第6話 狸親父と残念王子の仮面

バタン。

扉が閉まった後、1つ溜息をついたサウスナ公は溜息をついた。


「殿下の真意をお伺いしても?」


サウスナ公に場当たり的な言葉も、嘘も通用しない。


(俺が珍しく緊張してるな)


死戦をくぐってきた時とは一味も二味も違う。

知らずに握る手がぐっと力を込める。

多分父上に対する時よりも、遥かに緊張している。


隣国で合った時、この人は違うと思った。

最初は値踏みして見られている感は確かにあった。

だけど、どこか愛しむような、同情的な、そんな感情も見てとれていた。

批判的な目や侮辱したような目とは違う、何か。


(俺に勘は間違ってなかった)


この人は、人の本音を見破る。

狸親父といわれる所以を見た気がする。


「――本音を言えば、まだこの感情は分からない。でも心に残り、惹かれていると思う」


俺がそう言うと、サウスナ公は目を見開いた。

この人は常に無表情だ。

そんな感情を露わにするとは、珍しいと思う。

感情的になれば、交渉の場で負ける。

駆け引きの鉄則だ。


「――成程。だから仮面を外して来られたか」


(俺が偽っていると、やはり見抜いていたか)


王妃の手前、目立たぬよう、生きてきた。

何より兄上より上に立つことはあってはいけない。

それは5歳の俺が、学んだ教訓だ。


「殿下と王妃の争いに、いつの間にやら我が家も巻き込まれていたわけですからね」

「それは――すまない」


レミアムは俺の側近だから、目をつけられた。

それは事実だ。


「殿下が謝ることはない。勝手に始めたのは王妃のほうだ――殿下はただ巻き込まれただけ」


その言葉に、俺の心が少し軽くなった。


「ずっと――貴方を見ていて苦しかった。息子や娘と同年代なのに、何故人一倍苦労せねばならぬか、と」


生きることが苦行に近かった、この国で。

父上の勧めで留学した時、やっと呼吸できた気がした。

張り詰めていた緊張が切れた時だった。


その頃、サウスナ公とは頻繁に顔を合わせる機会があった。

国とは違い、活き活きとした俺を見ていただろう。

そして、心を痛めていたと、言ってくれた。


「そんな貴方様の心に、いっときの安らぎでも与えてあげれるのなら――娘には大役すぎるとは思いますがね」

「サウスナ公!」

「殿下がそれでも良いというなら、婚約を了承しましょう。ただし、娘に万が一のことがあったり、泣いて暮らすようであれば、私は全力で娘を奪いに行きます。いいですね」

「――彼女が死ぬことがあれば、きっと俺も死んでる」

「ははははっ」

俺に言葉に、サウスナ公は大笑いを始める。


ひとしきり笑い終わると、サウスナ公は真剣な眼差しをむけた。

「殿下、そこは嘘でも死んでも守ると言わねば」

「貴公に嘘は通用しないだろう。これから家族となるような相手と、腹の探り合いは不要だ」

「確かに」

そう言うと、サウスナ公は右手を差し出した。

俺は同じように右手を差し出し、握手する。


「貴方を息子と思い、慈しみましょう。そして貴方が大願を望むのであれば、それに助力しましょう」

最後は臣下の礼をすると、サウスナ公は顔を上げた。


「俺は大願など――」

「人生は長い。チャンスがきたときに掴まないと、守りたい物も守れなくなりますぞ」

「――肝に銘じとく」


俺の倍以上生きている、この人と。

俺は経験値が圧倒的に足りない。


「それでは書類を――」

「サウスナ公、必要なものはこちらで用意してある」

「流石でございますな」

「用意したのは俺ではない。ジュリアスだ」

「優秀な将にしか、優秀な部下はつかないものですぞ、ユーリス殿」

「――感謝する、義父殿」


俺の言葉に、サウスナ公は破顔する。

「いいですね、その呼び方。我妻も是非、義母とお呼び下さい――敬称なしでお呼びしても?」

「好きに呼んでもらって構わない」


サウスナ公は必要な書類にざっと目を通すと、婚約解消届と婚約承諾書にサインした。

「私は早速動くことにしましょう。我が家をご自分の家と思い、お過ごしを。部屋を用意させましょう」

「いや、今日は王宮へ行く。父上と話せばならないし、セラも疲れているだろう」

「さようですか。ではいつでも、こちらへお帰り下さい」


そういうと、サウスナ公は部屋を出て行った。

入れ替わりに、チェスが入ってくる。


「どうだった?」

「どうやら俺は、手放せないものを得てしまったようだ」

「どうゆう意味?」

「いや、何でもない。王宮へ行く」


俺は立ち上がり、王宮へと向かった。


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