1.鬼ごっこ①
余りにも馴染みの深いそのゲーム名に、一同は困惑の色を浮かべる。それは、1名の鬼とそれ以外に分かれ、鬼から逃げる追いかけっこであった。鬼が誰かに触れた場合は鬼でなくなり、鬼から体を触れられた者は鬼となる。小さな子でも遊ぶ事が出来るほど、単純明快なゲームだ。
「鬼ごっこぉ?ガキの遊びじゃねーか」
「確かに拍子抜けだけど……一応、命が掛かっている事に変わりはないからね」
相変わらず誰よりも早く口が開く薬師の言葉を肯定しつつも、大岩は依然として変わらずといった感じだ。
『タダイマより、“鬼ごっこ”のルールセツメイをはじめます。まず、ミナサマにはスきなカラダのブイをカけてイタダきます。ゲームのリュウドウセイをタカめるタメに、ダイ1ゲームはトクベツレートがテキヨウされます。ゲームのショウシャはカけたブイとシンゾウがトレードされ、ハイシャはゼンインがカけたブイをサしオさえられます』
無機質な案内と共に、床に各部位の金額リストが投影される。
皮膚(1㎠):100円
爪(1枚):100円
血液(1L):1万円
眼球(片目):2万円
片腕:4万円
片足:4万円
胃:5万円:
頭皮:5万円
頸動脈:5万円
性器:5万円
歯(全部):10万円
小腸:10万円
胆嚢:10万円
膵臓:100万円
肺(片方):100万円
肝臓:500万円
腎臓:500万円
心臓:1000万円
「という事は、なるべく安い部位と交換できれば、私達の負債は一気に軽くなる訳ですね」
「ん~……でも、そんなウマい話あるか……?」
紫摩と菊場があごに手を添えながら、ブツブツと呟いている。
「そんな事より、鬼はどうやって決めるのよ!男女の体力差だって不公平じゃない!!」
『モットもヤスいブイをカけたカタが、サイショの鬼となるなります。クワえて、ドウイツブイをカけたカタが2メイイジョウのバアイ、そのナカからランダムに1メイがサイショの鬼となります。また、カけたブイのカカクがヤスいホド、ペナルティがカせられます。タトえば、頸動脈(5万円)と小腸(10万円)では、2バイのカカクサがあります。よって、頸動脈をカけたカタのアシカセが、2キログラムソウトウのジリョクでジメンにヒっパられることになります』
風間のツンケンとした疑問に対し、無機質な対応がなされる。
「えっ、えっ?じゃあ、結局みんなペナルティを受けたくないから、高い部位と心臓を交換するしかなくない?こ、このゲーム……ほんとにあたしの借金どうにかできるの?大丈夫なの??」
「最終ステージまでは誰も死なないわけだから、お互いに助け合えば、もしかして全員助かったりするかも……?ともかく、お互い頑張ろうね」
狼狽える梅木に、大岩が優しく微笑みかける。それを見た梅木は、キョトンとしたあと、はっとして顔を逸らす。うつむいた顔は微かに赤い。
『ゲームのセイゲンジカンは15フン。タイムアップのジテンで鬼だった1メイが、ダイ1ゲームのハイシャとなります。』
「ま、鬼ごっこの時点で誰を狙うかなんざ、明白だわな」
薬師はそう言いながら、最も体力がなさそうな男を見る。
「やや、やめてよ……そそそういう冗談」
真桑は顔を引きつらせて笑うが、他のメンバーは顔色一つ変えなかった。全員の思惑を知った真桑からも、ゆっくりと表情が消えていく。
『それでは、イマからミナサマにはベッシツにイドウし、カけるブイをエラんでイタダきます。ベッティングフェーズはタダイマより1ジカンとなります。そのゴ、イドウジカンの5フンをハサみ、ゲームフェーズがカイシされます』
ピンポンパンポーンという音が鳴り響いた。それが止むと同時に、壁の一部がガコンと音を立てて横にスライドする。
「あ~……ここから移動するって事ね……」
「見てください。部屋の扉に名前が書いてあります。
菊場と紫摩が率先して通路を覗き見る。
「おら、後ろがつかえてんだ。さっさと進みやがれ」
薬師は手をブラブラさせながら二人を急かすと、彼らはそそくさと自室へと入って行った。
「さ、もう腹を括るしかないね。梅木ちゃん」
「そ、そうだね!がんばろうね、大岩さん」
二人の世界に浸る男女の後ろで、大きなため息がこぼれる。
「そういうのやめて頂けないかしら?こんな場所でまで盛っちゃって、みっともない」
二人のやり取りを見せつけられた風間が、嫌味ったらしく斬り伏せる。
「まあまあ、そう言わず。僕は、風間さんとも仲良くしたいつもりですよ。仲間は多い方が良い訳ですし、敵は少ない方が戦いやすいですからね」
大岩が最後尾に目配りすると、察した風間が「そのくらい分かってるわよ!」と、彼らを抜き去って通路を進んでいく。最後尾を歩く真桑は、脂汗を浮かべて青ざめ、口を閉ざしたままだった。
まるでネットカフェの一室のようなその部屋は、真桑にとってはいささか手狭であった。目の前に備え付けられたタッチパネルを上下にスクロールするばかりでは、良い考えなど浮かびようもない。そこに表示された体の部位を見るだけで、真桑は軽い吐き気に襲われてる。入室してからずっと、貧乏ゆすりが止まらない。
「ぼくが鬼ごっこなんて勝てるワケ……しかも、みんながぼくを狙ってくるなんて……」
頭をボリボリと掻きむしりながら、真桑はまとまらない思考に苛立ちを募らせる。
「爪1枚100円……でも、安く賭けると鬼からはじまっちゃうし、ペナルティも重くなる……高い部位を賭ければ勝てるかもしれないけど、また次も勝たなきゃ……ううううう!!」
苛立ちが頂点に達そうかというところで「コンコンコン」とノックが飛び込む。どうやら、彼に来客のようだ。
「だ、誰!?」
「突然ごめんなさい。紫摩です」
「あ、あの、眼鏡の女の子!?」
「はい。折り入ってご相談があるのですが、中に入れて頂けないでしょうか?」
「えっ!?あ、えっと、かか、鍵開けます!」
いきなりの出来事にテンパっていた真桑は、躊躇いなく鍵を開けてしまう。
「あああ開けました!」
「ありがとうございます」
ガチャリと扉が開いて、中に紫摩が入ってくる。ただでさえ狭かった室内が更に狭くなるが、真桑にとってはこの上ない程に喜ばしい状況であった。紫摩の良い香りが鼻をくすぐる。ガタガタと震えていた膝は嘘のように静まり、代わりに彼の鼓動が驚くほどに早まっていた。
「あああの!話って!?」
人生で二度と訪れないかもしれない状況で混乱気味の真桑は、何とか話を切り出す。それに対し、紫摩がコクリと頷いた。
「第1ゲーム、リスクを最小限に抑える方法があるんです」
「えっ!!」
それは、今まさに真桑が欲していた情報だ。より一層、真桑の鼻息が荒くなる。
「それは、全員が爪を1枚だけ賭ける、という事です」
「いい、いや、確かにリスクは小さいけど……でででも、それだと、どの道ぼくが負けるよ?こここんな体型だから体力ないし……」
そう言いながら、真桑は大量の脂肪が貯蔵された腹部を撫でまわす。
「大丈夫、それも織り込み済みです。このゲーム、そもそも争う必要がありませんから。仮にもし真桑さんが負けても、みんなが協力して心臓を取り戻してくれますよ」
「……えっ!?どどどういうこと!?」
意外すぎる返答に、真桑は目を丸くした。
「実はもう、他の方にも爪を賭ける話はして来たんです。全員が納得してくれれば、7人中6人の負債は爪1枚分の100円となります。負けた方の心臓も、残りのステージで回収するチャンスはある筈、と。そうなれば、もう争わずに協力してゲームをクリアしていくだけです。私たちの目的は借金を返済する事であって、互いを潰し合う事ではありませんから、みんな不要なリスクは背負いたくないじゃないですか。だから、みなさん喜んでこの話に乗ってくれました」
紫摩は、手を合わせながら嬉しそうに言う。
「よ、よかった……てっきりぼくが狙われてるのかと……じ、じゃあぼくも爪を賭けるよ」
「ありがとうございます」
紫摩がお礼と共にニコっと笑う。釣られて、真桑がふひっと笑った。
「それともう一つ、お話ししておきたいことがありまして……」
「はは、話したいこと?」
紫摩は視線を落とし、暗い顔を浮かべる。
「私、人に騙されて借金を背負わされたんです」
「かかか、か、紫摩さんも!?」
「はい。だから、真桑さんの連帯保証人の話を聞いた時、思わず共感しちゃって……こんなところで、私と同じ気持ちの人に出会えるんだ!って思ったんです。だから、嬉しくて」
紫摩は、もじもじしながら言葉を続ける。
「運命かも、って」
「う、運命――」
真桑は、これまで人付き合いが嫌いで仕方なかった。何をやっても笑われ、騙され、数えきれないほどの嫌がらせを受けた。だから、人から逃れる為にひきこもった。それだけが、彼が唯一安寧を得る方法であった。なのに、それなのに、挙句の果てに、両親からも裏切られ、借金を押し付けられた。そして、強面の男らに言いくるめられるまま、こんな意味の分からないゲームに参加させられている。最初は、漫画の主人公にでもなった気持ちでいたが、現実は非情だった。ここでも、こんなところでも、外と何も変わらない。その事に気付いて、彼は絶望していた。
そんな真桑が今、借金を押し付けた両親を恨むどころか、感謝の気持ちを抱きはじめている。それは、運命――紫摩と出会えた事に対する、この上ない感謝であった。自己紹介の時、風間からどうしようもない奴だと言い当てられ、思わず誰にも知られたくない弱点を叫んでしまった。しかし、そのお陰で紫摩の秘密を聞く事ができた。どういうわけか、仲間外れにされる事も回避できたみたいだ。なぜか、上手く行っている気がする。もしかすると、ここから人生を変えられるかもしれない。やり直すチャンスかもしれない。そんな思いが、彼の心に沸いてくる。
「良いですか?」
紫摩は、真桑のタッチパネルに手を伸ばす。真桑は、眼前に寄せられた彼女のふくらみに、思わずゴクリと生唾を飲んだ。
「爪1枚100円、間違いがないように賭けてくださいね」
「わ、分かった、紫摩さんの言う通り、爪1枚を賭けるよ!」
「ありがとうございます!借金をなくして一緒に外に出ましょうね、絶対!!」
「ここ、こちらこそありがとう!ぼ、ぼく、紫摩さんと会えて本当にラッキーだったよ!!」
「私も、こんな場所でも真桑さんに会えて良かったです。では、私も体を賭けてまいりますので、第1ゲームの時にまたお会いしましょう」
そう言って、紫摩は部屋から出て行った。
真桑は、紫摩の第一印象を仏頂面で可愛げがないと思っていた。彼女にするなら、絶対に巨乳の梅木だと思っていた。しかし、実際に話して良く笑うところを知って、結婚するなら紫摩しかいないと確信している。あんなに優しくて性格の良い子だと知っていれば、最初から攻略対象に入っていたと、真桑は謎の後悔を覚えている。
「えっと、爪を賭けなきゃ……」
タッチパネルから爪の項目を選ぶ。
『カけるカズをセンタクしてください』
初期設定の1枚でOKボタンを押しかけた指が、寸前で止まる。
「ま、待てよ?でもこれ、ぼくが爪を10枚賭ければ、爪1枚のみんなは10キロのペナルティになるんでしょ……?しかも、ぼく以外から鬼が選ばれるなら、みんなフェアじゃないか……?だだだって、ぼくは体型でハンデあるんだし……」
それは、本当にただ、魔が差しただけであった。
「みんな優しいみたいだし、きき、きっと理解してくれるよね?」
彼の指が滑る。
『ホントウに、爪10マイでよろしいですか?』
真桑の息遣いに紛れて、ピロンという裏切りの音が鳴った。間もなく、第1ゲームが始まる。
7名の参加者は、最初とは別の白い部屋に集められた。部屋の広さはバスケットコートの半分ほどであろうか。それぞれが他の参加者と距離を取り合い、いつでも逃げられるように備えている。
『サイショの鬼にエラばれたカタをハッピョウします』
無機質な審判は、淡々とゲームの進行を行う。自分だけは負けないという自身からか、参加者はみな余裕の表情を浮かべている。無論、真桑もその一人であった。彼が紫摩を一瞥すると、紫摩は彼に微笑み返す。絶対に勝てる。彼はそう信じて疑わない。が――
『真桑サマ』
「えっ!!?」
真桑にとってはあり得る筈のない無機質な指名に、開いた口が塞がらない様子だった。なんせ、紫摩との約束を破ってまで爪を10枚賭けているのだ。他の者が全員、彼と同等以上の資産を賭けていなければ、鬼の候補に挙がる事などあり得ない。つまり、全員が約束を破っている事になる。
「し、紫摩さん……?」
依然として状況を飲み込めないでいる真桑が、紫摩に助けを求める。が、彼の目に映ったのは、紫摩の蔑むような表情だった。
「話しかけないでください。気色悪いので」
最早、真桑の知っている紫摩ではなかった。いや、真桑の知っている紫摩こそ、ただのまやかしだったのだろう。再び、彼の心に絶望が押し寄せる。
「真桑くん、だっけ?このゲームですごーく有利になる方法を教えてあげるよ」
追い打ちを掛けるように、大岩が口を開く。
「一人の生け贄から資産を奪い尽くす。そうすれば、残りの6人は助かる確率が跳ね上がるんだ。だからさ――」
『マもなくゲームをカイシします。真桑サマには20キログラムのペナルティがカせられます。セイゲンジカンは15フン。カイシ10ビョウマエ......5、4,3――』
「僕らの為に、死んでくれ」
ずしり。真桑に、現実が重くのしかかる。
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