第97話 魔物の生態系異常8
「ミズキ!手で食べないでナイフとフォークを使ってよ」
「使い方なんてわかんないよ。それよりこれうめー!」
「あはは、気に入ってもらえてよかったよ」
ロイさんとの夕食兼報告会が始まったのだが、ミズキがさっそくボロを出してしまった。
水竜であるミズキは今まで人里離れた森や山の中で生活していた。そこにナイフとフォークが都合よくあるわけがなく、使い方を教えてくれる仲間は誰もいなかったのだろう。
皆が食べ始めようとナイフとフォークを手にしたところ、ミズキはそのまま素手で肉をつかんで、かぶり付いたのだ。
私はミズキの想定外の行動に反応が遅れてしまった。異世界転生小説であれば、ご都合主義で問題なく食事をしてくれるのだろうが、ここは現実世界だ。
人族の生活スタイルをミズキがどこまで知ってくれているのか聞いておくべきだった。エリーナはこの光景を笑いながらも、我関せずといった感じで食事を進めていた。
「さて、名前はミズキくんだったかな。スグルくん、彼はいったい何者なのかな」
このような状況になってしまえば、ミズキが何ものなのか誰だって気になるだろう。
ミズキが水竜であることを誤魔化すためには、ナイフとフォークを知らないで8歳まで育つような環境をでっち上げなければならない。
食べ物を手で食べるといった行為がないわけではないが、街の中であれば普通に暮らしているだけでナイフとフォークについての知識はある程度身につくはずだ。
仮に孤児だったとすれば、ナイフやフォークを持っていないこともあるので、手で食べても問題ないだろう。しかしミズキは見た感じ、痩せこけているわけでもないので、この設定では無理がある。
私たちが山脈都市マトンの魔物の生態系異常の調査で立ち寄った範囲で、かつ半日ぐらいで解決できるであろう何かしらの事件に巻き込まれていたミズキを救出したというのが、無難な設定かな。
この条件を満たす事件は・・・
(・・・誤魔化すのは無理だな)
この設定について何も根回しが出来ていない。誤魔化すにしても、エリーナからボロが出てしまうのは明らかだった。
(はぁ、ちゃんと考えてから来ればよかったな)
後悔先に立たず。ここは開き直ってありのまま説明しよう。ミズキが討伐されることになったとしても《テレポート》で逃がしてしまうのも手か。その時は私がお尋ね者になってしまう可能性はあるけどね。
「まぁいろいろありまして、ミズキは見た目が8歳の男の子ですけど、中身は水竜でドラゴンなんです。今回の魔物の生態系異常が生じたのは、このミズキがこの近辺にいたからだと思われます」
「彼が魔物?そんな危険な魔物には全然見えないんだけど。エリーナ、スグルくんの話は本当かい?」
「あぁ本当だ。私の剣を素手で受けて斬れなかった。それでも私のほうが強いがな」
「何いってるの?ぼくの方が強いに決まってるじゃん!」
「ほぅ、戦いの続きをしようか」
エリーナが席を立ち上がろうとしたが、ロイさんに圧のある笑顔で止められ、しぶしぶ料理の続きを食べた。ミズキはエリーナにあっかんべーをして、こちらも大人しくまた手を使って食べだした。
2人とも落ち着こうじゃないか。
そしてミズキはテーブルマナーを学ぼうか。
「じゃあ今回の依頼の調査結果について詳しく教えてもらおうか」
私はロイさんに依頼内容の報告をした。といっても、ミズキから聞き出した内容を辻褄が合うように上手く繋げて話をしただけなんだけどね。大筋は間違ってはいないだろう。
「・・・ということなんです」
「なるほどね。じゃあこれで魔物の生態系は徐々に戻ってくるということだね」
「おそらくは。ちなみになんですが、この子の処遇はどうなりますか?」
「んー、魔物ランクAが原因だとすると普通は討伐だね」
討伐と聞いてミズキはビクッと体を反応させた。自分が殺されるとかもしれないとわかれば、彼も青いドラゴンの姿に戻って必死に抵抗することだろう。
「でもこの子の場合は誤魔化すことは出来そうかな。見た目が8歳の男の子になれるし。ただ、彼を制圧できる誰かが責任を持って一緒に行動するという条件付きだけどね」
そう言うとロイさんはニッコリ笑って私を見た。通常、冒険者ランクDの私に魔物ランクAのミズキを制圧することは不可能だろう。
だが、冒険者ランクA相当のエリーナに私が勝ったという事実を知っているロイさんは、さも当たり前かのようにそれが出来ると思っている。
「ここまで彼を連れてきた責任・・・もちろん取れるよね?」
もともと面倒を見ようと決めていたことなので、ロイさんに改めて言われても特に動揺することはなかった。
「大丈夫ですよ。何かあったときは私がなんとかします」
この言葉を聞いてミズキは少し安心したようだ。ミズキは水竜だとは言っても、まだまだ子供なのだ。討伐されて人生を終えるにはまだ早い。
「とは言え、エリーナと仲良くやってくれるか心配ですけどね」
「あはは、ミズキが強いと分かっているから毎日戦いそうだね。でも大丈夫。エリーナとはここでお別れだから」
「「え?」」
ロイさんの突然の発言に、私とエリーナは2人して驚いた。そんな中、ミズキは我関せずといった感じて変わらず料理を食べていた。
◇ ◇ あとがき ◇ ◇
人物紹介
【スグル】
主人公。
【エリーナ=ロンダルタント】
王都調査員の護衛騎士だったが、スグルに弟子入りを希望。冒険者ランクA相当の実力があるが、冒険者支援制度(師弟関係)を利用するために冒険者ランクFとして登録した。
【ミズキ】
魔物ランクAの水竜。青いドラゴンの姿だと人と話せないが、見た目が8歳の男の子に変身すると会話が出来る。
【ロイ=ハルバートン】
辺境の街フロンダに来た王都からの調査員。貴族。今は山脈都市マトンで足止めをくらっている。
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