第9話 ソニア嬢の策略

人気のないテラスで、いちゃつくカップル。

よく見ると、ユーリス殿下とセラフィーナ嬢だった。


「なによ、あれ」 


つい先日まで、別の男性と婚約していたのは思えない雰囲気に奥歯を噛み締める。


私、ソニア=グッティスは、公爵家の長女として生まれた。

叔母は、現在の王妃。

その縁から小さい頃から、王宮へよく遊びに行っていた。


「ソニア=グッテイスでございます」

小さいながらもカーテーシをする姿に、ハリス第一王子は目を細めた。

「ハリスだよ、よろしくね」


キラキラ輝く金色の髪は、まさに王子様然。

優しくて温和で。

5歳離れていたけど、子供扱いせずにいつも真摯に接してくれていた。


王宮にはもう1人王子がいたけど、前国王の元に身を寄せていて会う機会は少なかった。


だからか、ハリス殿下は私を妹のように可愛がり、私も懐いた。

好きになるまで、時間はかからなかった。


「ハリス様と結婚したい!」

王宮から帰ると、いつも父にそう訴える。

だけど――。

「ダメだ。従兄妹同士の結婚は出来ない」

「今までも従兄妹でも結婚している人はいるじゃない!」

「それがダメだというんだ。同族の血が濃いのは不幸にしかならない」


それでも諦められなかった私は、勉強もマナーも人一倍頑張った。

頑張れば認めてもらえる。

勝手にそう思い込んでいた。


淑女の鑑と評されるような年頃になった時、ハリス様は婚約した。

うちの公爵家の血筋のものと。


「どうして!同族の結婚はダメだって!」

「あそこの伯爵令嬢とは、比較的血が離れている。もう諦めなさい」

無情な父の言葉に絶望した。

一晩中泣き明かしたことを、いまでも覚えてる。


そんな私も学園に入学するころには、落ち着いてきて、婚約者選びも冷静に接することが出来るようになった。


(ハリス様と一緒になれないなら、誰とでも同じこと――)


それならば、できるだけ美形な人がいい。

ハリス様に敵わなくても、出来るだけ優しくて美しい人が。


学園に入ると、色んな貴族令息から声をかけられた。

笑顔で躱わす日々。

でも褒めたり、おべっか使われるのも悪い気がしなかった。


そんな時、一学年上に話題の人がいた。


優秀で才女と呼ばれていて、外国語も堪能。 

美しく気品高い。


セラフィーナ=サウスナ侯爵令嬢。


高位貴族なのに、幼い頃から両親に連れられて国外にいることが多かった為、お茶会でも挨拶程度の関係だった。


学園の剣術大会で仲睦まじい2人を見かけた時、心が真っ黒に染まるの感じた。


レミアム=サンセット公爵令息。

汗でキラキラとした金色の髪は、まるで王子様のよう。


(彼しか、いない)


私の常に乾いている心を満たしてくれるのは。


それにあの、鼻持ちならないセラフィーナ嬢にも、一泡吹かせるのことができる。


私は策略を練り、サンセット公爵を借金から雁字搦めにすることに成功する。


(これで、近づきやすくなった)


第二王子の留学中の動向を知るため、彼の家を嵌め、レミアムを情報係にするため。

わざと人目につきやすいところで、まるで密会するように仕向ける。


女性たちに噂を流させた。

まるで私達が想いやっているように。


レミアムは抵抗したが、セラフィーナ嬢の名前を出した途端に、従順になった。


元々、私を視線で追いかけていることに気づいていた。


(それなら、私も好意があるように対応すればいい)


真面目で実直な人柄は、利用するにはもってこいだった。

わざと命令させ、会う機会を増やしていく。


セラフィーナ嬢との婚約が解消されると聞いた瞬間、父上に直談判し最速で婚約できるように手を打った。


でも、まさか。

セラフィーナ嬢が、残念王子と呼ばれているユーリス殿下と婚約するとは思ってなかった。


ユーリス殿下は、いつも鬱陶しいくらい前髪を伸ばし、表情は見えなかったが、所作は乱雑、学園の成績も、剣術も中の中。

唯一の取り柄といえば、恵まれた体格、身長と言ったところか。


(第一、王妃様である叔母様に睨まれていて、この国でやっていけるわけない)


ユーリス殿下は産まれる前から、王妃様の反感を買っている存在だ。

あの嫉妬深い人が、側妃なんて赦すはずがない。


外向きの顔は慈悲深く、マナーも所作も完璧な淑女。

それはあくまで、ハリボテにしか過ぎない。

実際、王妃の側に仕える人は、そのギャップに気づいている。

だからか、この公爵家の侍女達で周りを囲んでいた。


父が王妃様と私は気質が似ていると言っていた。

未来の私が、あの王妃――。


失笑にも似た笑いが込み上げる。


(それならそれで良い。私も外向きの仮面を被ってやってゆくだけ……)


「ソニア嬢」

レミアムの呼びかけに、私は考えに浸るのをやめた。


レミアムは、私の視線の先に何があるか気づいたようだ。

そして、無表情だった顔色が一気に悪くなる。


(そんなに好きだったなら、手放さなければ良かったのに)


この男は職務一辺倒で、会っていた時も、手さえも握ってきたことはない。

わざと、体を寄せても、跳ね除けるだけ。

以前感じていた熱い視線は、急速に冷めた目線に変わった。


「私は、悪いが先に失礼するよ」

「そんな……」


儚く、憂いを満ちた目でレミアムを見れば、瞳が揺れているのが分かる。


(あとは男性の庇護欲をそそるこの体を傾けば……)

この男は私に落ちてくる。

そう思っていたけど。


だけど、レミアムは私の身体をぐいっと押し出した。

「すまない……」

それだけ言うと、踵を返し去って行った。


(気に食わない……)


あの女もレミアムも。

残念王子も、そう呼ばれていたことが嘘だったような立ち居振る舞い。

髪を切り、綺麗な顔を出してきた。


私は1人、薄暗い王宮の庭に出る。

何処にいるか見えないが、きっと私の周りにいるはずの、公爵家の影に命じる。


「あの女を襲いなさい」


残念王子は、王妃の命令で今は怪我をさせられない。

一刻も早く、辺境へ行ってほしい王妃の思いが透けてみえる。


だからセラフィーナ嬢を標的にするよう命じた。


「御意」

どこからともなく声がして。

私の願いは叶うはずだ、そう信じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る