」

「案ずるな、慣れている」


恐らくあそこで強く手を引っ張られなかったら、私は刺されていたのだろう。

だからといって、私よりも殿下の御身のほうが……。


「私が、狙われたのでしょうか」

「――恐らく」

殿下は一瞬言うのを躊躇ったようだが、はっきりと伝えてくれた。


「この王都から出ていこうとしてる俺を、止める意味はないからな。王妃はもしろ早く出て行って欲しいとすら、思っているだろう」

そう言うと、西の離宮の敷居へと進んでいく。


「どうして私が――」

「それはすぐに明らかになるだろう」

殿下はそう言うと、離宮の建物の中に入っていく。


初めて来たけど、古い調度品に囲まれて、王宮とは違い質素な感じを受けた。

あの街の中の屋敷よりも広いから、余計に余白が気になる。


(だけど華美なものが一切ないわ)


玄関先から今までに華美な物は一切なかった。

必要なものしか置いてない――そんな感じだった。


仕えている使用人も少ないのか、出てきた数人が殿下の様子に一瞬息を飲むと、何も言わずにバタバタと屋敷を駆け回っている。


「王妃の息のかかった者は、ここには置いとけないからな」

殿下はそう言うと上に上がる階段を上がっていく。


そのまま殿下を支えながら3階の殿下の私室らしい部屋に入った。

絨毯などは高級そうだが、新しいものではなく、掃除だけはよく行き届いているようだった。


一緒に支えてくれていたジュリアス様と、殿下をベットにお連れすると、そのまま横になった。


明るい所でよく見ると、深い傷ではなさそうだが、刃物で切られたというのがよくわかる。


すぐに王宮勤めの侍医が中に入ってくると、止血をし、薬を塗って包帯を巻いた。


「殿下、傷も、毒も、大丈夫」

今だに少し震えている私を見かねて、ミーさんは声をかけてくれた。


やはりあの紫色のものは、毒――。

日常的に、あのようなことがなければ慌ててしまいそうだが、この人達はとても慣れているようだった。


(私は――)


今まで自分がどれだけ安全なところに身を置いていたのか、よく分かる。

この人達はずっと、戦ってきたのだ。


「――セラは侯爵家に帰った方が良い」

「でも――」

「疲れただろうし、あんな事、初めてだっただろう」


こくりと頷くと、ベットから殿下は私に手を伸ばされた。

ベットに近づき、伸ばされた手を握る。


「解毒の薬も塗られたし、大丈夫だ」

「はい……」


(私がここにいても足手纏いになるだけ)


「今日はミーをつける。今夜は俺はここにいる。いつも影武者にいてもらっているが――先程の者達を追っているからな」

「すぐに誰か判明しますよ」

ジュリアス様は、そう言って穏やか笑みを浮かべている。


だけど、その瞳は決して笑ってなどいない。


「父上に話し、出発までの2.3日は侯爵家にお邪魔しよう。ここよりあちらのほうが安全だし、俺の部屋も用意されてるからな」

殿下はそう言うと手を離し、私の頭を撫でた。


「そうですね、こちらの使用人も最低限は私達についてきてもらいますが、先に出発させましょう。北の方の情報も欲しいので」

ジュリアス様は殿下の意見に同意すると、人選を始めたようだ。


「ミー、頼む」

「任せて」


ミーさんはそう言うと、私の肩に手を置いた。

目が合うとにっこり微笑まれる。


「――では、帰ります」

「ああ、明日昼までには行く」


殿下は名残惜しそうに、私の頭から手を離すと、ベットに横になった。


ジュリアス様の合図で、3人とも部屋を出る。

「セラ様はお気にされないように。我々が侯爵家に着く頃には決着しているでしょうから」

今度は、安心させるような優しい目をしていた。


私はミーさんと共に用意された、いつもの紋章なしの馬車に乗り込む。


(色々と覚悟を決めないといけないのは、私だわ)


ユーリス殿下の婚約者になるということは、こういった事が今後も起こるということ。


「ミーさん」

「どうしたの?セラ様」

「私に護身術を教えてくれないかしら。あまり得意ではなかったから、真面目に受けたことがないの」

「お安い、御用」

ミーさんはそう言い親指を立てると、にっこり微笑む。


(私も変わらなければいけないわ)


最低限、自分の身を護る程度は。

そう決意すれば、押しつぶされそうだった恐怖心にも対抗できそうな気がした。






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