3 夏休み、フードコートで
保健室で弁当をつっつく。きょうは登坂さんがしょっぴかれたせいで時間がないから将棋は指さない。
「あのさ」
「なに?」
僕は考えたことを、口に出すべきかしばらく考えて、でも言ったほうがいいと思ったので口に出すことにした。
「登坂さんは夏休み、どうする?」
「どうするって……課題やってあとは将棋の研究……あ、そっか、マドノくん、将棋指したい……の?」
僕は顔が赤くなっているのを自覚しながら、
「うん……登坂さんに教えてもらうの、楽しいなって……」
と、素直に思っていることを言った。
「楽しくなるようなこと教えたっけ? 六枚落ちでコテンパンにやっつけて定跡教えただけじゃない?」
「なんて説明すればいいか分からないんだけど、登坂さんと話しながら指すの、楽しいんだよ」
「ほほーう嬉しいじゃないの。やっぱり将棋を生で指すのって会話とか間とか楽しいからね」
登坂さんはにこりと笑った。とても好ましい笑顔だと思った。
「じゃあどっかで顔合わせて指そう。でもどこがいいのかな、公民館は部屋代払わなきゃないし公園はやぶ蚊が出るし」
と、登坂さんは悩む。
自宅を提案しようかと思ったけれど、流石にそれはあまりにも年齢にそぐわないので(小学生みたいだと思った)、
「ショッピングセンターのフードコートは?」
と、僕は提案した。ショッピングセンターなら学校ほど遠くなくて自転車圏内だ。登坂さんはどうだか分からないが。
「ショッピングセンター……かあ。実は行ったことないんだよね。小学生のころサーティワンアイスクリームがあるから3段アイス食べに行きたいって言ったらアイスなら買ってやるからって却下された」
登坂さんの箱入り娘ぶりにちょっと驚く。なんでまた。そう尋ねると、
「なんかうち、そういうとこ妙に厳しくて。親と買い物にいったのなんて小1の誕生日が最初で最後だよ」
「なに買ってもらったの?」
「おもちゃ売り場で『欲しいものなんでも買っていいよ』って言うから、いちばん高いもの買わせて困らせようと思って、高級な盤と駒買ってもらったのが将棋との出会い」
すごい出会いである。将棋が先ではなくて親を困らせたいほうが先だったとは。もしいちばん高いのが将棋盤でなく碁盤だったら囲碁をやったのだろうか。
やはり登坂さんはとても面白い、魅力的な人だ。
とにかく夏休みになったらショッピングセンターのフードコートで将棋を指す約束をし、連絡先を交換した。僕も登坂さんもインスタはやっていなかったので、ふつうにLINEを交換した。
ちなみに登坂さんによると、地元のひとはショッピングセンター、要するに馬鹿でかいスーパーをイオンと呼んでいるらしい。僕からするとイオンの本物のショッピングモールを見たことがあるので、ショッピングセンターはでっかいスーパーという認識である。
そういえば、と登坂さんにお家の場所を訊く。わりと街の真ん中の、この街のなかでは栄えている地域だった。箱入り娘なところを鑑みるに、もしかしたらすごいお嬢様だったりするのだろうか。
ショッピングセンターからさほど遠くなくて、安心したのだった。
◇◇◇◇
夏休みになった。
バカ高なので課題の量はさほどではない。そのうえ内容も簡単だ。
夏休み初日、昼寝のあと数学の課題を進めていると、登坂さんからメッセージが送られてきた。
「今日これから指せますか」
「指せるよ」
ジャージからTシャツジーパンに着替えて、シャワーを浴びるべきか悩むわけだが、思い出せば朝イチでシャワーを浴びたのだった。
あんまり意識しないようにしても、登坂さんの前ではきちんとしたいなあ、と思ってしまう。
家のリビングでは母さんの仕事である「こども工作教室」が繰り広げられていて、小さいお子さんたちがクレヨンだハサミだ牛乳パックだと荒ぶっていた。父さんは庭でリモートワークである。弟は部屋でゲームしているようだ。
「ちょっと出かけてくるよ」
と、父さんに声をかけて、自転車に飛び乗った。
ショッピングセンターに着いて、フードコートに向かうと、なぜか制服姿の登坂さんがタブレットを置いて待っていた。
登坂さんの私服が見られると期待したのに、結局そっけない制服である。どうしてかと訊くのもなんとなくはばかられる。そう思っていたら登坂さんが口を開いた。
「なんかこういうところに着てくる普段着って持ってなくて……もっと仰々しいっていうか、麦わら帽子かぶって海辺に立つような夏の服しか持ってなくて」
「すごく似合いそうだね」
登坂さんは一瞬恥ずかしそうな顔をする。
「マドノくんは口が上手いね……わかった、次は私服でくる。そうだ、アイス!」
登坂さんは話題を変えようとしたが、サーティワンアイスクリームのテナントの入っていたところは壁で覆われていた。知らないうちに撤退したらしい。その代わりセブンティーンアイスクリームの自販機があったので、2人してモナカアイスを買う。
「フードコートって案外賑やかなんだね。じゃあ、六枚落ちの定跡を覚えてきたかやってみよう」
「うん。頑張るよ」
2人でタブレットでパチパチする。おお、本当に登坂さん相手に飛車を成れたぞ。1筋突破定跡、すげー!
「なるほど。こうなるともうそっちの必勝形なんだよね。充分充分。まだ具体的な詰みはないけど、このままやればそっちが勝てるよ」
そうなのかな。試しに続きを指してみることにしたら、あっという間に逆転されてしまった。また負けだ。
登坂さんは口元を手で隠しながらモナカアイスをもぐもぐして、
「腕前の違いが大きいと大駒の運用力が違うから、駒落ちのときは大駒を渡すのは本当に詰みがあるときだけにしないと」
と、嬉しそうな顔で言った。
僕は、登坂さんと将棋以外の話もしたいと思ったけれど、登坂さんはそうではないようだったので、とりあえず自重することにした。
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