第11話 未来

 こおおおおおおおおおぉぉっ。ふぉうんっ、ごおおおおおおお。

 電子制御を捨ててツインキャブレターにして本当に良かった、思わず顔がにやける。女に見られたか。

 「本当にこの車が好きですね」

 窮屈な助手席でスーツスカートの女が微笑んでる、どこまで調べてるんだ?。

 「そこに座ったことは秘密ですよ?」

 先輩が怖いわけじゃ無いけどな。


 教師の車を表立って改造するわけにはいかず、トランクバーやストラットバーを入れる為に後部シートを外している最中に不良子に呼ばれたから助手席に乗せるしかなかった。

 しかたない、修理屋のおっちゃんもすまない。

 「わかってます今の彼女は福見さんでしたよね」

 「他に居たような言い方するな?」

 「ええ彼女が・・」

 「突き落とすよ?」

 何だか鳩尾がざわざわした、俺が?、珍しい。


 しゅんとしている女に声を掛ける、何か負けた気がして嫌だが。

 「もうすぐ見つかるから何とかしてって事だな?」

 「はっはいっ、私は出来るだけ被害が出ない様にと動いたんですけど、この車の前にコンクリートを落としたところを見つかってしまって」


 ここ迄くると信じるしかないな。

 「事の発端は何だい?」

 少し逸った様にこちらを見て話しだした。

 「私の時間で三十年前に潰れた神社から布が見つかりました」


 いきなり思い当たった、弟の博蔵が管理するはずだった勾玉を俺に預けるのは気が引けたのか叔母である当時の敷田恵子、良子の母に押し付けた。

 父さんも理由を知らない人が持つのも良いと、母さんが嫁入り道具の中に入れていた調伏布をそろそろ新しくしろと送ったらしい。


 恵子おばさんと母さんが布を持って神社に行ったら大騒ぎになったと笑っていたな。


 「眺目銅二郎ちょうもくどうじろうが生きているのはご存じですか?」

 「ああ、祈祷師の組合で下男みたいに扱われてる」


 信号が変わったから一速に入れようとするが引っ掛かる、遊星ギアがふるいからな。強化クラッチだから辛いんだがこれが良い。


 「驚かれるかもしれませんが二百年後に術師は一人もいません」

 「一人も?」

 「世界中でエクソシストも呪詛師も皆いません、私の時間の話ですよ?」


 へぇ、これでも物理の教師なんだ、興味があるぞ。

 「その後百年、術師自体知る人も居なくなっていたのですがある一家が代々語り継ぎました」

 「なるほどね」

 とっても解り易いな。


 「当時サイジ 眺目は小さな薬品会社を経営していました、私の調べでは術を使っていたみたいでそれなりに成功しています」

 「ふーん、暇に飽かしてやらかしたのかい?」

 「何かに守られるように開発されていなかった原生林の森の中にこの町を見つけました」

 「それで調伏布を見つけたのか」

 器用に身じろぎしてこくりと頷いた。

 

 「今の時間でも新薬開発を無重力でする計画があるそうですね?」

 

 コーナーに来たので少し攻めてみる、後輪のばた突きが少し収まってる、よしよし。


 「それを違う世界でしたらどうなるでしょう?」

 「成功したのか!」

 「それはもうほぼ完全な万能薬です」

 「すごいなそれは、今のうちにこび・・・駄目だな」


 「さすがですね服部さん、新しい病が現れました」

 「どんな感じの?」

 「総称はデケイ、日本語だと腐れ病でしょうか?」

 「万能薬は効かないよな」

 「はい、残念ながら」


 それでタイムマシンはいつ出るんだ?。


 「調伏布を調べていたサイジ 眺目は何かの残滓だけで新薬が出来たと確信しました」

 

 「タイムマシンはどうなったんだ?」

 少し話したりなそうな目をして返事をくれる。

 「ああ、そうでしたね、そこをいい加減に話すと辻褄が合わなくなりますよね」

 「これでも物理の教師だから」


 例のトラックが突っ込んでいた交差点で信号待ちをする。

 「この時代の人が言うタイムマシンは有りません」

 「それは微生物を使うとか異世界から引っ張るからとか言う話?」

 「いいえ、今の言葉にするとバックツーシップですね、過去にしか自力では行けません」

 「ふーん」


 信号が変わったのでウインカーを確認して右に曲がると慌てたようにアンジーが言う。

 「多分慎寿さんは勘違いしています、今ここからも未来に帰ることが自力ではできないんです」


 ちょっと横目で見てみると何かが狂ったという残念さは無く普通に講義しているようだ。

 「そのシップってどんなもの?」

 「色んなタブーが組み込まれたブラックボックスで構造は知りません」


 そりゃそうだ、大発明だろうし。

 「時間の流れは言ってしまえば無限の枝を持つ木のようなものです」

 「木?植物の?」

 「そう、宇宙が生まれた世界と生まれなかった世界、星が有る世界と無い世界、地球が有る世界と無い世界、人がいる世界と居ない世界、そうやって無限に世界を作りながら広がっていく訳です」


 廃ドライブインだ、メタンガス暴発とニュースで流れていたと修理屋のおっちゃんが言っていたな。


 「時間に捕らわれている存在は必ずどこかの分岐点に居て、前には無限の分岐路が有ります、進む方法が有っても目的地に行けると思います?」

 「物理の教師が言う事ではないけど、絶対に無理だな」


 蒲鉾コーナーのスリップ痕を目で追う、長っ、どんなスリップだ。


 「それでシャムと言う簡易シップを所々の時間に置いて引っ張ってもらって帰るわけです」

 「なるほど、多少失敗してもやり直せるからまず大丈夫と言う訳だ」


 展望所に着いた、聞いた話だと少し余裕がある、必ず生き残れる理由が有ってのんきにしている。


 「そんなに甘くは無いですよ、あの船は決まった時間にしか止まれません、それも一回だけ」

 自販機でコーヒーを買いながら聞く。

 「タブーとか言ってたやつかい?」

 「まず大前提でシャムの数に限りがありますし越えられる世界線にも限界があります。」


 他にもありそうで両手を合わせて呟いた。

 「さらに質量や形どころか電子、陽子の動き方まで同じ物が有ったとしたらどうなると思います?」

 「想像でしかないが、どっかーん?」

 「そんな感じだそうですよ、で、あいつらは複雑なパズルを組み立てながら勾玉を未来に残す道を見つけました」

 「それを君が破った、どうしてだい?」

 「もともと邪魔するつもりだったんです、けどあいつ等皆産業スパイで私ではどうすることも出来なくて」

 「帰れないんだろ」

 「!」

 買った缶コーヒーを渡しながら呟く。

 「そんな奴らが気を抜く瞬間なんてそれ位しか無いよね」

 「はい、シャムが見つからない所迄来てしまいました」

 「その病気で誰か亡くしたの?」

 「・・・・・・」


 そうか、良かった、話の流れ的に俺を嵌める事も有るかと思ったけど可能性に気付いていないようだ。

 俺が今死んだらどうなるか。


 ぷしぃ。

 ごくごくごくごく。

 ふーーーーーー!。

 かんっ、からららん。


 なんだアンジーさんそんなににらんで、お、なんだ、来るのか、逃げたらどうするんだ。

 「博蔵さんがアクション女優の山崎静香と婚約したとき服部の重荷を一人で背負いましたよね?。学校がらみのヤクザの事務所にこっそり一人で行きましたよね?、嫌われると知っているのに彼女の身を気遣って無理やり修行させましたよね?」


 おおう随分調べてるな。その恰好は銃でも出しそうだが?。

 「好きです!!サイン下いっ!!」

 出されたメモ帳とサインペンを見つめてしまった。


 「・・・・はい・」

 「いいのかよ!!」


 まったくこの先生は。

 「こんなとこ迄呼んでデート見せるためですか?」

 「おー太一来たか、・・どうやって来たんだ?」

 「今日は未だ月齢三日だそうですよ、あ違う四日だ」

 そう言って裸足の足を見せてやった。


 「お前人間やめるのか?、良子ちゃんに言うよ?」

 「帰りますよ?」

 「まあまあ、決着も付けないとだしなっ?」

 「何のですか」

 「パラドックスだよっ、俺が不可能だって言うのにこいつは聞かないんだ」

 「いつの話ですか!、新学年の挨拶の時の話ですよね」

 「この人が専門家なんだ一緒に聞こうぜ、な」

 「はー、すみませんこんな人でも僕の学校の教師なんです、僕の名前は山田太一です、初めまして。」

 「こちらこそ始めまして、アンジー タケモリと言います、よろしく」

 にっこり笑ったアンジーさんが大事そうにメモ帳を内ポケットに直して服部先生の方を見る。


 「なんですパラドックスって?」

 「俺が過去に行って親父を殺せるか、殺せないかって話」

 「それが?」

 「いやだから、俺が親父を殺したら俺は生まれてこない訳で、そうしたら親父は殺せなくなるだろう」

 「だから?」

 不思議そうにしているアンジーさんと何か間違ったかと考えている先生に助け舟を出してやろう。


 「アンジーさん、アンジーさんは今の話をどんなイメージで聞きました?」

 「可能性のある二つの世界の話を一つにしようと無駄に努力して遊んでいる、でしょうか?。」

 「なんか嫌な予感がしてきたぞ太一」

 「今言った事を箇条書きにして言葉を繋いでみて」

 「父親を殺せる世界も殺せない世界も最初からあるのに何をどう選ぶのか解りません」


 「夢がまた一つ消えたよ」

 「ふーん」

 「あっ、お前又言いふらすんじゃ無いだろうな」

 「先生がポエミーな事言うからですよ」


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