第2話



アルフレッド:また寝ていないんですか、リーダー。


ため息をつくアルフレッドの視線の先には目の下にくまがある研究者がいた。


アルフレッド:あんなに戦いまくっていたら、そりゃ兵隊だって足りなくなりますよ。それをなんですか?錬金術で蘇生しろと?


アルフレッド:錬金術は魔法じゃない…人間風情(にんげんふぜい)が人の生き死にをコントロールできるわけないのに…。


アルフレッド:…ねぇ、聞いてます?


シルヴィア:うるさい、今いいところなんだ…。


慎重にフラスコに液体を注ぐ。しかし、フラスコからはもくもくと煙が立ちのぼる。


アルフレッド:リーダー、やばいですよ!


言い終わるや否や、フラスコはパリンと音を立てて割れた。


シルヴィア:…だめだ。またやり直しだ。


アルフレッド:熱心ですね…どうしてそんなにまじめに取り組めるんです?


シルヴィア:……。


アルフレッド:俺は兵器開発部で働きたかったんですよ。敵を一網打尽にしてしまうような、そんな開発をしてみたかった。


アルフレッド:みんなの憧れじゃないですか、国軍工廠(こくぐんこうしょう)の花形ですよ。


シルヴィア:花形は将校の方じゃないのか。


アルフレッド:前線は嫌ですね、死にたくないので。


アルフレッド:でもこんなカビ臭い地下室でフラスコ揺らして過ごすことになるなんて…。


シルヴィア:兵器開発部だって、フラスコを使って王水や塩酸なんかを発見しただろ。


アルフレッド:なんか陰気臭いんですよ、ここ。







二人のため息が頭上に暗雲のように漂う。


アルフレッド:代わりますよ。リーダーは少し休んでください。このリスト通り検証すればいいんですよね?どこまで終わりました?


シルヴィア:このへんまでだな。


アルフレッド:こんなに進んだんですか?!…で、希望は?


シルヴィア:ゼロだ。エリクサーどころかあの有り様だ。


シルヴィアが指差した先にはフラスコだったガラス片の山がある。


アルフレッド:…いい加減研究費削られそうですね。


シルヴィア:そうならないように、頑張っているんだろう。


アルフレッド:嫌だ…開発部へ転属できるならまだしも、研究費削られてクビになったりしたら…。


シルヴィア:それが嫌なら、こっちのリストも検証しておいてくれ。


座高とほぼ変わらない程度のノートの山をドスンと机の上に置いた。


アルフレッド:まだあったんですか?!


シルヴィア:研究に終わりはない。


アルフレッド:はぁ……。







国軍工廠エリクサー開発部から聞こえてくるのは、錬成に失敗する音と、二人のため息。


彼らは常に失敗を繰り返してきた。


アルフレッド:…リーダー、知ってます?この研究って、軍の中でも上層部しか知らないんですよ。


シルヴィア:…知ってる。


アルフレッド:そりゃあ、敵国に漏れれば大惨事ですけど。でもそれって、成功しても国の功績であって、俺らの功績にはならないのでは…?


シルヴィア:かもしれないな。


アルフレッド:これ、もし、もしですよ。


アルフレッド:他国に漏れることがあって、人間を蘇生させるなんて人間の道を踏み外している!なんて批判されたらどうなるんでしょう?


シルヴィア:さぁ?遠い東の国では、錬丹術と言って、不老不死の薬が開発されていたらしいが。


アルフレッド:不老不死?!そんなことできるんですか?!


シルヴィア:そんなわけないだろう。概ねそれらの薬は人体に有害で、むしろ死をもたらす薬だったらしい。


アルフレッド:…やっぱり無理ですよ。死んだ人間を生き返らせたり、瀕死の怪我から前線に復帰させるような薬なんて。


アルフレッドは腕を組みながらうなる。


アルフレッド:…リーダー。もうトンズラしません?


シルヴィア:どうしてそうなる。


アルフレッド:どうあがいても希望なんて見えないですもん…。







アルフレッド:リーダー。外はえらいことになっていますよ。


シルヴィア:ほう。


アルフレッド:国軍は人をなんだと思っているんだ!とか、俺たちの税金を返せ!とか…。


シルヴィア:ほう。


アルフレッド:どこかからうちの存在が漏れたらしいです。うちの研究の批判ばっかりですね。


シルヴィア:で、国は?


アルフレッド:存在を認めるつもりはないみたいです。


シルヴィア:だろうな。


シルヴィアはビーカーをごとりと置く。


シルヴィア:戦況は思わしくないらしいな。それゆえに国民の不安も高まりやすい。うちはいい不安の捌け口にされてるわけだ。


アルフレッド:そうでしょうけど…。


アルフレッド:リーダー。やっぱり逃げましょうよ。ここが突撃されたらどうするんです。


シルヴィア:工廠に関係者以外が立ち入ることは許されない。


アルフレッド:そうですけど。…どうしてそんなにこの研究にこだわるんです?


シルヴィア:……。


アルフレッド:どんなに頑張ったって、この先きっとエリクサーなんて作れるわけないですよ。この膨大な資料の山がそれを証明している。


シルヴィア:アルフレッド。きみには家族はいるか。


アルフレッド:家族、ですか。田舎に母と妹を置いてきていますね。ときどき手紙が来るので、元気だとは思いますが。


シルヴィア:そうか。


シルヴィア:私には、家族はいない。


アルフレッド:…家族がいないから、守るべきものがないから、研究を続けても平気だって言うんですか。


シルヴィア:いいや。


シルヴィアはガタリと椅子から立ち上がった。


シルヴィア:コーヒーでも飲もう。ちょうど某国で流行りのタンポポのコーヒーを仕入れたところだ。








シルヴィア:タンポポの根で作ったコーヒーだ。カフェインが入っていないし、それこそ東の国では薬として飲まれていたぐらい体にもいい。


二人はコーヒーをゆっくり啜った。


アルフレッド:戦況が悪化して、コーヒー豆も手に入らなくなりましたからね。


シルヴィア:そうだな。…さて、どうして私がこの研究に没頭しているか、だったか。


シルヴィア:私の父母は研究者で家を留守にすることが多かった。


シルヴィア:研究に明け暮れ、ほとんど顔を見たことがない。


シルヴィア:そんななか、心の支えだったのは兄の存在だった。


シルヴィア:兄は病気がちだったが、私のことを心配して寄り添ってくれた。一人にしないように、できるだけそばにいてくれた。


シルヴィア:兄はピアノが上手くてね…よく一緒に歌ったんだ。


シルヴィア:兄は私が12歳ぐらいのときに病気で亡くなったんだ。私のいないところで、ひっそりと。


アルフレッド:素敵なお兄様だったんですね。


シルヴィア:ずっと、一緒にいたかった。一度だって彼を忘れたことはない。








アルフレッド:…まさか、リーダー。


シルヴィア:じきに、国はこの研究を「私たちが独断で進めたこと」にして尻尾を切り落とすことだろう。


シルヴィア:そうなれば、君の命はないだろう。その前に、家族のもとへいくんだ。


アルフレッド:…何言ってるんですか。リーダーも逃げるんですよ。


シルヴィア:私はもう少し実験をしてから行くよ。


アルフレッド:そんなんじゃ間に合いませんよ!


アルフレッド:生きていれば実験の続きができるかもしれない…でも死んでしまったら、あなたは…!


シルヴィア:会えるかも、しれないな。


アルフレッド:……!!


シルヴィア:まぁ、こんな研究していたのでは、天国にはいけないかもしれないが。神から与えられた命を冒涜する行為だからな。


シルヴィア:でも私は諦めるつもりはない。


シルヴィア:…「真実の愛」が、試されるときだ。


アルフレッド:真実の…?


シルヴィア:…なんでもないよ。


アルフレッド:どうしても、ここから離れないというのですか。


シルヴィア:ああ。でも、私が兄を慕うように、君にも家族を大事にしてほしい。だから、きみだけでもここから離れるんだ。


アルフレッド:…俺は、リーダーのことも大事だと思っていますよ。だから、必ずまた会いましょう。


シルヴィア:意外だな。きみはここのことなんて興味がないと思ってた。


アルフレッド:ええ、ここと、ここの研究はね。私は、あなた自身に言っているんですよ。


シルヴィア:…よくわからないな。


アルフレッド:いいんです。また会えたら、そのときに話しましょう。


アルフレッド:どうか、ご無事で。


シルヴィア:…きみもな。








アルフレッドが逃げた後、机上のラジオから音声が流れる。


それは、国家元首がシルヴィアとアルフレッドの逮捕を決定したと告げる音声だった。


シルヴィア:今まで、もう一度兄さんに会うために、ここまで頑張ってきたけど、結局どうにもならなかったな。


フラスコ内の液体から煙が出て、フラスコが粉々に割れると同時に、警ら隊が突入してきた。








街の真ん中を流れる川の橋の上では、ものものしい空気が漂っていた。


橋の上には警ら隊と、足におもりをつけられた女が立っている。


シルヴィア:(m)軍の意向に沿わない研究を勝手に行ったこと、研究費の不正受給をしたこと、研究の過程で多くの命が犠牲になったこと…。


シルヴィア:(m)全部身に覚えのない罪ばかりだ。この際都合の悪いことは全部私に擦りつけるつもりだろう。


シルヴィア:(m)軍の研究施設で働けば、研究費を支援してもらえるから、兄さんを取り戻す近道だと思った。


シルヴィア:(m)実際、実験道具や物質はたくさん揃っていた。研究費も工面してもらえた。


シルヴィア:(m)でも、兄さんを生き返らせることはできなかった。


シルヴィア:(m)やっぱり私は…無力だな。


警ら隊の一人が近づく。


ふとシルヴィアが川辺に目をやると、彼女は驚いたように目を見開いた。


シルヴィア:兄さん…!!


警ら隊はシルヴィアを橋から蹴り落とした。




シルヴィア:(m)天と地がひっくり返るようだった。でも、見失わなかった。


シルヴィア:(m)小さくて、儚い、青い花。


シルヴィア:(m)手枷のついた手を、伸ばす。


シルヴィア:(m)あと少しなのに。あと少しで、兄さんに手が届きそうなのに。





シルヴィア:(m)意識は、泡のように消えていく。


シルヴィア:(m)泡沫の想いとともに。

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Myosotisーミオソティスー  2〜3人台本 サイ @tailed-tit

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