第7話 帰還パーティ

なんというか、今朝から慌しかった。

朝一番、王宮から大量の侍女と贈り物が届いてからに始まる。


侍女の先頭にはミーが立ち、侯爵の侍女も合わせて総出で、セラフィーナを磨きあげる。


なにせ殿下と出会った翌日は、丸1日寝ており、翌日は東家でのレミアムとの邂逅。

心休まることなく、帰還パーティーの準備が始まったのだ。


「セラに来てもらうことも考えたんだけどね。この侯爵家のほうが色々と安全でね」

父上と話し合いをした翌日には、ちゃっかり私の隣の部屋の住人となり、今も父上や母上と色々話し合いをしているようだ。


私は起き抜けに湯殿に放り込まれ、あれよあれよと侍女ズたちに撫で回され、練り込まれ、あっという間に夕方となった。


「既製品で申し訳ないが――綺麗だ、セラ」

流石に昨日の今日で、オーダーメイドのドレスは用意出来ない。

だけど殿下色を全身に纏い、薄くだが化粧も完璧に施され。

完璧なる淑女がそこに存在していた。


「ミーさんの技術は凄い!」

と我が家の侍女たちも感嘆の声を上げている。


殿下は私に近づくと、翡翠の嵌ったネックレスを首に嵌めた。

「これは……元々母のものなんだ」

そう言うと、翡翠色の目を細める。


「そんな、恐れ多い……」

「いつか好きな人が出来たら、贈れと言われて」


ぼっという擬音が聞こえるくらい全身が真っ赤になる。

取り囲む侍女ズからも、熱い溜息が漏れた。


(こんなことを、さらりと言えるなんて……遊んでるのかしら)


殿下はずっと、分かりやすい言葉で私にアプローチしてくれている。

直接的で、レミアムから口説き文句なんて言われたことのない私には耐性がないのだ。


「くそ、そんな顔2人だけの時にしてくれ」

殿下はすっと私から距離を取ると、背中を向けた。


余計な髪の毛が無くなったせいで、耳が見えている。


(耳まで真っ赤だわ――)


自分と同じように照れている殿下に、好感がもてた。


(遊び慣れているなんて、私の気のせいね)


「殿下、そろそろ、時間」

「ああ、そうだな。行こうか、セラ」

「はい」


ミーの言葉に、殿下は私の手を握ると2人で馬車に乗り込んだ。


******


「貴女が、ユーリスの選んだお嬢さんね」

王族専用の入り口で、王妃から声をかけられた私はカーテーシをする。


その表情は満面の笑顔。


(でもこれは嘘の笑顔だわ――)


歓迎しているかに見せて、私や殿下を侮辱しているように見えた。


(お近くで拝見したの初めてだけど、王妃はこういった方だったのね)


いつも形式的な挨拶しか交わしたことはない。

それも父や母に連れられてお会いしたことがあるだけで、直接対話したことがない人だ。


(このような態度をされるとは――殿下の命を狙っているという話は本当なのかもしれない)


殿下の言葉を信じてなかったわけではないが、あからさまな態度に私の表情は固くなる。


「そう緊張しなくてはいいわ。貴女は第二王子の妃になるのだもの」


目に見えないパワーバランスが、ここにある。


(でしゃばらずに大人しくしていろ、ってところかしら)


ちらっとユーリス殿下に目を向けると、同じように固い笑顔を浮かべていた。


「王妃、参るぞ」

国王の言葉に、王妃様はお先に、と軽く言いながら扉から入場してゆく。


「母がすまない」

第一に王子である、ハリス様は頭を下げる。


「いいえ、よいのです」

頭を下げるなんて、多謝すぎる。


「お義様はいつもああいった感じよ。気にしなくて良いわ」

ハリス様の隣で気遣うような表情を浮かべているのが、第一王子の妃、ミラ様だ。


ご結婚されて1年。

仲睦まじい姿は、国民に人気がある。


「行こう、ミラ」

「はい、殿下」

そう言うと、第一王子夫妻も入場してゆく。


「お兄様とは、険悪ではないのですね」

ユーリス殿下にだけ聞こえるような声で話しかける。


「いつもあの2人には、優しくして頂いている。とはいえ、王宮を牛耳っているのは、王妃だがな」


王妃派は現在4割ほど。

ユーリス殿下を推すのは3割。

無派閥を貫いているのは3割ほどだ。


王宮とは魑魅魍魎が住まうところ――母が言っていたと思い出す。

そう考えると、王宮に入ることなく辺境の地に赴くは良いことのように思う。


「さあ、俺たちもいこう」

突き出された腕を取ると、私たちも会場に入場した。




「今宵は我が愚息の帰還パーティーによく来てくれた。この場で発表したいことがある。サウスナ侯爵令嬢、セラフィーナ嬢とユーリスの婚約を発表する!」

国王の言葉に会場は騒つく。

それは、そうだろう。

私がレミアムと婚約していたことを知る者は多い。


「セラフィーナ嬢は、サンセット公爵の令息と婚約していたが円満に解消。サンセット公爵令息は、王妃の実家でもあるグッテス公爵令嬢との婚約が決まった!」


この言葉に皆の反応は色々だった。

「サンセット公爵は第二王子派でなかったか?」

「まさか、ここにきて……」

「いや、それにしても……」


「そしてこの場で、ユーリスには北の辺境伯となることを命じる!」

ざわつきは最高潮に達する。

実質の王弟となることが発表されたのだ。


つまり王位争いから離脱することを意味する。


これが殿下の望んだ形。

私がユーリス殿下をちらっと見ると、繋いでいる手を強く握り返された。

この人はようやく、王宮から解放されたのだ。


争いはもう起こらない。

そう楽観的に思っていた私は、このあと後悔することになる。

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