第5話 懐刀《ふところがたな》

 「じゃあなー」

 「おーう、チャリ忘れんなよー」

 「朝電話してくれ」

 「予定帳に入れとけぇ」

 確かに合理的だ。


 帰り道の穢れを散らす。その為に歩いて登下校している。

 当然決まったルートはない、遠回りもする、これが呪氣、と言うより邪氣だな、そいつらの所為でさせられていたとは。


 父さんが言うにはよその町の氣はこんなに濃くはないらしい。結界の所為もあるけど邪氣がいると穢れが強力になってくるみたいと言っていた、食われてるらしい。


 食われてるんなら良いじゃないかと思ったら陰も陽も食うのがだめだと。

 生物は残念ながら陰の氣が多い、減れば減るだけ補充できるほどに、そして両方同じ数を食われると、最後が見える様だ。

 綺麗な水では魚は育たない例えが有る、奇麗だからではなく体内外で雑菌が繁殖しやすいからだそうだ。

 その上で耐性進化していると大変だな。


 両親は常に組合と連携を取って解呪しているが鼬ごっこだったらしい。

 そう、いい知らせも有って、少しは報告が減ってきている。最悪祖父母の招集になる所だが留まれると言っていた。


 母方の祖父母は未だ島にいる頑固夫婦だ、正直怖い、よかった。


 「喜澄さん来てるな」

 家への一本道に入った時に気が付いた。

 家の土地ぎりぎりに車を止めている、嫌なことを思い出した。

 「引き」に当てられる人は気が弱い人や良い人つまり気を使う人が多い。


 玄関扉から車を見ると林との僅かな隙間に布が落ちている、あれが調伏布ちょうふくふなら大変だ。

 そう思った時に膝の裏や脇の下、首筋から血の気が引いた。

 首を捻って祈祷所を見ると母さんが血相を変えて出てきた。

 「志路さんいる?」

 「いない!」

 食い気味に返事をした。

 「あんたを待つってそこにいたのっ!!」

 悲鳴に近かった、最悪を理性が隠している、そんな空気が伝わった。

 僕が首を振ると何かを投げてきた。

 「それを持って探して、あんたなら見つけるはずだから」

 まて、まて、まて、何を投げた!!。

 それは薄っすらと銀色に光るどう見ても獣だーーーー!。


 「重太出番だ、ひぃ」

 しかし持ち上げた自転車には小さな振動しか伝わってこなかった。


 ことん。


 「何してんの確りしてっ!!」

 駆け寄った母さんが拾ったものは綺麗な布で巻かれた俗にいう懐刀だ、なんで???。


 「守り入れ、を頼まれてたの、志路さんの氣が十年分は入ってるわよ!」

 そういう事じゃないけど流れは解った、懐刀をひったくって自転車に飛び乗った。

 家に内燃機関を操れる人はいない、皆原付の免許すら取れない、そう取れないんだ、何かのバランスを取るように。


 自転車を漕ぎながら反芻する、落ちていた布は良子さんの調伏布だ、結界に触れても被っていれば問題ない、だけど結界に触れたまま脱いだとしたら。

 そして今日は昨日より暖かい。


 未だかつてこんなに必死に自転車を漕いだことは無い。国道を走り住宅街を抜ける。

 ルートから見てあいつ等違う空間を利用して移動しているみたいだ。

 ジグザグになっている。壊れたミシンで出来た縫い跡の様に。


 信号が赤になって焦ると左に曲がる。


 懐刀を手にして分かった、志路さんはかなり僕達よりの氣を持っている、刀が隠していて僕も解らなかった。

 追い抜いた犬の散歩をしている女性が怒っている、ごめんなさい。


 気を食われるのはいい、それは時間が治してくれる。


 邪氣は人間に興味は無い、・・宿主に食事が必要と気が付いたら?。今迄使い捨てにしていた宿主を効率よく使おうとしたら?。


 足が痛い、太ももが重い、古武道の修行で覚えた暗示をかける。


 痛みは友達だ、答えれば益をくれる、もっとこい、そうだ痛くなれ、俺の体が答えてやる。


 息が苦しい吸っても吸っても苦しい、吐くのが辛いほどに、器官が枯れて痛み出した。

 それでもあいつを見失う訳にはいかない、ずっと前を走る銀色のオオカミ。


 息をすると器官がすれて激しく痛み出したころに上り坂に行きついた、旧国道のハイウエーだ、絶望が胸を締める。

 それでもスピード対エネルギー比は自転車の方がいい。

 すぐに後悔した一度止まったのが悪かった、踏み出した足に全く力が入らずに自転車ごと倒れてしまう。


 転げだした巻き布を手にしたところで動けなくなった、どれだけ息を吸っても足りない、頭が膨れ上がった気がする、顔がはれる。

 あいつは?、くそ、見えない、どうする、どうやって探す?、とにかく立ち上がらないと、ちくしょう足が動かない、何でだ、何のための修行だ、うごけ!!。


 涙が伝うのを感じたときにそいつは目の前にいた、僕には邪氣と同じに見える銀色のオオカミ。


           ーーーーー私には体が必要だーーーーー

 はっきりしない意識に理解できた。


           -----お前には力が必要だーーーー

 奴らと同じ存在だからこそ安心した。


 「わかった、受け入れるよ」

 声になったか自信が無い、膨れ上がった肺を無理やり絞って声を出した。


 前を見直しても目の前には暗く傷んだアスファルトだけが見えた。


 跪いた姿勢のまま感じた。間違っていなかったと、犯罪者も警察も同じ人間なんだと。


 膨れ上がったままのはずの肺で更に大量の空気を吸う、足に力がみなぎる、背骨が伸びる、ズボンが縮む、心臓は既に正常になっている、肺に溜まった空気を吐き出す、煙が出るほど熱い。


 匂いを追う、直ぐに分かった、懐刀をシャツの中に入れて自転車を起こす。

 跨った時に気が付いた、今日は満月だ。


 「やらかしたな父さん」

 太くなった自分の声に驚いて、すぐに苦笑がもれた。



 前をタクシーが走っている、軽快にコーナーを曲がっている、ストレートで加速したときに追い抜いた。

 ビビってるビビってる、二メートル近い大男が小さなママチャリで追い抜いていく。都市伝説だな。

 走った方が良いかもと思ったけど人としての矜持が有るし返さないといけないから。


 しかし何という高揚感、爽快感、「俺」だけじゃないあいつも喜んでいるのが分かる。

 「ははははは、わぉ、はははは、おぉおん、ははははははははっ」

 笑いが止まらない、遠吠えになりそうなのをこらえて笑う。


 重太の自転車はよく耐えている、さすがは高かったと自慢しただけは有るな。

 「はっはははは、おおん、はははは」

 葛折れに来た時に匂いが脇道に続いているのに気付いた、白い車が脇に突っ込んでいるし、沢山の獣の匂いがする。

 上を見ようとしたときにめまいがした、色の付き方が可笑しい、形が《薄く》感じる、何だろう見え方が変わっていく感じがする。


 自転車をガードレールの裏に停めて獣道を走る。

 暗いはずだけどよく見える、獣の目が暗所で光るあれが出来たのか?何かは知らないけど。


 前準備なしに右の木に飛びつく。

 ぎゃうんっ!、ギャンッ、がああぁぁっ!。

 木の裏にいた奴の頭を掴んで持ち上げたけど、大きいな人サイズは有る犬?、骨格が少しおかしい、あ、踵が有る。


 回りにまだいる、二本足で立って、覚えたのか、何を使って?。

 さっきの車の人か?犠牲者が出たのか?。嫌だぞ。

 何か催促された。


 飛び掛かってきたやつを右手で掴んだ肉壁で叩き飛ばす、なんて力だ、いけない先にこっちだ。

 こうか?、何かに聞きながら掴んでるやつの口をこじ開ける、泡拭いてるな。


 其の時に俺の体から銀色のチリが出てきて犬の口の中に入っていった。

 周りの奴らは上に逃げて行く。

 上には確か古いドライブインが有る、とうに潰れてるけど、男の人の声がする、廃墟探検か!!!、前にここの動画を見た。

 やばいぞ、そう思って下を見ると普通の雑種犬と紫の玉が転がっていた。犬は生きているみたいだ。

 気配を探っても他には何もない、球を拾って上に駆けあがる、母さんなら何かわかるかもしれない。


 ほぼ崖の斜面をジャンプしながら駆け上がる、木を足場にして次々と、見つけた、いや、はっきりと感じた、ここにいる。

 三メートル、五メートル、八メートルまだ余裕がある十メートルを飛んで建物の屋根の上に着地した。

 青年たちが邪氣の獣に囲まれている、警棒とかスタンガンを持ってるやつもいるな、見ればわかるヤンキー系だ。

 男たちは四人、邪氣犬は三頭。

 今のところは拮抗してる、邪氣犬が慣れてないだけだろう、スタンガンを当てられても少しビクつくだけだし、特殊警棒は殴られても無視しだした。

 

 「ふざけんな!、おらあ」

 何の捻りもないヤクザキックは簡単に細く長い指に捕まった、そのままおもちゃのように振り回される。


 おおおおおおおおおおぉんんんっ。


 威嚇するつもりが遠吠えになってしまった。


 ごまかすつもりでブル-シートを抑えていたコンクリートブロックを投げる、約三十メートル、真っすぐ飛んだブロックが男をブラ下げている邪氣犬の腹にクリーンヒットする。


 ぎゃいん、ぎゃん、ぎきぃん・・。


 ヤンキーを落として五六メートル吹き飛んで苦しんでいる。


 邪氣犬を含めて皆こちらを見ている、なにしてる?、さっさと逃げろよ。


 ぐるるるるる。

 ぐおおおおおんん。


 「何だ有れ」

 「何かしたのか?、あれが」

 「痛ってー、何じゃありゃあ」


 しかたない。

 -恐れ思い次ぐ人の人ー


 「ねーー、人子よ、おれらのいるときではない、立ち返んかーーーー!!!!」

 そう叫んで二十メートルは有る屋根の上から近くに向かって飛び降りてやった。


 まだ空中にいる間に転げるように車に向かっていく、逃げやすいように止めてんだからさっさと逃げろよ。


 「やばいやばいやばい、この、かかれっ」

 「早くしろこの馬鹿ッ」

 「くせえぞ」

 「うるさい!、あれは違う、あれは違う、このっ!!!」

 きゅきゅきゅきゅるるるる。

 ぐおおおおおんんっ、ぶおんっ、ぶおおおおおお、がんっ、がしゃがしゃがしゃ。


 ガシャガシャうるさいな、門にぶつけやがった、バンパー引きずって走ってる。


 今転がした奴の口に銀の粉が入っていくのを確認して前を向く、匂いで分かる。いや、ちゃんと見える。


 自然に口角が上がった。

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