第15話 帯と襦袢

「ねえ志路さん、良子さん、どうしたの?」

 敷島さんが長い黒髪を揺らして聞いてくるけど何となくだから返事に困る。

 「太一の一番近くはあ僕だから」

 背が小さくて短髪なのが逆に女らしい良子さんが普通に返事してる、これでヤンキーに絡まれた男子を助けて五人昏倒させている武人で、服部先生や福見先生のお気に入りだとか。

 あの日父さんの前で名前呼びした私にすぐ気付いてくれた太一君、言っちゃおう-かなー。


 学校帰り川沿いを歩いていると委員長の敷島さんが耐えきれずに聞いてきた、いつものお喋りが出来ない。

 「男は一人で子供一億は作れるのよ」

 冗談めかして言ったけど、うわあ顔が熱い、由紀子さんそんな目で見ないでっ、良子さんは納得しないで!!。

 あの雑誌に書いてたのっ、読んでないの!、嘘だ嘘だ、太一君助けてくれる?。ああっ、終わってる私。


 あと少し、あの通りまで来たら自然に別れられる。あれ?今止まったバスから斎藤が降りてきた。


 「あれぇ、斎藤だー、おーーい、斎藤くーん何でバスから出てくるのー?」

 良子さんが声を掛けるとこちらを向いた斎藤が軽く頭を下げた、何だ常識は有る方なんだな。

 「さっきはごめんよ?、家、古着屋だからさ皆の目が気になるんだ」

 特に特徴は無い男の子、少し小太りな気がする体をすくませて、私をちらりと見ながら謝ってきた。

 目がきつかったのかしら?いやだ、気を晴らそうといろいろ考えてたから。

 

 「いいよー太一君が気にしてないから」

 あれ?、委員長いなかったよね?。

 「うん、いまさ、映画の美術担当の人に会いに行ったんだけど急用とかでキャンセルの電話が有ったんだ」

 「あーーー、なるほど」

 「委員長?」

 「太一君が言ってたしねー」

 今この町は瘴気と呼べるレベルで陰の氣があふれてるらしいし。

 意識や欲がないのに陰にとどまる厄介な存在だそうだ。


 「一緒に付いて行ってもいい?」

 「良いけど、志路さんが?」

 「皆でだよ、ちょっと太一君の用事」

 斎藤君の耳が少し赤いのを面白がって見ていたら良子さんに先を越された。

 「じゃあ太一君に連絡するね」

 あああっ、伏兵がこんな所にも委員長、あなたもなの?。


 「斎藤君もう一度確認するけど対になるような着物とか下駄とか無かったの?」

 またぁ、良子さんいつもぽやぽやしてるのにっ。

 「一緒に来たのは大人物の帯だけだよ?」

 「帯?」

 「うん、すごく良い物らしくて父ちゃんが喜んでた」


 「もしもし太一君、わたし由紀子、今大丈夫?、うんそう斎藤君に会っちゃった、うん、はい、解った皆に言っとく、じゃあね後で」

 「後でって何?」

 「ちょっ、ちょっと怖いわよ良子さん」

 「何でいつもかけてる風なの?」

 「志路さんまで、近い近い」


 「山田君は何て?」

 「二人ともはなれて、ちゃんと聞いてよ?」

 しょうがない後で問いただそう。

 「まず帯の事、太一君は知っていたよ、調べたら直ぐ分かったって、昔の樽廻船?、で母子の遺体が見つかって近くの神社に帯と襦袢を奉納したんですって」

 「今、帯はどうしてるの?」

 やっと入れた。

 「父ちゃんが帯を飾る額縁を作って貰ってるからまだ店に飾ってるはずだよ・・・盗品なのか?」

 「たぶんね、今いる所から斎藤君の家は真南になるから一度組合事務所に行って確認するって」

 「はーーーぁ、だから外国人がこんなの持ってるのは可笑しいって言ってたんだ」

 「目が眩んじゃったのね」

 「でも太一が絡んだから大丈夫」

 「なんで?、丸井さん」

 「太一の家は分かってるだけでも十代目、蔵もある」

 「そ、そんなことが・・・」

 「そんなこと言って知らないわよ」

 委員長に先を越された。あっ着信だ、これはメールだ久しぶりじゃないかな、誰だろう。


 「あっ太一君だ」

 私の呟きに良子さんが猫の動きで反応した、これはしょうがない彼女はよくスマホの電源を切ってるから。

 「追加情報ですね、関西からお酒を運ぶ船に密航してたんだって」


 「太一くん随分呑気ね?」

 「由紀子さん続きに書いてある、高利貸しの女性があくどい商人に娶られるときに連れ子の利用方を聞かれて逃げ出したんだって」

 「そんなこと分かるの?」

 「見つけたのが進水式に呼ばれていた祈祷師で不憫に思って調べたらしいよ」

 「昔から祈祷師は横のつながりが有るから」

 祝言の準備で祈祷師にも連絡が行ったのかもしれないわね。


 良子さんがこくこく頭を動かしてる、卑怯な動き、子猫に見えちゃう。

 「見つけたとき帯で子供を自分に巻き付けていた女性も穏やかに眠っていて悪い物には見えなかったそうよ」

 「ちょっと待って、それを引き離しちゃったの?」

 「いや、その・・そうなんだ?」

 委員長がきつめに言ったので斎藤君がしどろもどろになってる、メールがまた来た。


 「何で迂闊な会話を商人がしたか書いてある」

 「流石山田君!、それには気付かなかったわ」

 委員長の顔を確認してから続ける、委員長の家は保育園だから気が引ける内容。


 「高利貸しをする女性でシングルマザー、女の子は虐待に近かったそう・・」

 「何でそんな女がっ!!」

 「由紀ちゃん、落ち着いて、ほら、僕の頭撫でていいよー」

 良子さんの髪の毛は細くてふわふわ、いいなぁ。斎藤、それ以上引いたら許さないよ?。


 歩きながら時々立ち止まってメールを読む。

 「帰って来る気ではいたみたい、関東に親戚がいたそうよ、船の中の事は分からないけど即身仏になる位だから」

 「私は分かるっ!、子供にとって親は絶対なの、きっと優しくしてもらったのよ」

 何かを振り払うかのように由紀子さんが言った。


 酷い言い回しを思い出した、野良犬は世界を自由に歩けるけどそれを幸せとは感じない、けれど飼い犬は散歩に行くだけで有頂天になれる。

 亡くなってるんだ、いい話じゃない、気を引き締めよう。


 やがて古着屋さんが見えてきた、手前までは商店なんかが幾らかあってその外れの御店、前に数人の大人たちが集まっている。

 「父ちゃん、どうしたんだ?」

 少し恰幅が良いオジサンがこちらを向いた。

 「隆か、お帰り、ちゃんと合えたのか?」

 「今日はダメだって連絡が有った、それで皆どうしたの?」

 「ん~~、隆、中に入って見ろ」

 「店?、良いけど」


 挨拶もさせずに入っていった、気の利かない子だ。

 「オジサンこんにちは同級生の貴澄志路です」

 「私は敷島由紀子です」

 「丸井良子!」


 一瞬キョトンとした顔をしてから挨拶してくれた、親子だ。

 「隆の父の蓮太だよ、店に用事だったのかい?」

 「いいえ、祈祷所からの連絡できたんですけど」

 私がそう言うと少し体を固めて、やがて肩を落としてオジサンが呟いた。

 「何か有ったのかい」

 「帯です、確認に来ますから」

 「早いな・」

 「引きと言うらしいですよ」

 気落ちしたオジサンを見ていると周りが騒がしくなった。


 「隆君、無理はしないで戻っておいで」

 少し年配の女性が心配そうに声を掛けている。

 見てみると斎藤君がうずくまっている、あ、襦袢を出したけど祓った後だから、やっぱりこちらにはい出てきた。

 「志路さん、由紀子さん、覚悟はある?」


 良子さんが真面目な顔で二階を見ながら言ってきた、負けないわよ。

 「二階の部屋何かあるの?」

 私は良子さんに聞いたのだけどオジサンが答えてくれた。

 「娘が体調を崩して寝ているはずだ」


 「危ないの?」

 杉次さんの事を思い出したのか委員長が確認してる。

 「多分、時間稼ぎが必要なくらいには」

 「おじさん、二階にお邪魔しますね、斎藤君も来るのよ、御札あげるから」

 気負い過ぎて言葉が強くなっちゃった、太一君はまだ来ないわよね。


 ごねそうになったオジサンにもう直ぐ加々島の人が来ると言うと途端に大人しくなった。

 商売柄よく知っているみたいだ。


 「うわーホントだ苦しくないや、こんなのでもご利益凄いなー」

 カバンをオジサン達に預けて店の中に入ってすぐに皆スマホに御札を映して持った。

 斎藤が周りに向けて騒いでいる、何かウザイ。

 「斎藤君、此れ何だい?」

 店に入ってすぐに良子さんが右側を指して聞いている、見てみると棒と籠が置いてある、古着の中に混ぜるのは可笑しい物。

 「町人向けの和服が幾つか入ったからディスプレイ用の苗売りの道具を倉庫から出したんだね」

 「最近置いたの?」

 「帯を買い取った時に思いついたって言ってた」

 「良子さん何か気になるの?」

 私も嫌な感じが有るから聞いてみたけど勘違いみたいと歩き出した。

 「写真を撮っていろいろするんだって」

 斉藤隆、後ろを歩くな前に出ろよ君の家だぞ、階段もある、下は履いてるけど男はそれでも喜ぶらしいし。


 店の奥に着替え室を兼ねた六畳ほどの部屋が有ってそこに綺麗な帯が有った、落ち着いた白黒に見えるけど優雅な色違いの白糸を使っている、お母さんが強請ってたのに似ている、百を余裕で越えてたはず。


 良子さんが手を握ってきたから見てみると由紀子さんも握っていた、しょうがない斎藤こっちにこい。

 四人で手を繋いだら見えた灰色の煙が帯から二階につながっている、でもこれは弄っちゃダメなのよね。

 「何だこれはっ、え、皆、普通なのこれ?」

 「こっち系の古着屋なら慣れときなさい、それより二階に確認に行くわよ」


 流石に階段は気が付いたみたいで前に立って帯飾りの紐を皆で持って二階に向かう、太一君が言ってた人の思いってこういう事ね、同じ紐を皆で持っても呪氣は見える、工業製品の紐では駄目だった。


 着いてみると正しく部屋の中に煙は入っている、襖は開いていて中が見えるけど煙は布団の周りをまわっている、様子を見ているの?それってやばいんじゃない。


 太一君が言ってた呪氣は転じて精霊、妖精になるって、それが人を敵と見てたら私達なんて・・どうなるの?。

 「幸ーーっ!!」

 え?ちょっと、待ちなさい、こらっ、あああ引っ張られる、良子さん!。

 「なんで、なんで、だめよう」

 委員長まで!、五歳くらいの女の子の寝顔を見て二人が天バッタ、きゃあっ、攻撃された?、なんで私だけ?。

 良子さんが拳で守ってくれたから助かったけど、物理には見えないけど良子さんだし、うん。


 「お兄ちゃん?」

 「幸っ、大丈夫か?」

 「うん、しんどいだけ」

 「どうしようここから出さないとっ!」

 「駄目よっ、こいつが大人しい限り何もしちゃだめ!!、こらぁ斎藤っダメだって」

 ごきっ!。


 斎藤が幸ちゃんを抱きかかえようとした時良子さんが影をかいくぐって手套を斎藤の首に叩き込んだ、はやっ。


 今わかった、斎藤は陽キャだ家の理が隠してたんだ、位置的には呪術師と同じ、ただ此奴らは天然、滅多にいないけどいると周りを掻きまわす時が有るくらい真っすぐだとか。


 「このっ。こう、てや、ちょっと志路さんに向かい過ぎじゃない?」

 本当だ良子さんに向いてるようにも見えるけど大半は私に向いてる、私がみんなと違う事と言ったら、あっ、懐刀があった。

 慌てて左脇から刀を取り出すと、皆止まった、外では何かの声が聞こえるけど、灰色の煙も止まった、いや様子を見ている皆で。


 「兄ちゃんは何してるの?、あついよ、あれ?」

 幼女と委員長がこっちを見ている、ねえ?。

 「わんちゃんっ!」

 あんっ。


 銀色の子犬?、あの日の太一君の髪と同じ色の小さい子犬が私の脇から出てきた、斎藤、見てたら殺す。


 「きゃーわんちゃん、かわいいーー」

 あん、あんっ。

 あ、おい、なんか嫌だ、いやその子犬なんだけどそんなに懐いていかなくても。

 「志路さん、空気読もうよ」

 えーーそれは理不尽よ良子さん。


 「この子はお姉さんのコー?」

 「そ、そうよ、お兄さんの友達で貴澄って言うのそこ子は・・イチって言うのよ」

 周りの呪氣を見ても襲ってくる気配はない、いや良子さんが来そうだけど。

 

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