お前の心臓1000万
睦月ふな
0.プロローグ
壁も床も真っ白な空間。その場には、男が三人、女が四人の計七名が円を作る様に立ち竦んでいた。全員、白いつなぎの様な服を纏い、黒い布によって視界を奪われ、両腕を背後で縛られている。さながら死刑囚か儀式の供物か。異様な状況に置かれているにも関わらず、彼らは静寂を招き入れていた。
『メカクしをハズしてクダさい』
無機質な音声が部屋に響く。それと共に、彼らの背中からカシュンという音がした。無機質な指示に従うべく、彼らの両手は各々の顔へと向けられる。目隠しを力任せに剥ぎ取る者、丁寧に結び目を解く者、少しだけずらして周囲の様子を伺う者など、彼らの性格は多様性に富んでいるようだ。それぞれが、顔と部屋の構造を認識し合う。
「あ?何処だよ、ここ」
『シゴはキョカしておりません』
金髪の女が口を閉じるより早く、無機質な忠告が発せられた。それに対し、女は「やべっ」と思わず手で口を制する。その口調や見掛けとは裏腹に、どうやら聞き分けは良い様だ。他の者もそれに倣い、黙したままである。
『ジコショウカイをカイシします』
部屋の照明が消え、金髪の女にライトの光が差した。対する彼女は、怪訝な表情と舌打ちで返事をする。
「
ぶっきらぼうな六音であった。どうやら、無機質な何者かはこの自己紹介がお気に召したらしい。ライトが隣の男を照らした。次は、長身で筋肉質の青年だ。
「僕は
薬師とは打って変わって、人柄の良さそうな男である。彼への興味を失ったライトは、更に隣へと向く。そこに居たのは、茶髪で豊満な女だ。
「えと、あたしは
おどおどした印象が癪に障ったのか、薬師が露骨に舌打ちを響かせる。そんな事など気にも留めず、ライトは次の者を照らす。小太りの男である。
「ぼ、ぼくは
「は?何が可笑しいんだよ」
今度は真桑の笑い方が気に食わなかったのか、薬師が悪態を吐く。
「まあまあ、落ち着いて。」
苦笑いの大岩が薬師を制している間にも、ライトは移ろいゆく。眼鏡で華奢な女だ。
「私は
紫摩は、誰よりも丁寧にお辞儀を見せる。しかし、垂れた
「あ~……オレは
菊場はポリポリと頬を掻きながら、首だけでお辞儀をする。そして、ライトは最後の一人にスポットを当てた。神経質そうな中年の女だ。
「何でわたくしが最後なのよ!信じられないわ!」
『ジコショウカイをおネガいします』
彼女の軽いヒステリーに対し、無機質な促しが響く。
「いちいちうるさいわね、今しようとしたところよ!わたくしは
「おー、おー。見た目も若さも何一つ、アタシに勝てないおばさまがキャンキャン吠えてやがんの」
三度、薬師が他人の自己紹介に噛み付く。見え透いた挑発に、風間の顔はみるみる真っ赤に染まってゆく。
「はぁー!?アナタねぇ――」
『イジョウでジコショウカイをシュウリョウします』
無機質な締め括りと共に部屋の照明が点灯した事により、風間の言葉が遮られる。彼女は、それ以上口喧嘩を進めようとはしなかった。そんなつまらない事より、進行を妨げぬ事の方がよっぽど大事な事を知っているからだ。そして、その事は他の面々も良く分っているようであった。
『これより、ミナサマのフサイガク1000マンエンのヘンサイをカけたゲームをカイサイします』
無機質な開会宣言を聞いても、その場に驚く者など居ない。なぜなら、彼らは自分の意思でゲームの参加者となったからだ。そして、他のメンバーも自分と似た境遇であろう事など、想像に容易い事であった。
『ゲームはゼンブで7ステージ。ステージごとにゲームのナイヨウはコトなります。ミナサマには、ゲームサンカにサイし、カラダのブイをカけアってイタダきます。カクパーツのカカクは、ヒョウのトオりです』
天井から床に向けてプロジェクターの光が照射される。7人の中心に、体の各部位毎の料金表が映し出される。
皮膚(1㎠):100円
爪(1枚):100円
血液(1L):1万円
眼球(片目):2万円
片腕:4万円
片足:4万円
胃:5万円:
頭皮:5万円
頸動脈:5万円
性器:5万円
歯(全部):10万円
小腸:10万円
胆嚢:10万円
膵臓:100万円
肺(片方):100万円
肝臓:500万円
腎臓:500万円
心臓:1000万円
「はぁ……?片目が2万、片腕ですら4万……?こんなので、どうやって1000万を返済するんだ……?」
菊場が気だるげな問いを吐く。
「恐らく、ゲーム毎に倍率が設定されていて、上手く賭ければ儲けが出る仕組みなのでしょう。それに――」
「肝臓や腎臓が500万、心臓が1000万」
紫摩が言いかけた言葉を、大岩が続ける。
「えっ?し、心臓って……しし、死んじゃうよね?取られたら死んじゃうよね??」
うろたえる梅木に対し、薬師が眉間にしわを寄せながら大きくため息を吐く。
「びーびーうるせぇ女。嫌なら借金1000万そのままそっくり持って帰って、男に股でも開いてろよ」
「で、でも死ぬくらいならそっちの方がマシじゃん!わたしやっぱりやめる!やめます!!」
『ゲームにリタイヤはアりません。ミナサマは、ゼン7ステージ、サイシュウゲームまでサンカするギムがあります』
無機質な説明は、梅木の申し出を一刀両断する。
「えっ……?う、噓でしょ……?」
思わぬ返答に、梅木はよろめいて尻餅を突いた。
『サイシュウゲームシュウリョウジに、サしオさえとなっているカラダがカイシュウされますのでごチュウイクダさい。なお、ミナサマは1000マンエンのフサイがありますので、サイショに心臓がサしオさえられます』
「……流石にそれは洒落になりませんね」
紫摩が、中指で眼鏡の位置を直しながら呟く。
「でで、でもそれじゃ!ささ最終ゲームのあとで絶対死ぬってことだろ!!」
『なお、サしオさえられているブイはカカクヒョウのバイガクでカいモドすコトがカノウです』
真桑の心配を他所に、無機質な救済案が提示された。それに難色を示したのは、薬師であった。
「はー?つまり、アタシらは1000万返済しに来たのに、2000万稼がなきゃならねぇってコトかぁ?ざけんじゃねぇ!とんだぼったくりじゃねぇか!!」
「んー……本当にそうかい?要は、勝てば借金を返済できるどころか、プラスで外に出られるんだろう?僕は、多少のリスクは承知の上だけどね」
相も変らぬ薬師に反して、大岩は冷静そのものだ。
「はん!要はアナタたちに負けなければ良いのでしょう?わたくしは絶対に完済してここを出るんですからね!!」
「ぼぼ、ぼくだって負ける訳にはいかないんだよ!」
風間の高飛車な態度に、真桑が食い下がる。
「はぁー!?アナタなんか、どうせどこにでもいるひきこもりでしょう?ここで負けたって、大して人生変わらないんじゃないの!?」
「たた、確かにぼくはひきこもりだよ……!でででも、この借金はぼくが作ったものじゃない……親が勝手にぼくを、れれ、連帯保証人……?にした挙句、いなくなったからこんな事になってるんだ!だから、ぼくは何も悪くないんだ!!」
「はぁー!?そんなのアナタが――」
「あ~……運営さん、ひとつ質問いいすか」
頭に血を登らせた風間など意にも介さず、菊場が無機質な案内人へと尋ねる。
『キョカします』
それまで無機質だった音声に、はじめて意思が宿った。
「食事とかどうなるんすか?」
「そそ、そうだよ!ずず、ずっと目隠しで移動させられてたから、ぼく昨日の朝から何も食べてないんだよ!!」
菊場の質問に、真桑が食い気味に乗り掛かってくる。
『ヒツヨウなモノがあれば、ミナサマのシサンでコウニュウするコトがカノウです。ごショモウされるモノのカカクにつきましては、こちらからテイジいたします。なお、ミナサマにカカクのコウショウケンはありません』
「じじじゃあ、ハンバーガーとコーラだといくらなの!?」
『セットで1マンエンとなります』
「はぁー!?そんなの横暴にも程があるでしょう!定価の10倍以上じゃない!!」
真桑の問いに、風間が割って怒鳴り散らす。
「け、血液1リットルで買うよ!」
『カシコまりました』
風間の言葉などまるで響きもせず、真桑は即断で交渉を成立させた。
「……は?はぁーーー!?アナタ正気なの!?人は血液の半分を失ったら死ぬのよ!!血って体重のたった8%ほどしかないってコト分かってるの!!なのに1リットル1万円なんて、絶対割に合わないわよ!!」
「でで、でででも!たた食べなきゃ人は餓死しちゃうじゃないか!!そそ、それに食べたら血もできるだろ!!!」
捲し立てる風間をものともせず、真桑は自論で殴り返す。風間はぐっとこぶしを握ったが、すぐに開いて「好きにすれば!?」とそっぽを向く。
『ショウヒンがトウチャクしました。イコウ、真桑サマの血液1リットルはサしオさえとなります』
無機質な売買契約成立と共に、部屋の中央に位置する床が柱上に競り上がりはじめた。程なくして柱が天井に到達すると、中央部がガコッと音を立てて開く。そのくぼみには、真桑がオーダーしたハンバーガーとコーラが配膳されていた。
「へぇ~……こういう風に届くんだ……」
「ぼくのだからな!!」
「うおっ!」
菊場が物珍しそうにそのギミックを観察していると、真桑が必死の形相で食事に飛び掛かる。気だるげな菊場も、真桑の勢いには流石に気圧された様だった。思わず仰け反っている。
くちゃくちゃ、ズズズズズ。真桑は部屋の中央でカロリーを頬張る。無機質な気配は消え失せ、他の面々は、ただ真桑の食事が終わるのを待つばかりであった。
「これ何の時間だよ。地獄か」
堪らず薬師が口を開いたところで、真桑の租借音が止んだ。
「全然足りない……」
「ッ~~!おいブタ!!お前のせいで話が進まねぇんだよ!!!」
「そうですね。私たちは食事をしに集まった訳ではないので……」
薬師の怒号に、紫摩が眼鏡をいじりながら賛同する。他の者達も、何か言いたげに真桑を見つめている。
「わわ、分かった、悪かったよ……そそ、そんなに怒らないでくれよ」
真桑が名残惜しそうに柱から離れると、今度は駆動音と共に柱が天井から離れて行く。柱と床の違いが分からなくなったところで、ピンポンパンポーンという音が鳴り響いた。
『それでは、ダイ1ゲームのセツメイにハイります』
続いて、参加者宛に無機質な便りが届けられる。
『ミなサマにハ、こレから“鬼ごっこ”でアソんデイタだキます』
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