第3話 ちぎり箱

 「これが二階の押入れ、天袋?に落ちてたの」

 奥にある仏間、そこにある仏壇の引き出しに入れてあった。

 印を血で書いた和紙で巻かれた一房の髪の毛、確かに念は入っている。


 「有難う、みんなと一緒に居て」

 「うん」

 幸子さんがセミロングの髪をなびかせる速さで部屋の入口まで下がる。


 「そうだ、皆電池は大丈夫?」

 電池じゃない、父さんが言うから移ったな。

 「あ、私のやばい、暗くしとこう」

 「ねえ、あたしも貰えない?」

 「いいよ、送ったげる」


 軽いなー、これが見えてるのに。

 僕が卓袱台に呪物を置いたのを見て一応スマホを掲げている、纏まっているせいか氣は皆に届かないが渦を巻いたり、蜘蛛の手のようになったり仏間いっぱいに広がっている。


 呪物は授業で習った核融合に似ている、呪物を媒体にいくら散らしても次々出てくる、ただ目標が大きいと比例して力が弱まるから一定の結界を利用する。

 塀だったり荒縄だったり池の様な括りがあるところ、家も当然。


 「それじゃあ始めるよ、いい?」

 「いいよー」

 皆でスマホを掲げている、何かテレビで見た気がするな。

 実際効果が有って氣が散らばるのを抑えてくれているし友達が見ている安心感は確実に力になっている。


 「うわあ!凄いっ、きゃあぁ」

 僕が意志を向けると呪物の氣が暴れ出した、気持ちは悪いけどクラゲと変わらない、いてっ、偶にピリッと来るな。

 「皆も大丈夫だからね、母さんが定期的に念を送っている札だから」

 「ホントだ、手が届くとこに来ない?」

 幸子さん新鮮な反応有難うございます。


 さてどうしようか?、母さんはフェイクって言ってたけど信じちゃいけない、日本語も怪しい人。

 これは明らかにトラップだ。呪詛の氣は髪の毛から二階に伸びている、もし髪の毛を持ちだしたら繋がった氣が呪詛をまき散らしながら広がっていくところだ、どんな恨みがあったのやら。


 しかしこれを何とかしないと皆が二階に上がれない、荒縄で汽車ごっこが出来れば別だけど。

 二つ持つのは不可能だし時間が経ち過ぎている、近づけると何が起こるか分からない、恥ずかしいけどポーズをとるか。


 「あれ?、良子さん、見えないじゃない」

 「由紀子ちゃんなんで、え、見ちゃダメ?なんで」

 「・・・くそう・・」


 大きく大の字に体を広げて氣の動きを捕まえる。何か前に光ってるとか言われたな、おっと今は集中、ゆっくりゆっくり、散らばった羽毛を押し固めるつもりで、小さく、少しずつ、小さく、もう少し小さく。小さく。


 「幸子さん、この後すぐに二階に行きます、いいですね」

 「はいっ、そのつもりですっ!」

 「皆も用意して」

 「おう」

 「「「「せーの」」」」

 言葉が背に乗ったのを確認して気を込める。

 「ふんっ!!!」

 ばしゅううぅぅぅぅぅっ!。


 最後に指で囲った髪の毛が煙を上げて灰に変わった。

 呪物の氣を完全に散らすとこうなる、核廃棄物もこんな感じなのかな?。


 万が一を考えて言霊も使った、修行をしていない皆は何を言っても効果が変わらない、同じ言葉を同じ思いで言う事が肝心なんだけどうまくいったみたいだ。


 「なに?どうしたの、あ、山田君、どうしたの!、何其の灰、汚い」

 「これは残骸ですもう掃除機で吸っても大丈夫ですよ、それじゃあ二階に」

 「は、はい、こっちです、お母さーんごめん掃除しといてー」


 仏間を出て左に行くと右に階段があった、上を見ると台風の写真の様な呪氣が籠っている。

 「突っ込むから四方を守って、行くよ」

 「おう!」

 「「「はいっ」」」


 「きゃあぁっ、何よこれぇ、灰?」

 ごめんなさいお母さん、副産物なんです、しょうがないんです。


 さて、景気づけに言っても別に走れるわけじゃない、特に僕は呪氣が見える分前が見えない。

 少しして異変に気付いた、呪氣が膨れ上がってきている、しかも下を狙うように動いてる、巨大な蛇のように。

 しょうがない、今日は厨二病の大盤振る舞いだ。


 「皆止まって、しゃがんで、いい?」

 僕が直立したので皆すぐに反応した。


 「皆しゃがんだわよっ」

 「じゃあ耳をふさいで」

 「あれ?良子ちゃんそれは私の目よ?」

 「僕はいいの、志路ちゃんは見ちゃダメ」

 「え、私もダメなの由紀ちゃん?」

 「俺が委員長の耳塞ぐのか?、俺の耳は?」


 「加々島の宗家、加々島華子の言う、退きませーっ!!!」


 大きく広げた手を前に振り柏手を打つ。

 ぱっーーーーーーーーーーーーーんっ!!。


 僕には普通の音なんだけど皆には気持ちが悪くなるほどの轟音に聞こえるらしい、重太が耳を押えて蹲っている、うん男だねぇ。


 見やすくなった二階を目を凝らして見る。


 「ちょっとーなぁにー今の音ぉー」

 結界内に均等に音が広がる、昨日の動画どうりなら家の中で済んでるはずだ。


 「なんでもなー、くない、ごめーん、壁を壊すかもー」


 物からも僅かに氣は出ている、それを読んで一番柔らかい所を見極める。

 どーーーーんっ。


 「ちょっと待って、何の音、ねえ?、幸子ぉっ!」

 お母さんが駆け上がってくる。


 僕が蹴り割った壁から桐の小箱が落ちてきた、みんなが慌ててスマホで囲む。


 「なんで?、どうして?、うそ」


 「ただいまー、なんだー、おーーいい、早く帰ってきたぞー」

 「おと~さーん、二階、早く来てー、見つけたノー」


 ドタッドタッドタッ。


 アーやばいなぁ、一目見て解ったこの人、陽キャだ性格ではなく氣の話、お父さんのおかげでぎり、今まで持ってたんだな。


 「お前たちが言ってたやつかー、おおっ!!、何てことでしょう?」


 「プっ」

 「あははははは、ははははは」

 それは反則、どっかで聞いたことがある、はははは。


 「いやまあ和室の壁は安く出来るからいいけどさ、理由位聞けるか?」


 「お父さんこの子が加々島さんの息子さんなの」

 「おう!!土建屋組合から丁寧にお願いされたあの祈祷所の?」

 「山田太一と言います初めまして。すみません切羽詰まってましたので、これがこの家の不調の原因なんです」

 「ふーーん、何だい此れ、箱?」

 へその緒を入れる桐箱を使ったみたいな小さな箱を指して言う。

 「えーと、確かちぎり箱って言ってました」

 「契り?」

 「いえ、由来は知りません、けどそう言う由来多いですよね」

 「これを一回で見つけたのか?」

 「そうよ、ジーと見ていきなりバーンって」

 「ふーーーん。」

 

 陽の氣を持つ人は祈祷師をペテン師扱いする人が多い、どうした物か。


 「この場所は誰かに聞いたのかい?」

 「委員長に連れてきてもらいました」

 「あ、違う、この横の押入れが髪の毛落ちてたとこなの」

 あ、そうか。


 「おーーー、この壁、屋根裏迄ツーツーだぞぉ」

 重太ペンライト持ってるんだ、用意が良いね。

 「お前はどう思う?」

 「え?わたし、わたしは信じてるわよ、目も治してもらったし」

 「治ったのかい?」

 「ええ、完全に元どうりよ」


 「山田くーん、バッテリーがやばいんだけどー」

 ずっとお札を向けてるからな。

 「すみません、今気を抜くといろいろ危ないんです、何なら中見ます?」

 「中身知ってるみたいだね?」

 怪しまれてるな、奥さんの事が逆効果だったかもしれない。


 「警察に連絡します?」

 「君はッ!」

 「違いますよ、中見は多分、耳たぶか、指だと思いますから」

 「なっ・・」



 「うん、太一君と一緒、そう、うん、一杯見たよー、うん、解った、じゃあ十五分だね、うん、待ってる、じゃあ」

 カチャン。

 「電話ありがとう」

 「いえいえ、喜澄さんなんですね、いやぁ失礼しました」

 「すみません、社会に疎いんです、会長さんのお孫さんだとは思いませんでした」

 トレイにお茶を入れて奥さんが応接室に入ってきた、良子ちゃんが手伝っている、ぎこちない動きがかわいい。


 「この箱が呪いの元です、種類的には素人の最終手段でしょうか?、その分見境が無くて質が悪いですが」

 僕が握りしめた箱を見ながらお父さんが言う。

 「んー、むかし遊郭の女性が指を切り落として願掛けた、なんて話を聞いたけど」

 「多分同じでしょう、分かり易い話を作るとこうなります」

 わかりやすいと気もいくらか軽くなる、母に聞いた話をしよう。


 「家族がいます、その家の旦那が浮気をしています、浮気相手はその家に出入りできる立場の人です」

 「うん、うん、それで」

 委員長が食いつくのか。

 「自分が捨てられそうになった女性が最後の賭けに出ます、それがちぎり箱です、自分が選ばれればいいのですがそうじゃ無ければ」

 「呪いになるのか」


 「はい、ですが怖いのはその後です」

 「あと?」

 「その女性多分捨てられた後にもう一度家に入ってきてます」


 「ひいぃーー」

 「それは、いや、あるのか?」

 「いやだ、いやだ、僕は嫌だよー」

 「山田君?、それはひょっとしてぇ」

 「はい、あの髪の毛ですね」


 「いいいいやあああぁぁぁぁぁっ!!」



 薄暗い住宅地の端、狭い道に大きな黒い車が入ってきて僕達の前でとまる。

 「お疲れ様です」

 「やあ太一君久しぶりだね」

 「はい、お元気そうですね」

 「ああ、おかげさまでね、で、志路どうしちゃったんだい」

 志路さんが僕から離れない。

 「ちょっとリアルな話をしてしまいました」

 「手、手を握って」

 「はい良いですよ」


 手を握って活力を流してあげる、クラスの人にも頼まれて時々している。

 「もう」

 そう言って近寄ってきた。

 「その女性はどうなったと思う?」

 「さあ、多分呪いが発動したなんて知らないですよ」

 「そうか、そうよね、ごめんね、勝手に付いて来たのに落ち込んじゃって」

 「いえいえ、助かってますから、有難うございます」

  良子さん、これは違いますからね、ちょっとむくれて見えるのが嬉しいんですが、これが希望的観測って奴ですか?。


 「皆乗るかい、もう暗くなる」

 「僕はこれが有るので歩いて帰ります」

 ちぎり箱を見せて答える、!動いた、こわっ。

 帰る所の無い呪詛、言える訳は無いよなぁ。ポケットの手袋で包んどこう。

 「そうか、世話になってるし、少しでも返したいんだけどね」

 「皆をお願いします、あ、それとこちら志路さんのお友達の杉次さん一家です今日お邪魔させていただきました」

 「娘の幸子です」

 「母の美幸と言います」

 「娘がお世話になります父の郷太です、本日は母子ともにお世話になりました、有難うございます」

 「これはご丁寧に、こちらこそ娘が喜ぶのが何よりですからね」

 「ほんとにそうですよね」


 なんだかんだ話しながら名刺交換してる、大人って凄い。


 「そいじゃあ重太、自転車借りるぞ」

 「おー」


 「ただいまー、お客さん来てたの?」

 「純ちゃん、御帰り」

 「あれ、お母さん元気そう」

 「元気になったよー」

 「今日はピザだって」

 「え、うそ、お姉ちゃん、本当」


 車の走りだす音と家族の会話を聞きながら角を曲がった、ちょっとカッコつけて、ママチャリだけど。

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