第3話 残念王子の本性

「ミー、開けてくれ」

こじんまりとした屋敷の門前で、彼はそう告げるとどんどん中へ入っていく。


「あの、ちょっと」

「こら、暴れるな」

走っている最中も、何度も抜け出そうとしたけど叶わなかった。


(路地裏で薄暗くなっているとはいえ、お姫様抱っこなんて恥ずかしすぎる!)


玄関の扉を開けると、漆黒の髪と瞳の綺麗な女性が侍女姿で仁王たちしていた。

「殿下、誘拐、良くない」

「誘拐なんてしてねーよ」


そのまま奥にある応接室のようなところまで入っていくと、ソファに座らされた。


そこにいたのは、綺麗な金色の長い髪を一つに纏めた長身の男性、赤い短め髪と瞳の体格の良い男性がいた。


(この2人、知ってるわ)


レミアムを見ていたから分かる。

この2人も、ユーリス殿下の側近中の側近。


「おや、こちらの方は?」

「ユーリが女性を連れてくるなんて、どんな関係だよ」

「ジュリ、チェリ、五月蝿い。1発でバレた」

「おや」

「まじかよ」


自分より明らかに高位である3人に、私は慌てて立ち上がりカーテシーをする。


「申し訳ございません。名乗っておりませんでした。サラフィーナ=サウスナでございます」

「ああ、そういう改まったのは良い」

ユーリス殿下は手で制すると、ソファに座るように促した。


私はソファに座り直すと、改めて3人を見る。


「と、いうことはレミアムの――」

「はい、婚約者――でした」


過去形――あんな姿を見てしまったら、もう信頼出来ない。

始まる前から破綻しているのだから。


「なぜに過去形に?」

金色の髪の男性――ジェリ様の蒼色の瞳が険しいものに変わる。


「ソニア様とお会いしているのを、この目で見てしまいました。こんな状態で到底結婚できるとは思っておりません」

声が震えた。

涙を流さまいと、目に力が入る。


すると、すっと冷たいタオルが差し出された。

「そのまま、よくない」

玄関にいた漆黒の髪の女性が、タオルを目元に当ててくれた。


「ありがとう、ございます」

しばらく目元に当ててから離すと、3人の男性達は困惑の表情を浮かべていた。


(それはそうよね、仲間の浮気を聞くことになったのだもの)


「レミアムから、何も聞いてないのか」

殿下の声は硬い。


「はい。それどころか、この1年お会いしておりません」

私の言葉に3人は顔を見合わせている。


「それで――お前はどうするつもりだ」

「私は――出来れば円満に婚約を解消したいと思っています」

まっすぐ殿下を見て言う。


信頼関係が崩れてしまった今、結婚できたとしても、私は疑心暗鬼に陥るのは目に見えている。

きっともうレミアムを信用出来ない。

彼を縛り付けたくて、窮屈な思いをさせるのが見えている。

それならば――想い合うソニア嬢と一緒に過ごしたほうが良いに決まっている。


学園を卒業したら結婚する者が多い。

成人とみなされて、社会に出ることなる。

こんな時期に婚約を解消して、次に良い縁談がくるとは思えない。

だけど、ここで解消しなければ一生牢獄にいるのと同じだ。


「ふっ、良い目だな」

「えっ」

殿下が言ったことの意味が分からなくて、私は思わず聞き返す。

だけどその口元は柔らかい表情をしているのが分かる。


「ですが、レミアムがそう簡単に頷くとは思えませんがね」

「そうでしょうか」

ジェリ様はとても優秀で冷静で冷徹。

若いが現状を分析するのは彼の得意分野だ。


「それに関しては俺もジュリに賛成だな」

殿下までが頷く。


まさか婚約解消に難色を示されるとは――。


「そこで、だ。俺から1つ提案だ。婚約解消を手伝ってやる」

「殿下!」

ジュリ様が叫び止めようとするも、殿下はひと睨みで黙らせてしまった。


「殿下が?」

「俺が言えばすぐ解消されるだろう。俺が君に恋慕していて、君以外の妃は取らないって言えばね」

「はい?恋慕?!」


言われたことに私の頭は混乱する。

どこから恋慕なんて出てきたのか分からない。

それについ1時間前に初めて言葉を交わしたような間柄で、出てくる言葉とは思えない。


「まさか、冗談――」

「冗談じゃない。俺がそういえば、嬉々として王妃は整えていくだろうよ」


だとしても、いきなり殿下の妃なんて荷が重すぎる。


「ただし、走り出したらもう止められない。途中で降りることは許されない。逃げることも。まあ俺としては役得だな」

「役得……」


言われてる意味がよく分からない。

ただ決まってしまえば、もう途中で止まることは出来ないのは分かる。


「どうする?セラ」


(いきなりの愛称呼び!)

それよりも殿下にその愛称を呼ばれたら、ぞくぞくする。

なんだろう、この気持ちは。


「でも――」

「卒業したら、結婚だろう。色々進んでるだろう」


確かに、すでに結婚式の準備は整っている。

来週にもドレスが仕上がってくるはずだ。

父も母も、積極的に準備しているはずだ。


待ったをかけるには強引にいかなければ、いけないのも分かっている。

そうでなければ、単なる私の我儘だと言われて終わりな気がする。


「決めるのはセラだ」


殿下から感じるのは王者の風格。

有無を言わせない気圧。

誰がこの人を『残念王子』と呼んだのか、疑問に陥る。

ひょっとしたら、今の第一王子よりも王という地位に向いてるのではないかと思う。


温和で親しみのあるのは第一王子だ。

遠目から見ても、夜会で形式的な挨拶をしても、強烈なリーダーシップを感じることはない。

本能的に逆らえないと思えるほどのものはない。


だけど、この人は――。

第二王子が持ってはいけない素質だったのではないかと感じる。


(まさかそれで、今まで残念王子を演じてきたということ?)


だとすれば、相当な覚悟ではないと出来ないだろう。

そんな人のと結婚――。


レミアムとの結婚はしたくない。

そして、この人との結婚も決して平坦な道ではないだろう。

苦労の連続になると思う。


だけど――。

なんとなくだけど、殿下となら本音で言い合える気がする。

レミアムとのように疑心暗鬼ではなく、偽らない心で最適な道を選ぶことが出来る予感がした。


「分かりました。お受けします」

自暴自棄になってそう答えたわけではない。

私は自分で、この道を行くと選んだのだ――。

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