Myosotisーミオソティスー  2〜3人台本

サイ

第1話



ホールからピアノの音が響いてきた。


扉からこっそり顔を出すシルヴィアを見て、ノアは優しく微笑んだ。


それを合図にシルヴィアはそっと近づき、ノアのそばに立ち、ピアノの音色に合わせて歌い始めた。


歌い終わるとシルヴィアは目を輝かせながら話し始めた。



シルヴィア:やっぱり兄さんってすごい。始めのところなんか、ピアノを弾いてるはずなのにオーボエの音が聞こえてくる気がするんだもん。


ノア:それはそれはもう、頭が「ここでオーボエが流れる」って覚えてるんじゃない?


シルヴィア:それは…そうかもしれないけど…。でも兄さんのピアノは違うの。ちゃんとオーケストラなの!


ノア:どうかなぁ。


シルヴィア:あと、この歌詞も好き!少年が婦人に恋とはどんなものか教えてくれませんか?って口説くんでしょう?


ノア:すごい。よく覚えているね。


シルヴィア:でも恋ってほんとにどんなものなんだろう。歌詞を読んでもいまいちピンとこなくて。一度体験してみたいなぁ。


ノア:うーん…それは僕にもわからないかも。辞書で調べたらいろいろ出てくるけど、たしかに体験してみないとわからない感情だね。


ノア:…そろそろ部屋に戻らなきゃ。


ノアは軽く咳をする。


シルヴィア:大丈夫?


ノア:大丈夫だよ。さぁ、メイドに見つかって叱られる前に帰ろう。


シルヴィア:うん…。






ある日。


コンコン。


ノア:どうぞ。


シルヴィア:兄さん。どうしたの?


ノア:シルヴィア。こっちにおいで。


ベッドに腰掛けているノアは手招きし、シルヴィアにチェストの中から取り出したものを見せる。


ノア:これを、庭に植えてほしくて。


シルヴィア:これは…種?なんの種?


ノア:秘密。きっと春にはきれいな花が咲くと思う。


シルヴィア:そうなの?それは楽しみね…!


ノア:この種は光が苦手だから、土でしっかり隠しておいてね。


シルヴィア:任せて!私行ってくる!


色づき始めた木々に囲まれた庭で妹が種を植えるのを、ノアは窓から見守っていた。






寒さが増すにつれて、ピアノの音が聞こえることは少なくなってきた。


コンコン。


ノア:(軽く咳き込んでから)はい。


シルヴィア:兄さん…大丈夫?


ノア:シルヴィア。来てくれたの。


シルヴィア:最近、その…ピアノ、あまり弾いてないなぁって…。体調はどう?


ノア:ちょっとね。最近体を起こすとふらつくから、メイドが心配しちゃって。


シルヴィア:そう…なんだ。お医者さん、なんて?


ノア:ちゃんと横になって休んでないとダメだよって言ってた。


シルヴィア:そうじゃなくて。…いつ治るの?


一瞬、ノアの顔は曇るが、すぐに笑顔で答える。


ノア:今はまだ、わからない。でも、シルヴィアが植えてくれた種は春に花が咲くから…それまでに元気になって、一緒にお花を見に行きたいね。


シルヴィア:…私も風邪ひかないようにする!だから一緒に見に行こうね!







寒さが去り、暖かさが少しずつ戻ってきた頃、シルヴィアは庭に来ていた。


そして、庭にある変化が起きたことに気づく。


秋に植えた種から芽が出ていたのだ。


一目散に駆け出し、ノアの部屋へと向かう。扉の前にはメイドがいた。


シルヴィア:あの…ノアに会いたいんだけど…。入ってもいい?


メイドは首を横に振った。今日はノアは体調が悪く、寝込んでいるらしい。


シルヴィア:そう…。じゃあノアに伝えて。秋に植えた種から芽が出た!って。きっともうすぐ大きくなって花が咲くから、ノアも元気になってねって。


メイドはわかりました、と告げ、深々とお辞儀をした。







芽はどんどん伸びて大きくなり、蕾をつけた。その間、シルヴィアはノアと会うことを許されなかった。


ある日ノアのいないホールで、シルヴィアは歌を歌っていた。…しかし。


シルヴィア:…なんか違う。やっぱりノアがいないと楽しくないな。


ぼそっとつぶやいたとき、メイドがばたばたとホールにやってくるのがわかった。


息を切らしながらメイドは告げる。







シルヴィア:兄さん?!


乱雑に扉を開けると、たくさんの管に繋がれたノアがベッドに横たわっていた。


かなり痩せ細っていて、顔色も悪い。


シルヴィア:兄さん…。


声をかけるとノアはゆっくりと体を起こした。


シルヴィア:兄さん!寝てないとダメだよ!


ノア:シルヴィア、見て…。


ノアが指差した先には、窓。窓から外を見ると、庭に青い花が咲いているのが見える。シルヴィアが種を植えた場所だ。


ノア:花、咲いたね。


シルヴィア:…ほんとだ。今日はまだ見にいってなかったな…。


ノア:お願いが、あるんだけど。


シルヴィア:…何?


ノア:近くで、見たいんだ。あの花。少し、摘んできて、ほしいな…。


シルヴィア:…わかった。一緒に見よう。待ってて。すぐ摘んでくるから!







走った。廊下を、階段を、庭を。


そして苗のある場所にたどり着く。


小さくて可愛らしい花がいくつも咲いている。


花が散らないように優しく摘んでから、また走り出した。






走って飛び出していったシルヴィアを見て、ノアは言葉をこぼす。


ノア:…これで、よかったんだ。


ノア:…ありがとう。







花を摘んで帰ってきたシルヴィアは部屋の様子を見て凍りついた。


うなだれる医師、ハンカチを目元にあてるメイド。


シルヴィア:兄さん…兄さん…?


よたよたとおぼつかない足取りで部屋へ入る。


メイドはハッとして後ろへ下がった。


シルヴィア:兄さん…摘んできたよ。小さくて…青くて…可愛いお花。


シルヴィア:ねぇ…目を開けてよ。一緒にお花見ようねって…言ってたじゃない…。


シルヴィア:兄さん…このお花、なんて言うの…?教えてよ…ねぇ…。


涙がぼろぼろとこぼれる。


どんなに言葉をかけても、ノアは目を開かなかった。


シルヴィア:兄さん、またピアノ弾いてよ…。私、兄さんがいないと歌っても楽しくないよ…。


シルヴィア:歌だけじゃない、私、兄さんがいないと…兄さんが…いないと…!!


メイドが後ろからシルヴィアを抱きしめた。







シルヴィア:(m)兄が亡くなってしばらくしてから、私は花の正体をメイドから聞いた。


シルヴィア:(m)花の名は、ミオソティス。別名forget-me-not 。その小さくて儚い青い花には、「真実の愛」「私を忘れないで」という花言葉が添えられている。

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