第8話 ファーストダンス
国王の言葉の後は、高位貴族たちからの挨拶が始まった。
挨拶は公爵、辺境伯、侯爵の順に行い、伯爵以下はこの場では壇上に挨拶には来れない。
国王や第一王子夫妻にはしっかり言葉にを交わす貴族もおおいが、辺境伯になるの決まったユーリス殿下には、軽く言葉を交わす人たちが多かった。
それでも、家族に連れられた令嬢たちは、ユーリス殿下を前に顔を赤くして去っていくものも多かった。
(残念王子と呼ばれていたころは、見向きもしなかったのに)
私は笑顔で応対していたが、胸のざわつきを感じる。
(あんなにはっきり発表されたのですもの。それでも愛人になりたいって思う人もいるのね……)
そんな女性達とは仲良くなれないなと感じた。
今回のパーティーには、どうやら各国の大使も招かれていたようで、何度か顔合わせしている大使たちは皆突然の婚約に驚きつつも歓迎しているようだ。
『優秀な君が王子妃なんて、この国未来は明るいね』
南の隣国、ムカツ国の大使はいきなりムカツの古語で声をかけてきた。
勿論私は分かる。
だけど、それを優雅に対応するユーリス殿下に驚かされた。
『ええ、大事にします』
流暢に返す言葉に大使は嬉しそうに微笑えむと、その場を去っていく。
「ムカツ国の古語まで理解されてるなんて……」
「――そんな大したことじゃない」
2人だけで会話できる瞬間、思い切って聞いてみるとそう返された。
(どれだけ鋭い爪を隠しもっているのかしら)
底知れぬユーリス殿下に、私はただ驚きの連続だ。
そんな中、ソニア嬢を伴ったレミアム達の番がきた。
「殿下、婚約おめでとうございます」
「レミアムも、おめでとう」
表面的には、好意的な会話。
だけど、裏に潜むのは底知れぬ感情。
「レミアム、君は兄上に仕えると良い。俺からよく言っとく」
「殿下!」
レミアムがその言葉に焦りの感情が見えた。
ずっと無表情だった先程とは打って変わったことに、私は驚く。
「君を連れてはいけないと、ずっと考えていたんだ」
そう言うと、殿下は私に視線を移す。
こんなことがなければ、レミアムと私は結婚していただろう。
だが北の大国であるフーリー帝国とは、状態は良くない。
新婚の私達を最初から、連れて行く気はなかったのだろう。
殿下にとっては、王都より安全でも、他の人にはそうではないのだ。
私は繋がれるいる手に、ぎゅっと力を込めて目を伏せた。
(そこまで考えてくれていたのね……)
殿下の手の温もりが全身に広がっていくようで、この人の優しさに触れて、私は嬉しくなった。
「レミアムは、レミアムの場所でしっかり役目を果たせばいい」
殿下は真意のわからない言葉を、口にした。
恐らくワザとだ。
(レミアムは気づいているのだろうか)
レミアムに視線を移せば、明らかに嫌悪感のある視線が私に突き刺さる。
誰からの視線かなんて、明らかだ。
ソニア嬢――。
今後のレミアムが一瞬心配になるけど、裏切った人を心配してもどうしようよない……。
「レミアム、そろそろ――」
レミアムの隣に立つ、ソニア嬢は後に待っている人達に目を向けると、レミアムを促す。
ソニア嬢は賢い。
以前から評判だった。
男性の庇護欲をかきたてる美貌もさることながら、マナーも一級品。
立ち居振る舞いも見事で、私より1つ年下だったが噂は耳にしていたが、この場でも完璧だった。
でも――。
なんだろう。
(王妃にも感じた違和感があるわ)
完璧すぎて、感情が見えない。
感情が見えないと、人は不安になるものなのだなと思う。
さっきの強い視線も一瞬の出来事で、今は温度を感じない、穏やかに微笑んでいるだけ。
「それでは、ユーリス殿下、セラフィーナ様、お元気で」
そう言ったソニア嬢の口角が、上がった気がした。
侮蔑したような笑み。
(ああ、王妃と同類なのね)
完璧な仮面を被った獰猛な動物。
言葉を交わしたことは初めてだったけど、この印象は覆らないだろう。
一頻り人が途絶えた時、ユーリス殿下は耳元で囁く。
「疲れただうが、もう少し頑張ってくれ」
この後はダンスがある。
主役であるユーリス殿下は、国王夫妻と共にファーストダンスを踊ることになるだろう。
それにしても耳にかかる殿下の息が熱い。
こちらが意識してしまうほど、顔が赤くなるのを感じる。
「本当にユーリスは、セラフィーナ嬢のこと、大事に思ってるのだね」
王子妃を伴い、ハリス殿下は柔らかに微笑む。
「まだ、心を完全に許してもらえてないけどね」
4人だけの会話。
だけど、ハリス殿下は異母弟であるユーリス殿下をひとしきり心配しているのは分かった。
ゆったりと音楽が流れる。
これが合図で、ファーストダンスが始まる。
「さあお嬢様。一曲手合わせ願いますか?」
「――はい、喜んで」
繋いでいた手を離すと、ユーリス殿下にエスコートされ壇上から降りる。
「ダンスは?」
「久しぶりです」
レミアムが留学している間、私はパーティーには出向いていないし、レミアム以外と踊ったことはない。
それに運動神経皆無の私は、どちらかといえば苦手だ。
それでも、ユーリス殿下とのダンスは楽しかった。
(レミアムより踊りやすい)
エスコートが的確で、まるでずっと踊っていたい感覚に囚われる。
レミアムとのダンスは教本や教えどおり。
真面目で実直さに溢れていたけど、ユーリス殿下には自由や楽しさが伝わってきた。
踊り終わりると、会場から割れんばかりの拍手が送られた。
「すごい!素敵だった」
「あれが残念王子?とんでもない!」
口々に賞賛が聞こえる。
「殿下……」
「テラスへ行こう」
また手を繋ぎ直され、私達はテラスにでた。
殿下はいつのまにか飲み物を受け取っており、果汁水を手渡された。
一気に飲むと、体が水分を求めていたようで潤っていく。
「なんというか、踊りやすかった」
「私もです……」
自分だけではなく、ユーリス殿下も同じように思ってくれていることが嬉しかった。
近くを通る給仕係から新たな果汁水を受け取ると差し出された。
「私はもう、大丈夫です」
「そう?」
そう言うと、殿下はもらった果汁水を一気に飲み干す。
「すいません、気が効かず……」
「いや、俺がそうしたかったから良いんだ」
そう言うと、ふわりと抱きしめられた。
「で、殿下……」
「晴れて婚約者になったんだ。咎める者はいない」
この時間テラスに出ているものは少ない。
それでも人前で抱きしめられるのは、恥ずかしい。
「セラは、甘い匂いがする」
首元でそう囁かれると、また全身が沸騰したように熱くなるのを感じる。
「は、恥ずかしいです」
「――くすっ、かわいい」
少し体を離されると、殿下の翡翠色の瞳が熱を帯びているのを感じた。
「でん――」
言葉は全て言えなかった。
額にあたたかいものが触れたから。
触れるだけの優しいキス。
そのことを理解するのに、少し時間がかかった。
一瞬だったか、数分だったか。
名残惜しそうに離れていく。
「ちょっと強引かな?君に意識してもらわなきゃ、俺に可能性がないからね」
そう言われれば、私は俯くしかなかった。
(充分ドキドキしてるなんて、恥ずかしく言えない)
「もしかして、初めてじゃない?」
殿下の問いに、慌てて首を左右に振る。
レミアムとは手繋ぎくらいしかしたことない。
「よかった――」
もう一度、ユーリス殿下に抱きしめられた。
今度は力強く。
殿下の体温、香水と汗の匂い、男性を感じる胸板、ドキドキするけど安心もする。
「初めてじゃないって言われたら、レミアムの殴りたくところだった」
耳を真っ赤に染めた殿下は、心底安心したような声を出した。
(私、ユーリス殿下のこと……好きになり始めている)
自分の心の変化に驚きつつも、今はこの腕の中にいたい――そう思ってしまったのだった。
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