第4話 引き

 自転車のライトをつけて家に向かう、さっき家を覗いてたおばさんに呼び止められた、不動産屋さんと下見に来た杉次夫妻に言わなかったことが気になっていたらしい。


 「告知義務って有るんでしょう?、変に口出しして嫌われたら嫌だし、結構怖いのよおばさん組も」


 そう言って後ろに見える杉次さんの家を見ていたので全て綺麗になりました祈祷師さんも会心の出来だって言ってましたよ、そう言うと凄く嬉しそうにしていた。


 幸子さんにいろいろ見て、納得してもらったし引っ越すなんて言わないと良いな。


 住宅街に入る道からそれると僕の新居を覗いてる母さんが見えた。


 「ただいまー」

 キーーー。

 「お帰んなさ・・・!、ばかっ、なんてもんポケットに入れてんの、早く出してっ」

 「しょうがないよ、調伏布ちょうふくふなんて普段持たないもん」

 自転車に跨ったままポケットから手袋を出して、その中から桐箱を引き抜いて渡した。

 「わっ、た、た、た、この、でや、、・ふう」

 一回呪氣を膨らまして慌てて押さえつけたな。

 「解ってたんじゃないの?」

 「あたしが見えるのは太一だけ、あんたの気が上か下かぐらいしか解らないわよ」

 まあそんなもんだよな、重太、何かすまん。


 「そうだ、これどうなってんの?」

 そう言ってカバンから拉げた百均の籠を出した。

 暫く眇めで見て気が付いたようにいう。

 「あんたねぇ、早すぎて説明が間に合わなかっただけよ、最終的にこれを呼び出して使うのよ」

 ユニットバスをコンコン叩いて言う、何言ってるのか分かってるのかな?。


 「何言ってるの?」

 「あんたこそどうしたの?、今日使ったんでしょ?」

 そう言って何かを引き抜く動きをする。

 「碑氣抜き《ひきぬき》?」

 「そうよ、あれが出来て何が不思議なの?」


 しばらく顔を見ていたが本当に分からないみたいだ、天才はこれだから。

 まあ家的にデフォルトなのはわかった。


 「一般的じゃない事は最初に行ってよ心臓の寿命が縮むから」

 「それが難しいのよねー」

 共感できる自分が嫌だ。


 母さんのジーパンの汚れを見ながら愚痴る。

 「僕が来れたら一番楽なのに」

 「あんた学校に行ってんでしょ、出来るわけないじゃない可笑しなこと言わないでよ」

 何時もと違って強めの口調だ珍しいな。


 「これ片付たらご飯だから」

 「ほーい、手と歯を磨きまーす」


 自転車を玄関前に停めながら聞いた。

 「またどこか行ってたの?」

 「そうね、あれは話しといた方が良いわね、ご飯のあとねー」


 歳は三十六、顔は普通より上、スタイルが良くて一つ結びの長い髪を揺らして歩いていく。心配なのはネットのせいだ。


 ガサ、ガサ。


 住宅街の方で何か音がした、林の中か?。

 目を凝らすと影がいる、ひいっ、やめてくれ、何だよ、来たら自転車で殴ってやる、重太ごめんっ。

 昨日薄っすらと感じてたのと同じ気配がある、少しして影の気配が退くように消えていった。


 「はあぁー、何だよあれ」

 呪氣の固まりみたいに感じるのにはっきりと外灯の影が出来ていたし、こちらを伺っているように見えた。

 初めて見る存在。これも話に入ってるのかな?。

 

 晩御飯が終わって、風呂に入って出てくると両親はソファーに座って待っていた。


 「そんなにきつい話なの?」

 雰囲気が怖いって。

 「話したからって何か変わるわけじゃないんだけど、正確に話そうと思ったら緊張しちゃうわね」

 「ややこしいの?」

 「まだ話せないことも有るのよ、今日碑氣抜き《ひきぬき》したんでしょ?」

 「そう?、じゃあ話せる範囲でも」


 そう言って話してくれたのは概ね今日僕が体験したこと、違うのは母は違う理の空間とつながると言う事。

 僕が家で指導されるのは祈祷所の結界とより強くつながる方法らしい。


 そして最後に聞いたのは少しやばい。

 四年前に悪徳商事から預かった呪物を祈祷する際に違う理の呪氣を引き込んでしまったそうだ。

 「こちらに引き込まれた奴らはすぐに結界に弾き飛ばされてね、しかも煙の様な存在なのに意志が有って中々捕まらない」

 「何匹か捕まえて確かめたらこちらで養分を取るのはほぼ不可能みたいで、そこだけはよかった」

 「煙なのに匹?」

 「気付くわよね」

 夫婦で目配せして続けた。

 「実はそいつら進化しててね、犬ぐらいなら細胞に寄生して操るようになったのよ」

 「うわぁ、被害とかは?」

 「この町にいる限りエサは私達だけ見たい」

 怖いことをってなに?。

 「まって!、・・僕が外泊できない理由って」

 「呪符の効果が切れるからよ」

 手袋かっ。

 ジーーーザス!!!。で良かったっけ。




 ああ、学校に着いてしまう、昨日の母の最期の言葉がよみがえる。


 「今日、色々話をしようと思ったのはアナタが自転車を借りてきたからよ」


 母が言うには物事には引きが有るんだそうだ、泣きっ面に蜂なんて言葉があるぐらいに普通に起こる事らしい。

 そして僕は人の物を殆ど借りたことが無かった。


 とどめが歩いて学校にきてしまった、自転車登校なんてしたこと無かったもの!。

 「近直なんかあるのかなー、はあぁ」

 誰かが走って来てる。見ない見ない。

 「たーいーちー、自転車どうした、自転車」

 「すまん、歩くのが癖になってる」

 「げーー、・・そうだゲーセン行こう、ゲーセン」

 「そんなに持ってないぞ」

 「いいよ、一気に帰ると疲れるからさ」

 新しいGグレイザーの筐体の話をしながら学校に向かう。


 昨日の影の事を考えてしまう、父さんが吸血鬼がオオカミを使役した話に似てる、と言って母さんにはたかれてた。

 祈祷師最大のタブーだそうだ、何でも「見極める前の想定は事実をゆがめる」と言う戒めがあるらしい。

 祈祷師の場合深刻で十で済む被害が百にも千にもなると言っていた。


 「なあ太一、気になってる事が有るんだけどさー」

 「なに?」

 トーンを落としたので緊張する。

 「悪徳商事ってなに?」

 なんだ、やっぱりこいつは必要だな。誰かに話して楽になりたかった。


 「だいぶ前に家にお払いの依頼に来た人でさ、偉そうに国の偉いさんの顔を立てて来てやったとか難癖付けまくる人」

 「おおおー、勇者だねえ、父ちゃんがやったのか?」

 「その時は追い返しただけ、けど半年後だったな、愁傷な態度で呪物のお祓いを依頼に来たんだ」

 「それで何で億になるんだ?」

 「詳しくは知らないけど父さんの実家を利用して浮気を匂わして家を引っ掻きまわしてトラップだらけの呪物を持ち込んだんだって」

 「それで損害賠償?」

 「完全に潰したって、一銭も貰ってないけど負債は百億超えたらしいよ」

 「商事会社なら何とかなるんじゃないか?」


 潰したって言ったからか少し不満顔だ。

 「町の人巻き込むトラップでさ父さんが切れたんだ。全部清算した後、再度調達した資金を吐き出させた後の負債額だって」

 「うええええ、生きてるのかその人」

 「父さんは黙ってた」

 丁度昨日聞いた話だ。



 教室について挨拶をしながら席に向かう。

 「おはよー」

 「おー」

 「おはよう山田君」

 「おおう、おはようどうした志路さん」

 「今日お家にお邪魔するの、華子様にお会いすると思うと」

 喜澄家は先代一人でのし上がった会社でその分恨みもたくさん買う、中には家族を狙うものもあるわけで、何度か家に来てる。

 そのせいか家の信者になっているみたいだな。

 「はは、あ、二郎が入ってきたぞ」

 「二郎、二郎、昨日さー」

 「お、おはよう、なんだ皆して」

 由紀子さんや良子ちゃん志路さんに詰め寄られてたじろいでいる。羨ましい。


 「それでお祓いは終わったのか?」

 「いや、重太うちに辿り着けないだろ?」

 重太が椅子を跨いで後ろを向くので答えた。

 「そうなんだよなー確かに目印の木を曲がったはずなんだけどなー」

 「祈祷所の結界で閉じ込めてるんだって」

 「危なくないのか?」

 「林の方に閉じ込めてるし人に興味は無くなってるらしいよ」

 本当はこの町に閉じ込めてて結界が有るのは祈祷所の方。

 「なんだ、大丈夫なんだな」

 「うん」


 僕たちの気はよだれを垂らして見てるけど。

 重太は、少し染まってるな、皆も視とこう。


 「太一いいい、昨日柏手打ったってーーー!!」

 怖い怖い真っ赤な顔で詰め寄らないで。


 目の隅で女子が集まっているのを見る。男の子だもの。

 「良子さん可愛いーー」

 当たり前だ、どれ。

 ウザイ男の顔を押しのけてみると良子さんが肩掛けをかけている?。

 「昨日の事が有ったし家の周り夜は未だ冷えるんだ」

 ああなるほど調伏布だ、土蔵にでも仕舞ってあったのだろう。

 丸井家は二代前にこの町に来ている、蔵は二つ有ったはず。


 「今日道場に来てくれよ、なあ」

 「いやだよ、まぐれだって言っただろう」


 父さんの事を知った二郎にせがまれて型を見せたら襲ってきた、最初はじゃれるような物だったが段々興が乗ってしまった。

 祈祷師が習う古武道は空間を歪ませるチート技、それを週一でずっと習っている、負ける要素が無かった訳で、気が見えるから先が分かるし。


 家に帰って話したら父さんが腹を抱えて笑いやがった、若いからなーって言ったのを今でも覚えているぞ。二度とやらん。


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