第2話 婚約者の裏切りと残念王子

その日、私は学園で仲の良かったクラスメイト数人達に、卒業前にとカフェに誘われた。

成績順となるクラスで私はAクラス。

身分など関係ないと言われている学園での生活も残り一週間で、後は卒業式を待つばかりだった。

貴族の人達とは会う機会があるだろうが、平民の人達と会うことは滅多に出来ない。

だからレミアムが帰国した日だったけど、私は2つ返事で了承した。


王都1の人気のカフェ。

貴族御用達となっているカフェはとても広く、今は使われていない貴族の屋敷を改装して出来たものだった。


「セラ!」

レミアム同様、幼なじみのリリーは私が到着するのを待っていたかのように抱きついてきた。


「リリー」

「元気だった?」

「ええ」


卒業直前の私達は、あまり学園に顔を出していない。

なのでクラスメイトとも会うのは、一週間ぶりだった。


「セラフィーナ嬢」

「カイル様」

リリーの婚約者であるカイル様は、卒業後は騎士団へ就職が決まっている。

温和な顔立ちで、明るい快活な人だ。


「よくここが取れたわね」

「まあ、親父のコネです」

「まあ」

カイル様はそう言うと、リリーを優しく見つめている。

カイル様の父上は騎士団の総長で、伯爵だ。


伯爵令嬢であるリリーとも、私と同じくらいの時に婚約し、2人ともとても仲が良い。

レミアムが遠く離れた隣国に留学してしまって、私としては羨ましい限りだった。


「みんな揃っているわよ」

「行きましょうか」

2人と連れ立って、貸し切っている部屋に入る。


豪華な部屋は個室となっており、元々お屋敷だったこの建物の中でも1番広い部屋だろう。

椅子が部屋の端にあり、立食形式でケーキやサンドイッチなどが並べられている。


「ちょっとしたパーティね」

「ほんと」

リリーと隣に立ち部屋を見ていると、クラス委員だった平民の彼が壇上へ上がった。


「皆さん!今日はお集まりいただきありがとうございます!今回このようなパーティを開いてくれた貴族の皆様の親御さんへ感謝を!そして色々と動いてくれたカイル氏にも感謝を!」

今回の会は貴族の者たちがお金を出し合い開催した。

勿論、我が家も然りだ。


名前を名指しされたカイル様は、目でリリーに合図を送ると壇上に上がった。


「1人も欠けることなく、卒業を迎えられて嬉しく思います。5年間の学園生活でとても有意義に、そして最高のクラスでした。卒業したら会うことが減ってしまうけど、僕たちは友達だ。僕の人生の中で、この立ち位置はいつ何時も変わらないと思う。皆さんの多幸を祈って!乾杯!」

「「「乾杯!」」」


「やっぱり、カイル様は素敵ね」

「ふふ、セラにもレミアムがいるじゃないの」

お互いに気心も知れていて、私とレミアムが婚約をした頃からは3人で頻繁に会うことはなくなった。

リリーも婚約も同時期くらいに決まったからだ。


「でも――」

「あまり気にしないことよ。噂は噂だし。それに――」

リリーは大きなバルコニーの外へ目をやり、言葉が止まる。

そして大きな翡翠色の瞳を大きく見開いている。


「リリー?」

私は不審に思い、リリーの視線の先を見た。


ひゅっと喉が鳴った。

視線の先には、東屋でにこやかに上品にお茶を飲む美女――ソニア=グッティス公爵令嬢。

向かい合うように座る男性の後ろ姿に見覚えがあった。


「レミアム……?」

彼は今日帰ってきたはずだ。

でも婚約者である私ではなく、ソニア様と会っている。

それが何を意味しているか、流石の私にも分かってしまった。


「あははは……」

乾いた笑いしかでない。

滑稽で惨めだった。


今もなお、好意を抱いていたのは自分だけだった。

その現実を目の当たりにして。

噂は本当だったという思いと、裏切られたと思う自分と。


気づけば、大粒の涙が流れ出ていた。

「セラ……」

リリーは優しく私を抱きしめてくれた。

そして背中をトントンと叩いてくれる。


「わたくし、帰るわ」

「えっ、セラ、待って!」


リリーから体を離しそれだけ言うと、持ってきていた小さなバックを手にかけだしていた。


走って走って。

走っても苦しくて。


何処をどう走ったかなんて覚えていない。


人通りの少ない路地裏に駆け込むと蹲こんだ。

「うううっ」


貴族令嬢は大きな声で泣いたり出来ない。

だから手元にハンカチをあて、嗚咽を抑えながら泣いた。


泣いて泣いて。


どれくらいそこにいただろう。

気づけば、夕闇が迫ってきていた。


こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。

ゆっくり立ち上がり、辺りを見回すと、薄暗い路地裏であまり治安の良いところではないと気づく。


(どう走ったかなんて覚えてないけど、ここは危険だわ)


ひとまず人が行き交う大きな路地まで、出ようとした。


「お嬢ちゃん、こんなところで何してるの?」

後ろから声をかけられ、手首を掴まれた。


ぼろぼろの衣服を身に纏った、男数人がニヤニヤした表情をしながら私を見ていた。


「貴族のお嬢様がこんなところにいたら危ないなあ。俺たちと一緒に行こうぜ」

「い、いやです」

私は強引に引っ張って行こうとする男に抗う。


「1人でこんなところにいて、無事で帰れると思ってるの?」

世間知らずのお嬢ちゃんが――目がそう言ってるように思える。


「だ、誰か!」

「誰も助けにこねーよ。ここはそんな親切心で動く奴なんていない」


男たちは、抵抗する私を取り囲みように立つ。


「さあ、行こうぜ」


逃げられない――そう思った時、男達は呻き声を上げて、その場に倒れていった。


「えっ」

あまりに素早く、目で捉えるのに時間がかかった。


「さあ、その手を退けてもらおうか」

「なんだ!お前!」

「質問は受け付けてない」


ぐっという音が聞こえると、私の手首を掴んでいた男もその場に倒れ込んだ。

それと同時に私も座り込む。

どうやら恐怖で足ががくがくだったようだ。


「まったく――大丈夫か」

「は、はい、ありがとうございます」


漆黒の長い前髪。

長身ですらっとした体格の男は、剣を鞘におさめると私に手を差し出した。


「ここは危ない、早く立て」

「あ、はい」

差し伸べられた手を掴むと、力強く引っ張り上げられた。


「あの、殺したのですか?」

「まさか――こんなところで目立つことするわけないだろう」


よく見ると男達は単に気絶しているようで、血など流れていない。


「ともかく早く来い」

そう言うと漆黒の髪の男は、手を繋いだまま私を先導する。


空いている手で前髪を触る仕草に、私は既視感を覚える。


(この癖――)

何度も見たことがあった。

レミアムの勇姿を見たくて、学園の剣術大会を見に行った時。

彼の隣に座っていた人――。


髪色も違うし、きっと見えないけど瞳の色も違うだろう。

でも――。


「ユーリス殿下?」

私の口から出た言葉に、彼は歩みを止める。

そして絶対零度の気圧が、その場を支配する。


(しまった!つい口から!)


振り返り私を見つめる男は、ちっと舌打ちをした。


「お前ちょっと来い」

「えっ、ちょっと!」

私の膝裏に腕を入れ抱えられると、走るようにその場を後にしたのだった。

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