第7話 事故

 「あーーーっ、終わったーーー」

 警察署の出口で背伸びをする。

 「そうね、長かったわねぇ」

 迎えに来た両親も疲れた様子で呟いてる。

 「これで僕も自由だね?」

 「それは別よ?」

 「ええ!、あ、確かに昔っからって言ってたっ」


 「すみません、こんな事になるなんて思ってなかったんです」

 左の方から年配の男の声がする。

 「あんたね久しぶりか何か知らないけど大型車のタイヤの使用期限七年も越してたらバーストするのは当たり前なんだよ」


 警察署の裏の駐車スペースに置いてある前が拉げた大型トラックの前でオジサンがしきりに頭を下げている、前のタイヤがぼろぼろだ。

 どうやって持ってきたんだろう、ああ、奥に同じ大きさのユニックが止めてあるな。


 「明日又呼ぶかもしれないから連絡取れるようにしといてよ」

 「はい、はい、すみません。すみません」

 「信号機安い方でよかったね」

 二人いた警官の若い方が言ったのをオジサンの方が諫める。

 「事故に良い悪いつけるんじゃない!」

 「すみません」

 「事故書類持った?」

 「はい、持ちました、ありがとうございます」


 ネットで見たな、交差点には一本制御盤が付いたのが有ってすごく高いと言っていた。

 頭を下げながら夜道を遠ざかっていくオジサンを家族で眺めているのに気付いて何だか嬉しくなった。


 母さんがこっちを見ている気配があった、まともに見るわけにはいかない・・しまった、慌てて目を隠そうとしたけど手を掴まれた。

 「ちょおとっ見せなさい」

 そらしている僕の目を間近でじろじろ見られる、悪いことじゃ無いよね、ね。

 「どうしたんだ母さん?」

 「見てこの子、混ざってるわよ」

 「ええ!、どれ」


 洗面所で確認したけど黒目の部分が透けていた、猫の目みたいに瞳孔周りが透けてるのが良かったのに、スマホで調べたらイヌ科はシベリアンハスキー以外こんな感じだそうだ、そう言えばハスキー犬の目は独特だったな。


 顎を持たれて外灯に目を向けられる。

 「ホントだな、目とか体とか変じゃないのか?」

 「大丈夫、特には何もないよ」

 「ふ~ん、太一、こっち見なさい」

 「な、なんで?」

 上を見たままで返事をする、無理だぞ、むり。


 「警察でもじっと下を見てたわよね、何もないわけじゃ無いんでしょ」

 「め、目が、そう!、目が凄く良くなったんだよ、その、母さんのしわが・」


 空気が止まった。

 「ああーーーーー見て、奇麗な満月よーーー!!」


 音もたてずに離れていった母さんを見てこの手で行こうと思った時貴澄さん親子が警察署からでてきた。

 一緒に出てきた婦警さんを思わず見てしまう、凄く引き締まった良い体だ鍛える姿が見えるよう、いかんっ、裸のストレッチを想像した、志路さんと婦警さんが僕を見てる、ああっ、なにをするんだっけ、そうだ目を隠さないと。


 「この度はご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」

 「いいえ、とんでもありません、何時も助けてもらってばかりで、均衡というものも有るんでしょう?金利を払って娘も無事で良いこと尽くめですよ」

 「そう言って頂けると助かります、この後はどうされます?」


 大人の会話を聞きながら警官に突っ込んだ車まで案内したときに積んでもらった自転車を取ってくる。

 志路さんが来て二の腕を鷲掴みにされた、元気な人だけあって腕力があるな。


 「娘があのとおりで、今日と言う括りも抜けていませんし、宜しければ又お願いできれば」

 「勿論構いませんよ、ご家族はどうします?」

 「妻たちは祖父の家に行くそうです」


 今日は雑魚寝か、以前あまりの呪氣に帰ってもらえず祈祷所に泊まってもらって、家族で結界を作って寝た事が有った、広くて天井が高くて修学旅行で泊まったお寺さんみたいと志路さんが喜んでたな。


 「太一君、トランクに自転車入りそうだよ」

 「一緒に食事に行くよー」

 「いこう?志路さん」

 「うん・」

 「太一、明日学校休みな」

 母さんの機嫌が悪い。

 「母さん、なんで?」

 「解るだろう?」

 左の二の腕が強く握られた。


 「度の合わない眼鏡買うんだよ」

 「ほーい」




 ボウン、ボロロロ、ボン。

 愛車のAA-27で展望所に来たら先客がいた、早いないつもは夜半からだけど三人が話し合っている、気付いたようにこちらを見る。


 「こんばんはー、服部さん今日は早いですねー」

 おまえたちもな。

 「直ったんですかこれ、有り得ないっすよ」

 「ノンスリは流石に未だだよ今作ってもらってる」

 先日後軸がばらけた、幸いノンスリックデフが完全に死んだおかげか後ろ片輪駆動で帰ることが出来た、なにせ五十年前のトータが作った最後の鬼車、今で言うと軽四に百馬力エンジンを載せた純正車。

 走っていると窓が勝手に開いたとか、前輪の固定位置のボディーが割れたとかの逸話が有って歴史から消されたような車だ。

 エンジンはTGからTGE形に換装済みで無鉛ガソリン対応にした、吸排気アンバランスバルブのノイジーなツインカムサウンドは今の車にはないスリルをくれる。


 「さっきこの山の上に光るもんが有ったんすよ」

 「どんな?」

 私は両親に特別な施術をされてからあまり感情が動かないのを自覚している、ただ一つ気になるのがこの車なんだがコミュニケーションの意味位は知っている、いや弟に教わっている。


 「四角いような丸いような、ちょっとの間この上でフラフラして消えたんす」

 「その後はなんかある?」

 「いえ、三十分前くらいでしたけどそれからは何も・」


 この山は昔石切り場があったはず。確かリンが燃えるとかが多くみられると聞いた事が有る。

 「で、ここで観測してるの?」

 「まさか。純一たちが廃墟見に行ったんす、俺らはここの自販機小屋で屯ってたんすよ」

 「そうか、あ、と、先輩と期末試験問題の打ち合わせが有るんだ一回だけ降るんだけどくるかい?」

 「こんな時間に俺らは無理ですよ、遠慮しときます」

 「そうか、それじゃあ」


 砂利道では軽くなりすぎる古いノーパワステをくるくる回して出口に向かうと話し声が薄っすらと聞こえる。


 「あの人のタイム聞いたか、十五分切ったってよ、あのタイヤでだよ、185ないって」

 「175だったよしかもRSじゃなくてTS、単純に俺の半分以下のグリップだぜ?」

 「マシンとテクは永遠の鼬ごっこだって言ったプロがいたけどあれは何て言うんだ?」

 「俺この間三十五分かかった」

 「デート自慢出たよ」

 「それでもいいカッコはしたんだぜ」


 ここのタイトなコーナーにはタイヤの幅はデメリットになる、タイヤの幅自体の内輪差で立ち上がりのグリップ力が落ちる。

 第一パワー対タイヤ性能の明確な指標は出来ている、軸出力百馬力ではこれが限界。


 こおおおおおおおおおおおおおっ。

 英国製ツインキャブレターが小気味いい吸気音を出してくれる。

 六十度コナーを抜けるときにキンコン域に達した、いつもの調子、次が下りから平地への右ヘアピンカーブ、センターラインを守ると気を抜いたら止まるほどの速度になってしまうくらい鋭角。


 少し緩めにブレーキをかける、残ったグリップの余力でエンジンブレーキをかける、先にフルブレーキをかけると車重が前に寄り過ぎて後輪が死んでしまう。

 エンジンブレーキが続くように三速から二速に落とす、急にエンジン回転が変わると後輪がロックされるので踵でアクセルを踏んでエンジン回転を最適にしてからクラッチを繋ぐ。


 がおおおおおおおおんんん!!。

 アンバランスバルブが吠えるような音を出す、後三メートル、ここっ!。

 フルブレーキで車重を全て前に掛けてステアを右に切る。

 キャアアアアアアッ。


 テールが外に飛び出すタイミングでアクセルを踏み込む。

 タイヤの悲鳴がひびく。

 タコメーターが無駄に上がる、負圧計の針がレッドゾーンまで下がる、ノンスリックデフでは味わえない加速を待つ。


 デフとはデファレンシャルギアの事で駆動輪の真ん中についている袋状のもの。

 ノンスリック、NSD、LSDは限界を超えるとこの機能を遮断するもの。

 ノーマルだと馬力をかけすぎると片輪だけ空回りして後輪のグリップが極端に落ちるが無いと内輪差が吸収出来ずに徐行で曲がろうとするとエンストしてしまう。


 アクセルを調整する、テールが丁度コーナーの出口とそろった時パワーとタイヤグリップが調和した。


 ぎゃん、ぎゃっ、ぎゃ、ぐろおおおおおおああああぁぁぁん!!。

 腹に来るゼロ四十キロノンタイム加速。タコメーターは正常値に戻り負圧計が振り切り値に張り付く。


 タイム的にはノンスリは絶対に必要。だけどこの遊びは出来ない、明日は修理会社に入れるので今日無理をするんだ、先輩の家に行って素面では帰れない、先輩の住所も修理屋に伝え済みだし。


 九十度コーナーを抜けるとダブルS字コーナー、既にキンコン域は過ぎている、ブレーキは同じ踵アクセルも同じフルブレーキも同じステア回しも同じ、此処でアクセルを耐える、AA27の柔らかいボディーが曲がる、歪む、前だけが先行してコーナーをトレースする。


 最後の右コーナーで僅かにアクセルを踏む、安定したところで一気に左に切ってアクセルに蹴りを入れる、百馬力だからできるフルスロットルの力技だ。


 暴れるテールを先読みしてステアを切る、ベテランのノーマル車操作、技ってやつだ。


 なんだろうな此奴と走る時だけ気分がよくなる。


 次はかまぼこ左高速コーナー、これに今までの感覚で突っ込むと外にダイブする、それでも突っ込んで此処で更にアクセルを踏めるかどうかがライン。


 ぎゃ、ぎゃぎゃぎゃ、きゅきゅっ。


 おおっ、眩しい、センターライン超えてきやがった、このっ、楽しい先輩の走り屋講座そのいちぃっ。

 「どこでもフルブレーキ」

 左に回り出した車体と並行する様に相手も回ってくる、チェンジは既に二速だ、横を向いた車体は倍の制動力を得る雨なら。

 アクセルを目いっぱい踏んで右に切る、相手に向かって。

 後輪が空転してテールが時計回りに回る、相手とコンクリートの隙間にノーズが向く、アクセルから力を抜くとグリップとのバランスが取れる。


 キャキャキャキャッ!!、ぐおおおおおおんっ!!!。


 無事走り抜けてバックミラーを見る、純一のS14だ、バンパー落ちてるな、当たってないけどどうしたんだ、この辺は正確に分かる。

 子供の頃から鍛えられているから間違いは無い。知り合いと言うほどでもないし恥は見られたくないだろう。

 アクセルを踏む、今回はタイヤ一組分まで出してくれてフルブレーキの練習に付き合い迄してくれた先輩に感謝をしよう。

 金出すからクーラーつけろって言ってたな、付けれるのか?。


 ちょっと気落ちして、それでもコナーを攻めているとつづら折れに来た、普通に後輪を回していると白い車のテールが見えた。

 流石にどう動くか分からないからスピードを落とした時、嫌な気がした、車を止めてギヤをバックに入れて様子を見る。


 どーーーーーーーーーーんっ!!。


 爆発音だな、あいつら何やったんだ、いや見たわけじゃ無いな。


 ばらばらばら、がんっごとごと。

 目の前までコンクリートが落ちてきた、ちょっとバックしとこう、あっ下から上がってきたタクシーにコンクリートが当たった。

 そのまま走ってきた、血相変えてるな怒っても災害だから。

 もう落ちてこないのを確認してハザードランプを点けて外に出る、ちかちか光るランプが夜道を少し照らす。

 古い車の発電機は弱いから無理はさせない。


 大き目のコンクリートの欠片や危なそうながれきを道の外に放り出す、ついでに白い車も見たけど誰も乗っていなかった。

 ガードレールを突き破ってるし、事故で本人は降りたのか。


 嫌な空気になったな、二度ある事は三度と言うし、大人しく降りるか。


 下まで降り切って一つ目の交差点にフロントが潰れたトラックが歩道に突っ込んでいた、おおー。


 グッジョブ俺。


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