第5話 父との対面

「セラ様、出来た」

「すごい!ミーさん!」


鏡に映る私は、大泣きしたのが嘘のように綺麗に化粧され、白銀の髪も軽くアップされている。


「ミー、化粧、得意。美容、大好き」

ミーさんはそう言うと、胸を張った。


(確かにミーさんの白磁の肌は、毛穴1つ見えないわ)


漆黒の長い髪も纏められているが、とても艶やかだ。


(殿下の侍女はとても優秀ね)


この屋敷に他の侍女が見当たらないが、埃1つなく、どのアンティークの家具も艶やかに光っている。

私は湯殿に放り込まれた間に、着ていたワンピースも綺麗になっていた。


(あんなところに座り込んでいたから、薄汚れていたのよね)


それも厭わず、抱きかかえてくれた殿下には申し訳なく思っている。


「セラ」

部屋を出ると、殿下が廊下で待っていた。

髪色も元の色、綺麗な金髪で長い前髪は後ろに流されている。


(こう見ると、とても美形なお顔立ちなのね……)


額が見えるようになり、パーティなどでこの姿を晒せば、途端に女性たちに囲まれるだろう。

 

彫刻のような白磁の肌、黄金色の目も大きく、中性的な雰囲気がする。


(きっと、お母様がお美しいのね)


こう見ると、金色の瞳も王家の王子によく見られる色だが、顔立ちはあまり王とは似てないように思える。


「殿下、どうして」

「ん?婚約者殿を送り届けようと思って」

「あ、私従者を……」

「ヌーを行かせた。もう屋敷に戻っているだろう」

ヌーとは誰だろうと思ったけど、後ろにいたミーが『私の双子の兄』と言ったことで理解できた。


「ん」

腕を取るように殿下に指示され、恐々だけど手を添えた。

残念王子と言われるような、ぶよぶよとしていなくて、筋肉質なのが分かる。

それだけで、自身の心拍数が上がった気がした。


そのまま玄関を出ると、1台の馬車が止まっていた。


「お、やっぱお綺麗だな」

チェス様は満面の笑顔でそう言うと馬車を開け、殿下のエスコートで馬車に乗り込んだ。

チェス様とミーさんは従者席に座ったようだ。


馬車はゆっくりと発車する。

家門なしの馬車だったけど、中のスプリングも調度品も一級品だ。


(さすが王子の馬車ね)


そんなことを考えていたら、いきなり両手を握られた。


(よく考えたら、殿下と2人きりじゃないの)


そう思うと、また心拍数が上がっていく感じがする。


(は、恥ずかしい――)


レミアムとも手は握ったことはある。

だけど、それよりも大きくてごつごつとしたマメだらけの手は、今までの彼の苦労が目に見えた。


「よく聞いて欲しい。俺は常に王妃に命を狙われている」

「えっ」

王宮での力関係は、あまりよく知らない。

第一王子を推す王妃派と、ユーリス殿下を推す第二王子派に分かれているとは聞いている。


うちやリリーやカイル様の家は派閥に入っていないが、レミアムのところのサンセット公爵は第二王子派だったはずだ。


「だから父上が、あの屋敷を与えて、許可がない者は屋敷に入れないような結界が敷かれている」

だから先程玄関で、ミーさんに開けてくれと言ったのかと思う。


ということは、ミーさんは魔術師!?

多才すぎる。


「そして恐らく、君との婚約が成立すれば、北の辺境へ行くことになる。セラも一緒にだ」

「私も?」

「王都は危ない。俺を推してくれている派閥は地方が多く、王妃の派閥は主に王都に住う貴族だ。だから君を残しては行けない」


「――分かりました」

殿下との婚約を望んだ以上、これは仕方ないことだ。

それにレミアムと結婚すれば、領地に行き経営を学ぶことなっていた。

その為、王都を離れるための準備もしていた。


行き先が変わっただけとも言える。


「君の家族が他国にいることも多い。だが念のため、同じような結界を張るようミーとヌーに指示を出しているから安心してくれていい」

私はこくりと頷く。


もうそこまで考えていてくれるとは。

やはりこの人は残念王子なんかではないと思う。


「それと、婚約が成立すれば即北の辺境行きを王命で拝命することなる。申し訳ないが卒業式を終えたら、即出発だ」


親しい人の別れをゆっくり味わえないことになるが、それも致し方ないことのように思える。

リリーには辺境から手紙を送ろう。


「分かりました」

「あとは、君の父上が頷いてくれるか、だな」

「それは――サンセット公爵令息との婚約解消は、頷いてくれると思います。だけど、殿下となると――」

「そこは、俺に任せれば良い」


この人は負ける戦はしないタイプだ。

勝算をこちらに向けるように仕向けるタイプ。


1番厄介で、交渉相手としては難しい相手だ。


なんとなく父に付き添い、他国での交渉場にいたことはあるけど、肌で感じるこの勘のようなものは外れたことがない。

恐らく父も、だ。


「それに関しては、殿下にお任せします」

父も狸と評されることがある。

殿下は若いが、それ以上の何かのような気がする。


私が下手に口だししない方が良いだろう。


うちの屋敷と殿下の隠れ家は、そんなに距離が離れていなかったらしく、もううちの門が見えてきた。


「セラ。君の心はまだレミアムにあるかもしれない。だけど本気で惚れさすし、本気で口説くから。覚悟して」

殿下はそう言うと、まっすぐ私を見つめ握る手に力を込めた。


「殿下……」

これは演技かもしれない。

私を絆して、有利にさせようとする演技。


実際、私にはレミアムにも騙されていたのだ。

この熱ぽい視線も、全て演技の可能性がある。


だけど――。


(嘘を言ってるように見えないのは、私の感覚がおかしいのかしら)


信じた方が楽だ。

心がそう言ってる気がする。

だけど、まだ――。


馬車はゆっくり止まると、扉が開いた。

殿下は手を離すと、先に降りエスコートしてくれた。


「セラ!」

父の声で、はっと現実に戻った気がした。


「お父様……」

心配そうに駆け寄る父の姿に、涙が出そうになる。


父は隣に立つ殿下を一瞥すると、頭を下げた。

「ユーリス殿下」

「サウスナ公。実は折いって頼みたいことがある」


殿下の言葉に父は一瞬驚愕の表情を浮かべたが、いつもの社交的な顔に戻ると屋敷の中へ案内した。

そのままサロンに入ると、殿下を上座のソファに座らせた。

殿下は私の手を繋ぐと、そのまま隣に座らせる。


「殿下、どう言ったお話でしょうか」

「単刀直入に言う。貴公の娘、セラフィーナ嬢と婚約したい」

「殿下、セラは婚約者が――」

「お父様、レミアムとの婚約を解消したいの」

「セラ……」


お父様は私がそう言うと、一瞬驚いた顔をしたが、すぐ表情を消した。

「知ってしまったのだね」

「はい、お父様……」


お父様は深い溜息をつく。

「それに関しては私も思うことがあって、セラと話合いたいと思っていたが――もう決めたのだね」

「はい」

「分かった。レムアムの件は解消で動こう。だけど殿下との婚約とは、話が別だ。少し殿下と2人で話し合いたい」

「はい、お父様」

私はチェスやミーと共に、サロンを出た。


「お疲れちゃん。あとは殿下に任せれば良い」

「私、ヌーと合流する」

「皆さん、ありがとう」

私はそれだけ言うと自室へ向かった。


怒涛の展開で、色々と疲れたからだ。


(殿下と婚約、か)


父がそう簡単に頷くとも思えないが、あの殿下ならやり遂げてしまうだろう、そう感じた。

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