転移は僕の能力じゃない。

上田 右

第1話 僕の日常

 自転車に跨った友達に一応聞く。

 「大丈夫か?」

 「帰りは大丈夫だ、じゃあ学校でなー」

 「そんじゃバイー」

 「バイー」

 僕の名前は山田 太一、ありふれ過ぎて逆に覚えにくいとよく言う重太が帰ったところ。

 お前に言われたくないと言い合う程度の仲だ。

 明日は月曜かー、世界中で体調不良が一番多くなる曜日だそうだ、深呼吸でもして落ち着いとこうか。


 初夏の匂いがしてちょっと気持ちがよかった。家に入ろうと振り向くと母が玄関前にいるからちょっと驚いた。

 「なに?」

 真面目な顔をしているので思わず聞いてしまう。

 「どうしたの?」

 「修学旅行、行きたいんでしょ」

 「当たり前だよ」


 家は色々世間とは違う、裕二叔父さんが来た時こっそり聞いたら。

 「姉さんは世が世なら御館様と呼ばれる人だ、聞いといて損は無いぞ」

 そう言われた。それ以上は話さなかったし他の親戚もどちらかというと知らないと言う反応だった。


 また何かやらされるのか、中学の修学旅行近くから色々させられる、直前には丸一日祈祷に付き合わされた。

 正直漏らしそうなほど怖かったのを覚えている。

 

 「今日からあれに泊まってね」

 指の方向から見ないでも分かる、三年ほど前から庭にある特注の物置、一番近い形はユニットバス。


 僕はため息をついた、いつもこんな感じ、何度か説明を求めても返事は「出来ない」の一点張り、意地になって言い争っても進展せず外泊さえ許されなかった僕は野宿してやると家を飛び出そうとした。


 行かせないと縋ってきた母の顔が怖くて思わず傷つけた、本当の黒歴史だ。


 「ステンレスだよね、暑そうじゃん」

 「泊まるだけだから、夜だけ」


 なるほど。


 あれ以来一度も逆らったことが無い。

 「風呂とかはー?」

 「そこで入れるわよー」


 まじか、久しぶりに中を見た。

 庭に週八時間は、いるようにと指示されて守っているが、これは見飽きていて興味が無かった、なにも入れてなかったし。


 右側にある引き戸を開けると上の棚に色んな物が入っていた、お菓子やジュース、カップ麺まである、タオルに毛布、左を見ると成程湯舟だホントのユニットバスだった。

 蛇口も有る、手前にあるせいか気が付かなかったな。


 床面積は一畳だ。


 今は蓋がして有って、二重になってる、ああ前にずらしてベットにするのか。


 「予備の手袋はー」

 玄関を締める母さんに聞く。

 「あれはもう大丈夫よ」

 そうですか。

 「ご飯とトイレは?」

 「そんなの一緒に聞かないでよ、外で寝るだけでいいんだけどお風呂だけ入っといて」

 「ほーい」


 別にスマホが有れば何も困らない、コンセントは、電気がついてたから大丈夫だな。


 上を見ると軒が出ているし網戸も付いて有って一安心、奥に窓もあるな。


 中が暖まるのも嫌だし、ぬるいお湯を半分ぐらいにしよう。


 湯が溜まるまで日課をこなしとこうか。


 一日かけて母と探した手袋、これの脱ぎ、填め、三十回、手のひら側が滑り止めになっている吸水性の無いタイプの軍手?。

 脱いで、纏めてポケットに、だして広げて填める。

 意味は知らない、教えてくれない、一度口を滑らせてお兄さんがいなくなったとか聞こえたけど内容は分からない。

 結構役には立っているので最近はあまり不満は無いけど。


 次は石投げ、芝生に書いたマルに当てるだけ、これは高学年からやっている、自転車の前輪の下に投げると悪ガキどもはよく転んだな。

 あ、いけないこれは手袋脱ぐんだった。


 お湯を止めていると父さんが帰ってきた。


 「お、なんだ、風呂壊れたのか?」

 「違う、僕だけ」

 「ああそうか、直ぐに分かるそうだから、済まんが、頼む」

 ここで頑張れなんて言わないから反抗できないんだよな。


 背中でドアを支えた状態で聞いてみる。

 「何か知らないの?、言えないとか?」

 「いや、父さんもなあ、オカルトは苦手だし」

 祈祷師一家の長男で古武道の師範が何を言ってるんだか。


 「結婚の挨拶とかでさ何かありそうだけど」

 「んー、偶に居なくなるけど気にしないようには言われたけどなぁ」

 「なにそれ?」

 「お前暴れたくせに忘れたのか?」


 ああそうだった。

 あの日の前に九日も帰ってこなかったんだ、もやもやして学校から帰ったら晩飯の用意をしてて。


 あれから時々母さんが出かけるけど。

 「父さんは気にならないの?」

 「気にはなってるさ、だけどお前と一緒に分かるよって言われててなぁ」

 「言えない理由があるとか?」

 「そりゃ有るだろうさ母さんの祈祷の腕は知ってるだろ」


 まあテレビでしか見れないはずの顔を何度か見てるし納得するしかないか。

 「この手袋だけでもなんとかならないかな?」

 「一番肝心らしいよ」

 「外でずっとつけてるの勘違いされんだよ」

 「学校では外してるだろ?」

 「え!?」

 「気の持ちようを維持しろってことだよ」

 ふ~ん、何か難しい。


 「今日は集会だったの?」

 「そうだよ」

 「税金?」

 「大人の話、大人の話」


 手を上げて父さんが家に向かって歩いていく。


 脱衣所は当然なし、窓が四方についている、湿気対策かな開けておこう。

 前に停電になった時に暑くて風呂場で寝たことがあった、なのであまり気にはしないが、究極のミニマムだな動画で見たぞ。


 カセットコンロ発見、どこに向かってんだ?。


 Tシャツを脱いで何処に置くかと見てみると下がコンクリートなことに気付いた、ボルトで留めてある、たかが物置だったものに?、あ、風呂か。


 着替え忘れてる。


 「ちょっと着替えー」

 「早く入っちゃってよ、もう出来るから」

 「へーい、あれ、お湯止めたの?」

 湯沸しスイッチの電気が消えていた。

 「水道はダメだから上の温水器から水と一緒に送ってるのよ」

 「ふーん」

 工事が大変なのかな、まあ使えてるし。


 割と大きい家だけど住居スペースは普通だ、二階の部屋に行って着替えと充電器をもって出る。


 「太一が後継いでくれるんならこんな事しなくて済むのに」

 母さんが玄関の照明をつけながらぼやいた。

 何も教えないせいもあるんだよ。

 あの怖い顔も嫌だし。


 「そうだ、目をつむって一周触っといてね」

 「あれを?」

 「そう」

 「了解です」

 少し嫌味で答えて電気を消す音を聞いた。



 「ごちそうさま」

 「お粗末様、はいっ!」

 「うをいっ」


 ぱしいい。


 「ちゃんと手袋脱げましたね」

 「痛いって、しゃもじでも!」


 外に出ようと手袋をした瞬間だったからかなり焦った。

 偶に抜き打ちをしてくる、手袋をしたままが一番ひどい修行を課される、助かった。


 「母さん、今のは無いよ」

 「ああっ、ごめんなさいアナタ」

 顔に着いたご飯粒を取ってもらって少し照れてやがるケッ、これで何で一人っ子なんですかね!。


 新居の扉を開ける、よし、熱は籠ってない、立てかけていた蓋を戻してずらす、洗い場の上にぴったり嵌る。

 蓋の真ん中は柔らかい、よく出来てんな丁度シングルサイズか?。

 

 毛布を敷いて座る、なかなかに落ち着く。クッション枕もあるな、脇に抱えて寝転ぶ。

 タイムリーなキャンプ系の動画を見る。

 少しづつオカルトに寄っていく何時もの流れ。

 「へー、テントも結界の一つか!」

 一番簡単なのがレジャーシート、次がタープそしてテント、車、小屋、家と上級になっていくと、だとしたら家はかなり上級だよな重太は今だに迷うし。

 レジャーシートに虫が乗ると気になるのはそういうことか?。

 祈祷の時の荒縄はどのあたりに入るんだろう。カギと呪符は同じものだそうだ、何がどれとか知らないがネット情報だし。


 家は住宅地の外れから細い道を入ったところにある、よく見ると林越しに隣の家が見えるが実は結構怖い。


 スマホの音量を上げると周りの音が聞こえにくく余計に怖い。


 虫の声に混じって住宅地の電柱からじーじー音が聞こえる、電気は消さずに寝よう。

 寝付くまでいつも聞くラジオ、付けて気が付いた。この音が普通の音を消すせいで無いはずの音が聞こえる気がする、これが修行なのかも。


 外が見えないのが逆に怖い、電気を消したら落ち着いた、父さんの血だなこれは。

 家の電気が消えるのを見てとにかく目を瞑る事にした。

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