第2話 呪詛

 「おっはよー」

 「おう太一、手袋は?」

 「お前良い死に方しないよ?」

 「おー喜澄、おはよー」

 「ぎりだー」

 挨拶をしたのに弄ってきたのは、坂井重太、少し息を切らせて教室に入ってきたのは喜澄 志路、おかっぱ頭なのにワイルド系女子。

 「まだ予鈴は鳴ってないよ、おはよう」

 「おー、二郎おはー」

 体ががっしりしているこいつは茂田 二郎空手部だ。黒帯なんだが僕に負けている。

 理由があるハズとこうして付け回されているんだが、言えない理由が有って困っている。

 「キーちゃん、勅ちゃんおはよー」

 元気な志路さんが忙しく走って行った。


 七歳くらいから少しづつ深くなった修行のせいで氣の流れが見える、下手をしたら人の形に見える氣まである、散らしてみたら大抵近くにいた子が次の日休む。

 次に登校したときはとても晴れやかな顔になっているので間違ってはいないと思う。


 初登校で手袋を弄りまくられた人間が氣が見えるんだなんて言ったら、うわっ、だ。

 まあクラスどころか学校中が家の家業を知っているからましだけど、以前週刊誌にも載ったそうだし。


 八割がそんな職業が有るんだ位の目だけどそのうちの五割はペテン師を見る目をしている、悪意は見えないけど。

 残り二割の一人が来た。


 「山田君あの、相談があるの」

 委員長の敷島 由紀子ちゃん、頼られると断れないのか何度か母に相談を持ちかけている、まあ僕がふりをして解決してるんだけど。

 「なーんでしょうか、ぼくを通してもらわないと」

 丸井 良子ちゃんが横から顔を出す。好きだーーー!。ころころふわふわしててよく絡んでくれる。うわ顔が。でも彼女、母方の遠縁だったりするから絡んでも気を許せない、告白的な意味で。

 「良子ちゃんお願い、友達なの」

 「OKですよー、僕も聞けるなら」

 「ありがと丸井さん」

 勝手に決めた良子ちゃんに嫌み半分のお礼を言いながら少しおどけて見せる。

 う、何か恥ずかしくなってきた。二郎そんな顔で見るな。


 友達の杉次幸子さんが中古の家を買った両親と引っ越しをしたそうだけど家族が皆熱を出して寝込んだそうだ。

 ネットで調べると案の定事故物件というやつ、直前に二か月ほど契約だけ交わした奴がいて告知義務がなかったそう。

 先日二階の天井から髪の毛の束が落ちてきて大騒ぎになった。

 それで祈祷師を探そうかとしているところに委員長が見舞いに行ったと。


 本体は髪の毛の念という氣の澱みだろう、幽霊はいない、いないったらいない、意志を持った氣なんて見たこと無い!!!。

 母さんに確認は取っている、僕が見える限り好きにしていいそうだ。


 「スマホの御札に念を送ってもらうから四時頃に行こう」と言うと委員会議があるらしく丁度いいから待ってることになった。


 「腹減ったなー」

 「重太何で居んの」

 「一大イベントじゃないか、ダメとか言わんよな?」

 「二郎は部活?」

 「そう言ってたよ」

 良子ちゃん良い。 

 「六時に帰れるかなー」

 「しーちゃんは今日はいいの?」

 門限が厳しい志路さんは滅多に教室に残らない。

 「門限が伸びた、頑張った私」

 「部活出来るんじゃないか」

 重太が言うと志路さんが肩を落とす。

 「一回でも門限破ったら元に戻すんだって」

 お嬢様だから仕方ない、始めは車で送り迎えだったしな。

 「何時まで?」

 「太一と一緒なら多少は大丈夫」

 ああ母さんか、車通学を止めさせるときも使ったらしいし。

 「太一、お腹すいたー」

 「はい、はい、良子ちゃんに言われたらねー、はいどうぞ」


 なんだ?みんな固まって。

 「どうぞみんなでたべよおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」

 「わっ、ばか、菓子投げるな」

 「きゃーちっ」

 「これ私此れがいい」

 「やった本人が驚いてるやん」

 「そりゃこんな手品成功するなんて思わんわな!」

 「へ、ああははは、まあねえ」

 下手な関西弁が緊張を隠してくれた。


 見覚えがある籠をもって震える手を隠す為に机の下にいれる。


 何やったんだよ母さん!!!。



 教室の扉が開いて敷島さんが入ってきた。

 「あれ?この匂い、あーお菓子食べてるぅ、見つかるよ?」

 「まあまあこれから仕事だし」

 「お茶まである、紙コップも」

 「太一のへそくりだって」

 重太の口の軽さはこういう時の為にあるな。

 「これ一つ二つ食べてみ?」

 良子ちゃんがケーキ系のお菓子を差し出す。

 「ありがとー、これ大好きなんだー」

 「そうじゃろ、そうじゃろ」


 一回は僕と案件対処に行っているからか皆乗りが軽いな。



 杉次幸子さんの家は学校から真南に有った住宅街からは外れるけど道路の一本裏の筋に有って住みやすそうではある。

 これが無ければ。

 近づく前から分かる大きな氣の澱み、母さんに言われて常に真南の移動を避けていたので今まで気付かなかった。

 まあ氣を払って疲れたこともないし、見えてるなら安心らしい。


 ぴんぽーん。


 ぷるるらたたたった、ぷるるらたたたったぷるるらったったった。

 「うわああぁ!!」

 「自分のスマホだろ、何でビビってんだ?」

 「うるさいや、か、母さんだ」

 「もし、なに?」

 お年頃なんだ人前なんだなんかごめん。


 「え、手袋外せ、分かった、まだ?、うん。分かった、じゃあ」

 「華子様はなんと?」

 名前フルネームで言わないでくれて有難う志路さん。

 「髪の毛はフェイクだって」

 手袋を外しながらそう言ったときに幸子さんと思しき女の子が出てきた、顔色が悪い。


 「由紀子ちゃん、いらっしゃい、あの、この子たちは?」

 「言ったでしょ、有名な祈祷師さんを連れてくるって。」

 「どの人?」

 「僕です、いえっ、祈祷師は両親で僕は小間使いですけど」

 「あのぉ」

 「大丈夫よ友達価格だし、ほらなんか見せてあげて」

 お菓子とかだもんね、それじゃあ手っ取り早く。スマホに家に有った御札の写真を映して。


 「これを見て」

 「・・・・」

 「いいですか、いきます」

 もちろん演技だ、既に彼女の周りの氣は散らしてある。

 「はあぁぁっ!!」


 「へ、あれ?、何か軽い、、え?」

 「どう、どう?、すごい?」

 「すごおおい、すごい、こんなことあるんだぁ」

 「僕じゃなくて母ですけどね」

 「お母さん?」

 「ほらこの町にいる有名な祈祷師さん」

 「うそ、まって、一時間百万とか二百万とか言う人じゃ」

 「それは親戚価格、この間の悪徳商事の社長は億になったよ」


 母に言われているフェイク情報だけど固まったな。忙しいのはいけないらしい。


 「あたしらは友達だからお茶に呼んでくれるだけでもいいよ?」

 「うちはバイト禁止だから」

 「いやあのね由紀ちゃん、あたしの家は庶民でさ・・」

 「はいポテチ、山田君のへそくりだって」


 「ははは、どうぞ、それに母から電話が有りまして、この町に置いてちゃいけないらしいです」

 「・・・パリッ・・シャクシャク・」

 「俺達は助手でーす」

 そう言ってスマホの画面を皆が見せる。


 念はスマホの写真でも籠る、している母さんも理由は知らないらしいけど。


 「おじゃましまーす」

 「お母さーん、ちょっと来てー」


 靴を脱いで上がるわけだけど五人分もあると流石に場所が、この隅でいいか。

 「なあに、あら、お友達ぃ」

 陰りのある女性が玄関に現れた。

 「こんにちは」

 「あら、こんにちは、ごめんなさい、さっきまで寝てたもんだから」

 少し乱れた御髪と気だるげな姿勢が、いけません!。

 「こちらこそ急に大人数でお邪魔してしまって」

 「大丈夫よ、お茶ぐらい出しましょうか?、応接間で待っててね」

 「おかあさん!、危ない」


 ごつんっ!。

 「あいたっ」

 元来た方に向かおうとして廊下の角にぶつかってしまった。

 「大丈夫ですか?、お母さん」

 「はは少しぶつけただけよ、まって・・・」

 「いえ、そうじゃなくて、目の事です」

 「え、あの、なに?」

 「お母さん、祈祷師さんの息子さんなの、来てくれたのよ」

 「えーと、お友達じゃ」

 「私の友達だから皆友達よおばさん」

 おばさんって、母さんなら切れるな。

 「仕事で来てるわけじゃありません」

 良いかっこしちゃった、仕事って、言って見たかったんだよね。


 「由紀子ちゃんありがと、大丈夫よ、右目の事聞いたの?」

 「いえ、その、危ないところまで食い込んでて、取ると痛むと思います」

 「何かあるの!、やっぱり!?」

 「今ならまだ後遺症が出ないと思います、僕でもいいですか?」

 「はい、出来るのならお願いします、それと最後の所、もう一度言って。」

 「お母さん!?」


 応接室のソファーに座ってもらい僕が前に立っている。

 「ごめんねー、えーと加々島君?」

 「加々島は母の旧姓ですね、僕は山田太一です」

 母の本名は山田華子になる、字は違うけど、なので時々旧姓を使う、家の祈祷所の名前も加々島だ。

 「俺は坂井重太」

 「喜澄志路です」

 「僕は丸井良子」

 「はい初めまして、幸子の母の美幸です」

 「最近ほら、家が怖くてよくネカフェに行くんだけど、変なサイト覚えちゃって」

 「一人部屋ばっかりで寂しいのよぉ」


 「じ、じゃあ始めますよ」

 顔が紅くなってないかな、あ、重太の奴、真っ赤だ、薄着なせいもあってかなりエロイぞ。

 「良子ちゃんと幸子ちゃん横に座って手を握ってて、結構痛むと思いますから」

 一応目で合図を送る、良子ちゃんは分かってくれたみたいだ。

 「「はい」」

 よし、これで正気を保てるいや僕のエロの事。


 この家に入った時から澱んだ氣を散らしていたんだけど一本触れないのがいた、そいつは独立して奥さんの胸元に巻き付いてから上に行き右目に入り込んでいる。


 母さんに言われている”見えていれば”は、隠れていても手出しするなと言う意味だ。

 引きずりださないと散らせない。


 「少し怪しい動きをしますけど気にしないでくださいね」

 「残念」

 何もないと分かっているから楽しんでる。

 最初の反応が悪かったな。


 僕は美幸さんの胸元で両手のひらを回してソフトボールを弄るように動かす。少しづつ、胸元から首筋、目元へ氣を固めていく。

 固めても引っ張れるわけは無いが、千切れてしまうと厄介だ。

 「ん、ん」

 幾らか刺激は有る、母に経験させられたから分かる。だけどこの後の痛みは一寸すごいぞ。

 「いきますよ、由紀子さん肩を押えて」

 「はいっ」

 「あ、あの?」

 ごめんなさい、そこまで来てるんです。由紀子さんが後ろに回って肩に手を置いたのを見て、左手を右目に当てて空間をねじり抜く。


 「ああっ!!、んんんっ、ぎいぃぃぃ、ぎやぁ、ちょ、ちょっと、ひぃっ!!」

 空間が捻じれて顔が歪んで見えても本当に歪むわけじゃない。


 「このままだと今日明日に見えなくなるか最悪死んでしまいます、手は抜きません!!」

 頭をどんなに振り回しても氣には関係が無い、さらに捻る。

 「ぎゃああああっ、ひっひっ、ぐううううぅぅ、いやあああああぁぁぁ」

 「山田君っ!!??」

 「大丈夫、あと十秒!!」

 経験的に知っている先が分かると耐えやすい。

 二人の手を振り払おうとしてもかなわず、立ち上がれず、僕を蹴ろうとした足を志路さんと重太が抑える。

 「んんぎいいいぃぃ、ぎいいっ、ぐうう、ぎぃいいいいっ、ぐううう、うんっ」


 やがて静かになって暫く荒い息遣いだけが応接間に広がって僕も一息ついた。


 「幸子ちゃんどうしたんだい?」

 近所の人だろうおばさんが窓からのぞいていた。

 「何でもないです、祈祷師さんが祝詞を叫んでまして、もう少しで終わりますから」

 酷い風評被害だ。

 「ああ、そうだったのかい、うまくいけばいいねえ」

 「はい、有難うございます、もう少しありますので」

 「わかった、美幸さんまたねー」

 美幸さんがソファーに体を預けたままにっこりして手を上げた。


 最後に確認する当たり良い人だな。


 「山田君ってドSだよね」

 「また、お母さんは」

 「言ってくれなかったもの」

 「本人に知られると氣が防衛したりするんですよ」

 「それがか?」

 「え?」

 左手を掲げた姿勢でいる。見ると皆が僕の左手を見てる。そこには壊れたロボットのような動きをする氣の固まりが有る。

 自分で固めたんだが散らすのに時間が掛かってしまう。

 「見えるの?」

 目を決めて全員が頷く、怖いって。

 「そんなものが入ってたなんて、もう、もう、あなた、早く帰ってきて・・」

 「お母さん・」

 手で顔を覆って俯いた美幸さんを幸子さんが優しく励ましている。


 「皆、離れてみて」

 まだどこかが皆繋がっていたので頼んでみた。

 「あ、見えなくなった」

 「お札を消してくっ付いてみて」

 「見えなーい」

 なるほど相乗効果って奴だな、たぶん。


 完全に氣が散ったことを確認して皆を見る。


 「これからが本番だよ?、大丈夫?」

 「大丈夫だ、二郎に自慢してやる」

 「あ、いいね、あいつ悔しいと真っ赤になるんだ」

 「悪趣味だねー、どこから話すの?」

 「ねえ、さっき死ぬかもって言ってたけど大丈夫なの?」

 「委員長大丈夫、こいつの母ちゃんが黙ってる限り何にも起こらない」

 「そうなの?」

 「多分」

 そう返事するしかないよね。

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