第4話 残念王子の心の内

セラがいなくなった部屋。

泣き腫らした顔のまま帰すのも忍びなくて、ミーに任せた。


「良いのですか、セラフィーナ様を巻き込むことになって」

俺の隣に座った、ジュリアス=エスセルは深い溜息をついた。


「良いも何も、初めから訳も分からずに巻き込まれてるのは、彼女だ」


セラフィーナのことは知っていた。

俺の側近、レミアムの婚約者。

だだそれだけ。


(なのに何故、あの泣き顔が、意思の強そうな蒼い目が、頭にちらつく)


街で破落戸に襲われていたのを助けただけ。

泣き腫らした彼女を1人出来ないと思ったのは確か。


俺と王妃の因縁に、深からず巻き込まれていたのはレミアムも同じだった。


「あれ、てっきり一目惚れかと思ったんだけどな」

さっきは口を挟んでこなかった、チェスター=ワイセットは興味深そうに俺を覗き込んでいる。


ジュリとチェスは、俺とは幼少時代からの付き合い。

レミアムは少し遅れて、俺の側近になった。


特にこの2人は付き合いも長いからか、俺よりも俺の心の動きを見えているのかもしれない。


「そんなんじゃない――だけど賢い女性は好みだな」

「へえ」

「確かに、賢い女性ではないと務まらないかもしれませんね、貴方の嘘と本音を見抜けないと」


ジュリはそういうと、冷めた紅茶を口にする。

「一応、レミアムの婚約者ですから調べておきましたが――情報入ります?」


ジュリはどんな局面も冷静に、冷徹に分析する。

「ああ、頼む」


ジュリは、手元にいつも持ち歩く手帳を出すとパラパラとページを捲り読み上げる。

「では――セラフィーナ=サウスナ侯爵令嬢。あの外務大臣の娘です。兄が1人。ご夫妻は年の半分以上は他国へ。領地は侯爵の弟が治めています。中立派で実力主義。あの王妃派が食い込めなかった部署ですね」

「サウスナ侯爵、夫婦揃ってやり手だもんな」

チェスは顔を思い出したように言う。


「だが私の手がついてしまった。ミーとヌーに命じて侯爵の身辺警備を強化しよう」

「それがいいかと」


此方の国で会うことはあまりないが、隣国に留学しているときはよく夜会で会っていた。

王宮での力関係も分かっている。

俺との婚約でも潰れない家門の1つだろう。


「どう侯爵を攻略するのだ?ユーリ」

「攻略も何も、俺が良いと言った時点で大きく動く。それにセラがレミアムとの婚約を解消したいと言い出したら、あの夫婦は止めないだろう」

「そうですね、家族関係は極めて良好ですからね」

「いいな、羨ましい」

「そうですね」


俺たち3人は家族とは、あまり仲がよくない。

ジュリは3男ということもあり、自由がきくが、その代わり親の関心もあまりない。

上の2人より、優秀だと言われていることに嫌悪感さえ感じてる節がある。


チェスは宰相の次男だが、騎士団よりも俺の側にいることを選んで、騎士団を入団を拒否したことで親と疎遠となっている。


俺は、母は側妃で王妃から疎ましく思われており、確執は生まれた頃よりあったと言っても良い。

母を追い込み、精神を不安定にした。

そして庇護の無くなった俺に敵意を剥き出しにしている。


「彼女はまさに才女ですよ。学園の成績も常にトップ。幼い頃より両親と他国に渡っていたことから考え方も多極的に考え、語学も堪能。唯一の欠点といえば運動神経は、あまり良い方ではないようです」

「あの美貌に頭の良さがあったら、もう他いらないでしょ。女性の妬みの対象になるだけじゃないか」

「ああ、そうだな」


そう言った意味でいえば、王妃の兄の娘であるソニア嬢はセラに嫉妬していた可能性は大いにある。


「レミアムを狙ったのも、それがあったのかもしれませんね」

「やってることは破落戸並だな」

俺は深い溜息をついた。


何度かレミアムに胸の内を話せと言ったことがある。

だが頑なに彼は受け入れなかった。

その結果が、大事な彼女を手放すことになっているのことに、アイツはまだ気づいていないだろう。


「それで今後ですが――」

「俺が婚約したら、辺境伯になることは既定路線だ」

「北でしょうか」

「だろうな」


東西南北と辺境伯がいる中で、最近不祥事を起こし空席になっている南ではなく、現在王弟が勤めている北に派遣されることは分かっている。

1番警戒すべき、北の大国。

あわよくばそこで死んでくれと、王妃派は思っているだろう。


自分の血の繋がる第一王子を王にする為に。

操り人形のように裏から手を出すつもりなのは見えている。


「まったくお綺麗な顔をして、やることはえげつないよね」

それでも賢妃と呼ばれるほど、王妃の人気は高い。


「俺たちにとって王都は危険だからな。父上も一刻も早く北へ行ってほしいだろう」

表立って支援してくれているのは宰相殿だが、裏には父上の思惑もある。

この隠れ屋敷も、父上が手配したものだ。


惚れて結婚した相手の本性を知ってしまった。

その時の喪失感たるは、俺には分からない。

だがその惚れた弱味が、王妃派を助長していると気づいているのだろうか。

気づいていて、もう止められないところまで来ていることに。


「セラの卒業式が終わり次第、辺境へ行く準備を」

「御意です。元より準備しておりますので」

「はーい。じゃそろそろ馬車の準備するわ。セラフィーナ嬢に実家に行くんでしょ」

「ああ」


反撃の機会は、もうそこまできている。

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