閑話 ミズキの日常

山脈都市マトンの近くにある鉱山エリアの向こう側に彼はいた。水竜としてこの世に生まれてから、彼はまだ生後8年だった。


ドラゴンの寿命は人よりも遥かに長い。


通常であれば、親が子育てをして独り立ちするのに十数年は必要だった。しかし、この子の親である水竜はすでにこの地にはいなかった。


もちろんどんな事情があったのか、彼には知る由もなかった。気がついたときにはすでにいなかったのだ。


鉱山エリアの向こう側にも山脈都市マトンの周辺のような環境が広がっており、違いと言えば近くに人が済む街がないことだ。そのため彼は偶然にも人族に気付かれることなく、討伐されずに生きてこられた。




ここでの独りぼっちの生活にはもう慣れた。そんなある日、山の向こう側で起きた魔力の高鳴りが波動のように彼の体を通過した。



「グァ!!?」



ちょうどお昼寝中だった彼は何事かと思い、声を荒らげて飛び起きた。周りを見渡すも、それらしい危険は見つけられなかった。


魔力の波動がやってきた方向を見てみると、どうやら山の向こう側からやってきたようだ。


強い魔力の波動に対して彼は興味をもった。もしかしたら自分の親が近くに来ているのかもしれないと。独りぼっちで生活が出来ているといっても、彼はまだ生後8年だ。親元を離れるにはまだ早すぎた。




彼は山の向こう側に行くことに決めた。青いドラゴンの姿のまま山を登り、向こう側へと顔を出す。


・・・人の気配を感じた。


そのとき彼はあることを思い出していた。以前、親から口酸っぱく言われたことがあった。



『人族に不用意に戦いを挑んでは駄目だ。奴らは一度やられると、さらに強い奴らがやってくる。そいつもやられると、もっと強い奴らがやってくる。いつか自分よりも強い奴らがやってきて殺されるかもしれない。そうならないためにも、弱いうちは戦っては駄目だ。・・・わかったな?』



ドラゴン族がこの世界で強者として生きていくために、まだ弱い自分を守るために、そして人族と不用意に戦わないために、彼は親から教えられたスキルがあった。


人は魔物を殺すとき躊躇しない。だが同族である人を殺すときは、何かしらの理由を求める。相手が罪人であったり、親の敵であったり、プライドを傷つけた相手だったり。


ドラゴン族は長い寿命を活かして人族を観察した。そうして生まれたスキルが《人化》だった。



彼は人族に気づかれないようにスキル《人化》を使用した。服込みで人に変身でき、彼の見た目は8歳の男の子になった。


人族の気配に気を付けながら山を降り、森エリアに入った。しばらく歩き回ったが何も見つけられなかった。


成果が何もあげられなかったとしてもお腹は空く。彼はその辺のママボアを倒して食べた。




しばらくそのような生活を続けていたが、あれから魔力の波動を感じることはなかった。


彼はふと考えた。


こちらが相手を見つけられないのであれば、相手に見つけてもらえばいい。


子供ゆえの発想だった。


彼は鉱山エリアの上の方へ帰ると、青いドラゴンに戻った。ここなら見晴らしがよく、何かあったとしても今まで暮らしていた山の向こう側へすぐに帰ることができる。彼なりに考えて、一応の安全を確保した。



「グアァァァァア!!」



そこで雄叫びを上げた。これを聞いた相手はきっと気付いてくれる。そう信じて。




しばらく待つも、何も反応がなかった。強い魔力の波動の持ち主はもう近くにいないのかもしれない。


彼はもともと独りぼっちで暮らしていたので、このまま相手を見つけられなかったとしても、また元の生活に戻るだけで何も変わらない。



しかし、心のどこかで気になってしまった。



青いドラゴンは男の子の姿になると山を降りた。自分が今まで暮らしていた方向ではなく、その反対側へ。


ドラゴンの寿命は長い。彼はもうしばらくあちら側で待ってみようと思った。




この選択により、彼はこれからとある人物に出会うことになる。そう、彼とスグルの運命が重なり合う、そんな選択をした彼に、これから待ち受けるのは幸か不幸か・・・それはまだ誰にもわからない。



◇ ◇ あとがき ◇ ◇


ちなみに強い魔力の波動は、護衛依頼で辺境の街フロンダから山脈都市マトンに向かう時にスグルが放った火魔法 《エクスプロージョン》だということに、誰も気付いていません。

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